第二章 5 怖くて眠れないかもしれない、って
「あっはっはっはっは!!!!!!」
「も~~~~~~!だから言いたくなかったのに~~~~~~!!」
6月の下旬、まだまだ梅雨の空気が漂う文芸部の部室の中に、手を叩く音と大音量の笑い声が響く。
それをよそに、楓ちゃんは顔を赤くしてうずくまっていた。
事の発端は昨日のことなんだけど……どうやらこのことを柚葉ちゃんはまだ知らなかったらしい。
「だって、インターフォン押そうとして、慌てて突き指だろう?面白過ぎるだろ!!!」
「違う、慌ててたんじゃなくて、緊張してて……!」
「ゆ、柚葉ちゃんもそんなに笑わないであげて……!」
それでもなお、彼女はずっと笑いをこらえ続けていた。
柚葉ちゃんはよく笑う子だけど、ここまで笑ってるのを見るのは久々かもしれない。
「はー笑ったー、いやー本当に楓は見てて飽きないな。」
「もう…秘密にしときたかったのにぃ」
包帯を巻いた人差し指を隠しながら、楓ちゃんはばつが悪そうにそう言った。
「でも、突き指は流石に隠そうと思っても難しいんじゃないかな?包帯巻いてるし…」
「そうじゃないけど…インターフォン押そうとして突き指はちょっと……」
「まあいいではないか。そうやって和ませてくれるのも楓の才能だ。これは真面目に思ってることだぞ?」
「うぅ………」
しばらく机に突っ伏していた楓ちゃんが、妙に不憫に見えてしまった。
「さて、時に。」
何秒か沈黙が続いた後に、柚葉ちゃんがふと口を開く。
「芽衣と楓は人狼ゲームというのを知っているかな?」
人狼ゲーム。やったことはないけれど、小説の題材としては知っているくらいだ。
「うーん…聞いたことはあるけど知らないわね」
「なるほど楓は知らないのか。芽衣はどうだ?」
「えっとね、小説で見た事あるよ。確か村に紛れ込んだ人狼を見つけるゲームだったっけ?」
正確に言うと少し違う……けれど、大体は合っているはずだ。
「そういえば小説も出ていたんだったな?と言ってもあれは正直人狼ゲームというよりは人狼ゲームを借りた別の何かであって、
私の中ではほぼ違うものなんだがな」
「そうなの?」
「リアルな命のやり取りとロールプレイとしての命のやり取りじゃ全く違うという話だよ。」
それは知らなかった。けれど、確かにそうだ。
本当に死んでしまうのと、ゲームの中で死んでしまうのはもちろん大きく違う。冷静に考えたら、当然のことだった。
「うーん、話が見えないんだけど…つまりどういうこと?」
「あーそうだった説明をしなくてはな。一応芽衣もやったことはないみたいだから聞いておいてくれ。」
「はーい」
「2人とも良い返事だ。人狼ゲーム、正確には『汝は人狼なりや?』という。これは要は数人で行うパーティーゲームだな。発祥はアメリカらしい。
プレイヤーは「市民」と「人狼」に別れ、「人狼」は市民のふりをして毎晩市民を襲って食い殺してしまう」
「思ってた以上に物騒なゲームね……」
「あはは…でも外国のパーティーゲームってそういうの多いらしいよ?」
あくまで噂には聞いた程度の話だけど、と付け加える。
そういえば、藍さんは前ボードゲームが好き、って言ってたっけ。
「だが市民だってただで殺されるわけではない。当然だな。そこで市民は市民の中から「人狼だと思う者を1日1人ずつ処刑する」と決めたのだ」
「やっぱ物騒!」
「まあ色々ルールはあるがここでは省略しよう。実際にやるわけじゃないからな。
勝負が決まる条件は、市民が人狼を全て処刑したら市民の勝利。人狼を処刑しきる前に市民の数が人狼より減ったら人狼の勝利。
毎晩一人ずつ市民が食い殺されていくから、人狼は処刑されないように何とかうまく立ち回って騙す必要がある、というわけだな」
「うーん…とりあえず世界観はわかったけど、なんかデスゲームっぽいってだけでどんなゲームかよく…」
「要するにプレイヤー同士で相手を説得したり騙したりで勝敗を決めるパーティーゲームというわけだ。
言うほどデスゲームじゃないぞ!死んだとしても勝つことは出来るからな。」
「いやいや、それちょっとおかしくない?ゲームの中とはいえ、死んだら元も子もないんじゃ…」
「まあ議論には参加できなくなるな。そこはあれじゃないか?
その世界の中では市民は自分の身を犠牲にしてでも人狼の襲撃を食い止めなさいとかそういう風習があったんだろう多分」
「そこは多分なんだ……」
もしかしたら、聞いちゃいけないお約束、といったものなのかもしれない。
「ちなみにネットでもオンラインで人狼はやれてだな。かれこれ実は2年くらい前からやってもう300戦ほどやっている」
「そんなに前からハマってたのに今更なんでその話!?しかもテスト前に!」
「はっはっは!!いや実は昨日ネットでめちゃくちゃ気持ちの良い勝ち方をしてしまったのでついその話をしようと」
大声で笑う柚葉ちゃんだったが、それに対して楓ちゃんはすっかり呆れ顔だ。
「そういうことやってるから赤点取るのよ部長は……!」
「あの、すごく答えづらいことかもしれないけど…」
もしかして…と思ってしまったけれど、いや、まさかそんな。
「そうだな!いや気にしなくても良いぞ!私はまだテスト勉強を始めていない!!!」
はっはっは!!という、笑い声が、部室の中にむなしくこだましていた。
「それにしても…人狼ゲームねぇ」
「どうしたの楓ちゃん?」
「いやあ、実際そういう風に誰かが食い殺されるかも、なんてなったら、怖くて眠れないかもしれない、って思っちゃって」
頬杖をつきながら、楓ちゃんがそんなことを言い始めた。
今の自分は、もしかしたら人狼ゲームにおける人狼のような存在であるのかもしれない。
いつ、吸血鬼になった日と同じように、吸血衝動に襲われてしまうかもわからない。その時は……
少し血色の悪くなった手を見つめる。これは間違いなく人間の手だ。それでも、いつまでも「人間」でいられる保証は、ない。
「あれ?芽衣、何か考え込んでたり?」
「いや、そんなことないよ」
「ふーん…そっか。」
気にしすぎ、なのだろうけれど。けど、その目からは何かを確信したような、そんなものを感じた。
「さて、1学期の部活もこれでいったんは終わりだ。長いようで短い3カ月間だったな!」
「そうだね。なんか、あっという間に過ぎて行っちゃったみたい。
あと1年とちょっとしたら私たち引退よ?信じらんない」
神楽坂高校の文芸部は、1年生の時に3年生が引退してから部員はわたしたち3人だけになった。
この人数なら、いつ廃部になってもおかしくない人数だけれど、一応は実績を出しているからという理由でまた存続している。
「勧誘活動ももう少し頑張らなくてはな。芽衣と楓が全く勧誘しないものだから私1人だけで頑張らなくてはいけないじゃないか」
「うーん。来年のことは来年で考えればいいし、来年になったら新入生が入ってくるかも、って思うから、今はそんなに気にしてないかな」
文芸部がなくなってしまうかもしれないのは寂しい。
けど、今はそれよりもこの3人で送る日常が大事だと思える。だから、気にしてない。
「いまどき文芸部って言ってもあんまり興味ある子いないのかしらね」
「最近の若者は本を読まない、って言うからな!」
「部長も最近の若者でしょうが」
楓ちゃんのツッコミに、思わず「ふふっ」と笑いがこぼれてしまった。
「そういえばちょっと気になってたんだけど、なんで楓ちゃんは柚葉ちゃんのこと「部長」って呼ぶの?同い年だし、友達同士なのに」
「あーそれ?何となく?ほら、私割と家が体育会系だからさ、そういう上下関係厳しいのよ」
そういう事情があるとは聞いてなかった。うちでは考えられないようなことだ。
「私としては微妙に距離を感じるからその呼び方はあまり。もっと柚葉ちゃんとか柚葉さんとかあと『柚たん』とかでもいいんだぞ」
「えっそれはキモい」
「ごめん、わたしもそれはないかな……」
「くそっ芽衣にまでそう言われるとは……!」
ガーン!という書き文字が見えそうなくらいに、露骨に落ち込むポーズを取る柚葉ちゃんだったけど、
ちょっと楓ちゃんがそんな呼び方をしたら、流石に面白過ぎる、かな……。




