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【完結】Camellia~紅の吸血鬼が紡ぐ物語~  作者: 八十浦カイリ
第一章 紅の瞳の吸血鬼
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第一章 19 他人っていうわけじゃないですから

今にも彼らに襲い掛かろうとする怪物の影を見て、思わず駆け出そうとすると、リリスさんに腕を掴まれる。

一体あの細い腕のどこにそんな力があるんだというほどの力で、押しとどめられて動けなくなってしまう。

「……芽衣さん、行くのですか?」

「行きます。今ここで見捨てたら、話し合っていた意味がなくなっちゃいます」

「…そうですか。それは良かったです」

思わず拍子抜けしてしまう。リリスさんなら、てっきりこういう時に止めに入るものだと思っていた。


「あの……どういうことですか?」

「わたしはあなたを何のためにこの話し合いの場に連れてきたと思いますか?」

「えっと…もしかしてわたしももう、リリスさんの中では戦力に数えられているから…ですか?」

自分でもまさか、とは思う答えだった。実際、まだ吸血鬼になって1週間、自分がもう『戦える』なんていうことは、まだほとんど思っていない。

むしろ、足手まといになってしまう可能性の方が高いだろう。

「半分正解です。もう半分は…あなたが彼らと二度接触しているから。

そして、仮にも同じ人間という立場であることから、接触する可能性がわたくしやリアより高いから、ですね。

特に、鳴さん…でしたっけ?あの小柄な方はかなり血の気が多いようでしたから、あなたを利用してでも止める必要があると認識していました」

「血の気が多い……」

言われてみれば確かにそうだとは思うけれど、あまりにもな言われように、少し彼に同情してしまった。


「さて。あなたは普段武装を出すのには…確かカッターを使っていましたよね?」

「はい、そうですけど…でも、今日は慌てて飛び出しちゃったんで、今は持ってないですね…」

筆箱は家に置いてきてしまっていた。正直、こういうのは常に持っておくべきなんだろうけど……

「なら、これを使ってください」

リリスさんが銀に光るディナーナイフを渡してくれた。

「カッターでは相当力を入れないと難しいでしょう。ましてや筋力のそこまで強くない芽衣さんなら尚更です。

ディナーナイフでもそこまで鋭いわけではないですが、この国で合法的に扱える刃物はそこまで種類が多くありませんからね」

「ありがとうございます。そろそろ行きましょう。もしかしたら…あの人達ピンチになってるかも」

「心配なのですか?」

「正直苦手な人たちだけど…それでも他人っていうわけじゃないですから」


靴を履いて家の外まで出ると、すぐに何かが目の前をかすめた。

「あの化け物…前に戦った時もそうですが相当にスピードが速いですね。かなり厄介です」

「でも、ここまで速くなかったような気がします。もしかしたら前より力が増してるのかも……」

影が飛んで行った方向に走っていく。

「り、リリスさん……足速い……!」

「化け物はあちらの方向に向かっていったみたいですね、芽衣さんも出来れば頑張って追いついてください」

「はい……!」

吸血鬼は身体能力が人間より高い、と聞く。わたしもすでに「吸血鬼になっている」はずだけれど、

まだ足が速くなったとか力が強くなったとか、そういう実感はない。

もしかしたら、実感がないだけで本当は身体能力も上がっているのかもしれないけど、今はそういうことは問題じゃなかった。


「はぁ……!」

息を切らしながらなんとか、リリスさんが走っていった方へと向かう。

街灯の明かりがない場所でも、夜目が利くというのはとても便利だった。

まるで昼のように明るく見える…というわけじゃないけど、道の中にある風景や家も、ほぼすべてがはっきりと見える。

「遅く、なりました…ごめんなさい……!」

「芽衣……!?ちょうど良かったわ、丁度人手が足りなかった所だったから」

「リアさん……!わたし頑張ります!」

そこにこの人がいてくれたことが、こんなに嬉しいとは思わなかった。

ようやく、一緒に戦える。その喜びのまま、ディナーナイフを腕へと走らせる。


「………っ!」

腕に傷がつく痛みに耐えながら、ようやく武装を片手に出す。

途中であまりにも痛かったからか、イメージしていたのとは全然違ういびつな形の剣が出来上がってしまった。

「相手は強い再生能力を持っている、けど吸血鬼と同じような性質を持っているのなら、諦めずに攻撃すれば必ず倒せるはずよ」

「わかりました!」

そのまま眼前の影へと飛びかかる。

近づくにつれて、正体のわからなかったそれの輪郭が、前に遭遇した時よりもはっきりと見え始めてきた。

人間の身体が溶けて、そのまま形が歪んで、無理やり押し固めたような、まさしく"化け物"と呼ぶにふさわしい異様な姿。

あまりの醜悪すぎるそれに、思わず飛びかかっていたはずの足が止まってしまう。


怪物に向かって、続いて銀色の刃が飛んでくる。

一瞬怪物の動きが止まり、わたしの方に倒れ込むような動きを見せた。

「なんだお前もいんのかよ…せいぜい誤射されないように気を付けて動けよ!」

「そっちの方こそ気を付けてよね!」

鳴くんの声に返事をするように、姿勢を低くして怪物の「足」を探す。

形が歪んだ人間の姿をしたそれは、最早手足がどこについているのかすらも一目ではわからない状態だった。

「えっと……ここか、な!」

足だと思われる場所を、一閃。手ごたえはあまりなかったけれど、怪物は混乱したのかふらふらと立ち止まっている。


「ありがとう芽衣。ここからは私がやるわ、はぁっ!」

続いてリアさんが怪物の身体に向かって剣を振り下ろす。その肉体がぐしゃりと、溶けたようにあたりに肉片のようなものをまき散らした。

「うえっ…やっぱりちょっと気持ち悪い……!」

思わず口を手で押さえるわたしの方を知ってか知らずか、怯む怪物に向かって銀の刃と銀の銃弾が飛んでくる。

「どうしても手ごたえがないわね…」

「あれって、効いてるんですか?」

「わからないわ。私の力も少し弱まっているとはいえ、この程度の怪物程度こんなに苦戦することはないはずなのだけど…!」

怪物は銃弾と、刃の雨を浴びせられてもなお動きが止まらない。

あれが本当に吸血鬼なら、あんなに銀による攻撃を浴びせられたら確実に致命傷になるはずなのに……


「リアでダメなら、わたくしが攻撃しても意味はないでしょうか?」

リリスさんは何か考え事をするような仕草をしながら、そう小さな声で呟く。

「いえ、あなたもサボっていないで攻撃をしなさい。」

「あなたたちが危なくなった時のために待機をしていたのですが…そうですね、やりましょうか」

そう言うとその腕から、何本も細い針のようなものが飛び出してきた。

「目を狙ったつもりなのですが、あの様子では目がどこにあるのかすらわかりませんね…!」

「リリスさんの武装って、剣の形じゃないんですね」

「ええ、わたくしの武装は飛び道具です。とても鋭い針ですから、生半可な相手なら貫くくらいはできますよ」

涼しい顔で武装を打ち出し続けるリリスさん。必死に剣を振るうことしかできないわたしとは違う、大人の余裕だ。


「芽衣も目の前の相手に集中するのよ、敵だって待ってくれているわけじゃない!」

「はい!」

改めて目の前の標的を見据える。怪物は苦しみ悶えているように見えるが、傷を与えてもそこからたちどころに再生していく。

動きが完全に止まる様子すらなく、ゆっくりとこちらに近づいてきている。

「やらなきゃ……なんとか戦わなきゃ……」

心臓の鼓動がどんどん早くなっていく。もう、急に止まってもおかしくないほどに勢いよく脈打っていた。

何とかその音をごまかすように、剣を振るおうと再び走っていく。

ふと、足が治ったのか再び怪物の動きが早くなり、リアさんの方に飛びかかっていくのが見える。

「リアさん危ない!」

気づけばそこに割って入っていた。彼女の盾になるように、自分でも信じられないほどの速さで、無意識に。


そして、次の瞬間。

「芽衣ーーーーーーー!!!!」

「お、おい!何馬鹿なことやってやがる!!!!!」

すごい叫び声が聞こえたと思ったら、身体が……いや違う。その割にはものすごく軽い。

まるで"ボールが宙を舞うような速度で"どこかに飛ばされていくのを感じた。

べちゃ、という嫌な音がしたと思うと、更にその次の瞬間には、自分の身体は倒れたまま、目線はさっきの位置に戻っていて。

「あれ、私今何を……」

「今はそれどころじゃないわ、早く体勢を、立て直して……っ!」

よくわからないことが起きて混乱している中、怪物の肉体に、赤い剣の一閃が叩き込まれる。相当効いたのか、怪物は完全に体勢を崩し、倒れ込む。


「ありがとうございますリアさん、今のカッコよかったです!」

「ふふ。こちらこそありがとう。これでしばらくは動けないはずだから、あとはトドメさえ刺せば大丈夫なはずよ」

リアさんの微笑む顔を見ると、何故かこっちまでとても嬉しくなってしまう。

今はそれどころじゃないのに、なんだか顔がにやけてしまうような……。

「ふふ、お熱いね」

「お熱いね、じゃねえだろ。直前に首もげてたのに呑気過ぎだよアイツ」

「えっわたしさっきそんなことになってたの!?」

思わず鳴くんたちの方の会話に反応してしまう

「うわっ!?そうだよ、自分のことなのにわかんなかったのか!?」

「すごい勢いで飛ばされてたからねぇ」

何だかまだ理解できなかったけれど、ひとまずこの場は収まったというような雰囲気を感じて、ほっと胸を撫でおろした。


「さて…あとはトドメを刺すのみね。この様子ならもうしばらくは動けないでしょう」

「勝てた…ってことなんですよね?」

「そう、なりますね」

そう言うリリスさんの方を見ると、どうにも表情が沈んでいるように見えた。

「リリスさん……どうしたんですか?」

「いえ、どうもこの怪物の姿に、少し見覚えがあるのですよ。わたくしの勘が当たっていなければいいのですが……」

どういうことなんだろうか。でも、正体が吸血鬼なら、この町にわたしたち以外の吸血鬼がいるなら……。

「あの……」

「芽衣」

リアさんからの制止が入る。


「今はまだ知るべきではないわ。少なくとも……あなたは。

それとリリス、急がないとまた動き出すわよ。早くトドメを刺すべきだわ」

「ですが……」

「リリス!あなたはまたそうやって迷うの?迷っていた所で皆待ってくれるわけじゃない。

あなたがやらないなら私がやる。付き合っていられないわ」

武装が怪物の肉体に刺さる。刺した場所がおそらく心臓だったのだろうか。

刺された場所から肉体は灰になっていき、生暖かい風に乗ってどこかへと飛んで行った。

「あの…これで良かったんでしょうか……」

「お見苦しいところを見せてしまいましたね。とはいえ……他にも怪物化してしまった亜人はいるかもしれません。

いざという時は、再びあの2人も協力してもらいましょうか」

そのリリスさんの顔は、今まで見た事がないような寂しそうな表情に見えた。まるで何かを失って、心に穴が開いてしまったような……。


「おーい!」

少し遠くから、わたしの方を呼ぶ声がする。優斗さんだ。

「一応お礼だけは言っておくよ。協力ありがとね。ほら鳴も、お礼」

「……吸血鬼なんぞに言うお礼なんてねーよ」

鳴くんはわかりやすくそっぽを向いている。

「『本当はお礼言いたいけど、色々攻撃したりしてしまった相手だし今更言うのが恥ずかしい』ってさ」

「要らねえ訳つけんなコラ」

「あはは……。」

多分普段通りなんだろうな、というようなこなれたやり取りに、思わず苦笑い。

「……芽衣。そろそろ帰りましょう。」

「そうですね、まだ気になることとかありますけど……ひとまずは。」


わたしの物語は、まだまだ始まったばかりなのだろう。

けれど、まずは一つの大きな出来事が、いったんは解決したのだ。今はそれだけを喜んで、帰路へとつくことにしよう。

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