第一章 終 物語を紡ぐ人たち
ジリリリリリリリ……
急かすような、けたたましい音が鳴る。目覚ましの音だ。
時間を確認すると、7時30分。いつも通りの起きる時間。
たまーにちょっと遅くなっちゃうことはあるけど、今日はぴったりで、少しだけ気分が良い。
戦いが終わった後、わたしはすぐに家に帰ることになった。
ご飯を食べてお風呂に入ったら、疲れていたのかそのまますぐに寝てしまっていた。
この1週間、本当に色々なことがあったと思う。
帰り道で何者かに襲われて死んでしまったと思ったら、生き返って吸血鬼と名乗る女の人に助けられたり。
デパートで亜人狩りのコンビに襲われたり。
そして、亜人の成れ果てらしい怪物と戦うことになったり。
リビングに向かうと、葉月ちゃんが朝のニュース番組を見ていた。どうやら天気予報をチェックしているらしい。
「あ、芽衣ちゃんおはようー。今日なんか顔色良いね?」
「えっそうかな?」
「うん。ここ1週間くらいずっと顔色悪かったし。帰りも遅かったし、なんかあったのかなーって思って心配だったんだよ」
うぐっ。実際は「なんかあった」なんていうものではないんだけど、それでも事情を話せない以上何と答えれば……。
「まあでも?最近わたしの知らないところで結構頑張ってるー?って聞いたし、芽衣ちゃんもようやく独り立ちする日が来たんじゃない?」
「うーん…そうかな……?」
一体誰から聞いたんだろうっていうのは、聞かないことにしておこう。
「おはようー。あれ、楓ちゃん早いね」
「おはよ。芽衣こそ早いじゃない」
朝。いつもより早く教室に来たら、どうやら楓ちゃんも早くに来ていたようだ。
つい1日前に会ったばかりなのに、まるで久々の再会をしたような気分で、なんだか懐かしさすら覚える。
「あれからちょっと色々考えたんだけどね。全然考えまとまんなくて、それにしても芽衣には悪いことしちゃったな」
「あの質問の話?」
「うん、ちょっと質問難しすぎたかなーって。放課後になってもずっとうーんって唸ってるみたいだったから、もしかして悩ませちゃったかなぁって思ってさ」
「いいよ、気にしないで。ちょっとわたしの方にも思う所があったっていうか…こっちこそごめん、楓ちゃんの力になってあげられなくて」
自分が物語の主人公だとしたら、どんな主人公になりたいか。実のところ、何となく、その答えはもう自分の中にあるような気がしている。
けれど、昨日はそれを上手く言葉に出来なかった。
自分の中にあるその言葉を、上手く彼女へのメッセージとして伝えることが、出来なかった。
「でもさ、ちょっと嬉しいのよ。芽衣が私の質問にそんな真剣に考えてくれてたなんて」
「うーん…それはちょっと酷いよ…」
「そんな酷いこと言ってる!?」
「まるでわたしが普段真剣に考えてないみたいな」
「ええっ!?そういう意味じゃないのよ!あのそれはえっと……」
「じゃあどういう意味なのー…?」
「えっ…えっと…うん、うん、ごめん」
慌てる楓ちゃんが面白くて、ついついからかってしまった。
赤くなったと思ったら青ざめもするその表情は、やっぱり見ていて面白い。
そして、そうやって素直に感情を出せる彼女が、わたしはやっぱり友達として好きなんだろう。
「ふーー…こんな反撃されると思わなかった…なんか最近の芽衣、部長に変な影響受けすぎじゃない?」
「そうかな?」
「そう!部長もおんなじ風にからかってくるんだから!私ってそんなにからかいやすいかなぁ…」
「うーん…でも、楓ちゃんは一緒に話しててすごく面白いと思うよ?」
「えっ…何それどういう意味!?」
そんな風に会話を交わしながら、始業時間を待って、席について少ししたら、また授業が始まる。
今までは当たり前と思っていたこのローテーションが、今日はなんだかすごく貴重なもののように思えた。
色々ととてつもない体験をしたけれど、こうして今は当たり前の日常を送れている。
リアさんやリリスさんは、今日は今どうしているのだろう。わたしのために、何か考えてくれているのかな。
それとも、それぞれの好きなことをしているのかな。
-------------------------------------------------------------
「ようやく例の怪物の件の事後処理も終わったわね。これでやっと一件落着、というところかしら」
「リアも少しは羽根を伸ばしてくださいな。ここのところすっごく疲れた顔をしていましたよ?」
「あなたから見てそうなら、そうなのでしょうね。あいにく、人の顔色を覗く技術に関してはあなたのことは信用しているから」
「相変わらず言い方に悪意がありますね。相手の顔を見て話すのは基本ですよ?それは吸血鬼でも人間でも変わりありません」
「些細なことを気にするものね。それに、事後処理と言ってもせいぜい、辻褄が合うように暗示をかけるだけ。大した労力ではないわ」
「またそうやって強がって。芽衣さんのことだって心配なのでしょうに」
「芽衣ならとりあえず上手くはやっているのでしょう。それに、私と一度血を分け合った以上、あの子とはもうどこまでもいけそうな気がするもの」
「やはり恋とは人を狂わせますか。それは吸血鬼でも変わらないのですね」
「狂わせるとは失礼な。それにあなたもそろそろパートナーを見つけたらどうかしら?食事だけでは血の生成にも限界があるでしょう?」
「わたくしは独り身でも構いません。そういう生き方を選びましたから。あなただって、結局芽衣さんに出会うまで元のパートナーのことは忘れられなかったでしょう?」
「わたくしだって、同じように寂しかったのですよ?」
--------------------------------------------------------------
「それで、耐えきれなくなって芽衣にそんな質問をしてしまったと!あっはっはっは!!!
流石にその質問はないだろう!プロ作家でも多分無理だわそれは!あっはっはっは!!!」
「ちょっと!笑わないって言ったのに結局笑ってる!!」
「いやいや失礼、でも『笑わないから聞いてやる』はその後結局爆笑するフラグだってお約束じゃないか」
「フラグとか関係ない!!」
柚葉ちゃんが大口を開けて笑っていた。議題はさっきまでの楓ちゃんの質問の話。
文芸部は楓ちゃんの書く小説のため、しばらくはわたしと柚葉ちゃんでサポートをしていこうということになったんだけど……ご覧の有様だ。
「もーー部長ってばひどい…ちょっと、芽衣!?なんで芽衣まで笑いこらえてんの!?」
「だって……柚葉ちゃんが…あまりに大声で笑うからつい……」
一方のわたしは、あまりにも"お約束"通りのリアクションを取る柚葉ちゃんに、ついつられ笑いをしてしまっていた。
いわくあるあるネタらしいそのリアクションは、あまりにもお手本通りすぎて正直…面白すぎる。ダメだった。耐えきれなかった。
「まったく…これじゃ進まないじゃない、それに。主人公のこと全く決めないから、まだ一文字も進まないし!」
「なんだそんなことで悩んでいたのか。そのくらい適当にすればいいだろうに」
「適当にしたらこの間言った理由がダメだって言われたんだけど?」
主人公の考えていることがわからない。それが、楓ちゃんが言われたらしいことだった。
自分のことすらもよくわからないのに、他人のことなんてわかるわけない、と。
「いや、適当にすればいい、っていうのはだな。何も難しく考えるな、ってことだぞ?
この間書いた小説はな、どうも「難しく考えすぎてる」傾向があった。主人公を楓から見て理想的な女性に書こうとしすぎて、その思考回路が見えなかった」
「最初からそう言ってくれればわかりやすかったのに」
楓ちゃんがつんと口を尖らせる。
「できるだけ答えは自分で出してほしくて。ほら、私が下手にアドバイスすると、楓って真面目過ぎるから全部受け取って書こうとするだろう?
だからあえて抽象的なアドバイスだけ投げて君に考えさせようと思った。要は自分で考えてほしかったのだ」
「部長の意地悪」
正直これは楓ちゃんの言う通りだと思う。でも、何もかも教わって書くよりは、確かに自分で考えてほしいという柚葉ちゃんの考えも、わからなくはなかった。
「芽衣はどう思う?あんまり難しく考えなくていいのだぞ?芽衣が思う主人公とはどういうものなのか」
わたしが思う、主人公とはどういうものなのか。それは。
「主人公…えっとそれは」
「自分の意思で、物語を紡ぐ人たち、すべての人が主人公なんだと、思う」




