第二章 6 死にたくなったら殺してあげるよ
部活を終えて、また帰り道を目指して歩き始める。
夏が近づいて来たからなのか、最近はこの時間でも空はまだまだ明るかった。
吸血鬼になってからは何故か、何度か迷ってしまったこの道だけれど、ここ数日は迷うことなく家へとまっすぐに帰れるようになっている。
リリスさんによると、これは別の血が混ざったことで記憶が混濁しているから、らしい。
自分の血とそうでない血が混ざってこうなっていたのだとしたら、もう今のわたしは以前のわたしではないのかもしれない。
咲坂芽衣という「人間」でありながら、人間に紛れ込み「亜人」として暮らす。
まるで人狼ゲームにおける人狼であるかのように、自分の正体を隠して生き続ける。
「わたしって一体なんなんだろう……」
そんなことを考えながら、不意に足を止めて周りの景色を見た。
帰り道の景色は、わたしがどう変わろうとも変わる事はない。
ある意味残酷なほどに、この町は全く変わらないものを映し出している。
しかし、そんな中でふと目に見慣れない何かが映り込んだことに気づく。
誰かがわたしの方に近づいてきているのだ。
その気配に反応して、後ろの方を振り返る。
「あっれーー?反応早いじゃん。鈍そうだと思ったのにぃ」
見定めするようにわたしの方を見て舌なめずりをしたのは、住宅街の中では少し浮いた黒いロリータ服の女の子だった。
「こんにちはー、亜人さん」
間違いない。こんな風に接してくるのは間違いなく、鳴くんや優斗さんと同じような『亜人狩り』だろう。
「あー、大丈夫大丈夫。ボクはあの単細胞一直線クソバカと違ってすぐ殺したりはしないから。そんな怖い顔しないでよ」
そんなことを言いながらも、女の子からは"少しでも動こうものなら、すぐにでも殺してやるというほどの迫力があった。
身体が石のように固まったような気がして指先一つもなかなか動かせないまま、頬が冷や汗を伝う。
「あの……何しに、来たんですか」
「へー、何しに来たって、おもしろっ。そんなん察しつかないわけないじゃん」
「えっ……?うーん……」
あまりの緊張で、上手い言葉が全然出てこない。
「あーあ、やーめた。なんか反応がつまんないんだもん」
女の子が突如、お手上げの仕草を取ってこんなことを言い出した。
緊張が解けて、固まっていた身体がまた動き出す。
「あの、どういうこと……?君って『亜人狩り』じゃなかったの?」
「うん、そうだよ?というか知ってたんじゃん。じゃ話は早いや。あんたってさ、亜人?それとも人間?"どっちなの?"」
女の子は長い髪を弄りながら、唐突にこんな質問を投げかけてきた。一体何が聞きたいんだろう。
「うーん、人間だといえばそうだし、亜人だって言えばそう、かな?」
どっちだと言われても、今のわたしにはそうだとしか答えられない。
「いやそういうこと聞いてんじゃないんだけど。まあいいや、あんたって……」
「亜人の匂いするのに、全然亜人っぽくなくて変わってんだもん」
もう、隠してもしょうがないか。
「だってわたし、吸血鬼に"なった"ばかりなんだもん」
「ぷっ…あはっ、何それ。超ウケる。そりゃ道理で仕草も何もかも全部亜人っぽくないわけだよ、
しかも吸血鬼って。何それやばっ。ねえ…いつから吸血鬼なわけ?」
考えてみれば、"いつから"と言われたら……。
「2週間前くらいかな?」
「うっわ、ほんとになったばっかじゃん。ねえ、名前教えてよ。ボクあんたに興味持っちゃった」
どうしようか。このまま名前を答えたら、また亜人狩りに狙われることになってしまうんじゃ……。
「大丈夫だって。別に殺したりとかしないからさ。」
と言いながらも、彼女の目は明らかに"獲物"を見る目だった。
少しでも隙を見せたら心臓を一突きしてやるぞ、と言わんばかりの、獲物を見つけた狩人の目。彼女の視線にはそんな気迫があった。
「ま、死にたくなったらいくらでも殺してあげるよ」
「えっと……どういう意味?」
「はぁ?にっぶいなぁ。人間から吸血鬼になったら、そのうちどんどん人間じゃなくなって、
理性が残ってるうちに「私を殺して…」とかやるのが『お約束』じゃないわけ?」
「わたしの知ってる吸血鬼は……皆理性あるからお約束って言われても……」
もっとも、リアさんとリリスさん以外に覚えがないし、この間戦った怪物も吸血鬼の成れの果てらしいから、わたし自身にもよくわからない。
「ふーん、本物の吸血鬼はそうなんだぁ。やっぱ現実は違うんだねー」
「えっ、本物見た事ないの?てっきりそういう吸血鬼でも退治したことあるのかと……」
「うんあんたで初めて。でもなんていうかしょっぼくて期待外れ。」
なんだか、独特な話し方をする子だな、と思った。悪い子なのかどうかは……まだどうなんだろう。
「あ、でも死にたくなったら殺してあげたいってのはホント。亜人狩りってそういうものだし。」
「あれは本気だったんだ!?」
「冗談でこんなこと言うわけないでしょバカか。それよりもさ、まだ名前教えてくれないの?
あ、もしかして『人に名前を聞くときは自分から言うもんだろ』みたいな感じ?」
「そういうのじゃないけど……」
この子があまりにも自分のペースで喋るものだから、言うタイミングを逃してしまった、
というのが本音なんだけど、それを言ったらまたややこしいことになりそうだなぁ……。
「えー何違うの?まーいいや。ボクの方から名乗らせてもらうねこれ以上言ったらややこしいことになりそうだし。
ボクは黒川詩音。ポエムとかの詩に音って書いて詩音。『この名を次に聞くときがてめえの最後だ』なんてならないように気を付けて生きなね?」
「…………?」
何かの引用なのかと思ったけれど、記憶になさ過ぎて思わずぽかーんとしてしまった。
「えっ、今の通じなかったの?通じない人いるの?うっそだー。えっもしかしてあんた漫画読まない人?」
「読まないわけじゃないけど、そんなに興味あるわけじゃあり…ません」
なんというか、これまで話してて思ったのは、この子は柚葉ちゃんに近いタイプのマイペースさだな、と思った。
相手に話が通じていなくても、お構いなしに自分のペースで話を進めるような……。
今でこそ慣れたけれど、最初に会った時はびっくりしたのを覚えている。
「へーそうなんだ。なんかあの単細胞一直線直情クソバカもそうだけど、意外とそういう人いるんだねー」
「あ、わたしも名前言っていい?」
「うん、早く言って。そういう流れでしょうが」
「咲坂芽衣。…って言っても、あんまり面白い名前でもないと思うよ?」
まあ、"吸血鬼"であることを除けば、わたしってほとんど普通の女子高生の範疇の人間なんだろうなぁ、とは思うのだった。
「うん、覚えとく。対峙した亜人の名前は出来るだけ全部覚えておくのがボクのルールだからさ。ま、ほんとせいぜい殺されないように祈っとくといいよ」
女の子……詩音ちゃんはそのまま踵を返し、去って行った。
不思議な女の子だったけれど、一つだけある言葉だけが刺さった。
『ま、死にたくなったらいくらでも殺してあげるよ』
葉月ちゃんのためにも、お母さんのためにも、楓ちゃん、柚葉ちゃんのためにも、リアさん、リリスさんのためにも。
どうやって生きようと悩んだことはあっても、死にたいと思ったことはなかった。
だってこの命は、リアさんによって貰った命なんだから。
その命を、捨てたくなるようなことが、本当にあるのだろうか。




