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【完結】Camellia~紅の吸血鬼が紡ぐ物語~  作者: 八十浦カイリ
第一章 紅の瞳の吸血鬼
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第一章 16 あなたと共にいたいと思っていたの

「それでは……答えを聞きましょうか」

そう言ってたたずむその人は、月の光と街灯の明かりに照らされてうっすら見えるその姿すら、とても美しかった。

思わず見とれて、次の言葉が出てこなくなりそうになる。早く、早く言わなきゃ……。


「カメリアさん、血を……血を吸わせてください」

ようやく、言えた。

カメリアさんに血を吸ってほしいと提案されたあの時から。一日。

いや、もっと長く感じた。それこそ、2日も3日も待たせてしまったような気までしてしまう。

それでも、カメリアさんはずっと待っていてくれた。


「…意外だわ。あなたならてっきり拒絶されると思っていたのだけど」

「そうなんですか?」

「今日、リリスと話していたのよ。あなたをこのまま"吸血鬼の世界"へと飛び込ませてしまっていいものかと。

あなたの日常を守るうえで、吸血鬼に近づいていくというのはより人間としての日常を送らせにくくするのではないかと。

私はもちろん、リリスの方針には反対したわ。あなたが自分の身を守るためには、結局は自分で力をつける必要がある。

誰かに守ってもらうだけの存在じゃ、それは結局あなたのためにならない、とね」

「えーっと…リリスさんはなんと言っていたんですか?」

「あなたがか弱い人間である以上、私たちが守る必要がある、と言っていたわ。

けれど言わんとすることは理解できるの。それでも…私はリリスの方針に反対する必要があった。

長くなるから、これ以上は部屋に入ってから話しましょう。身体を冷やしてしまっては困るわ」


そう言って、カメリアさんは部屋の明かりをつけ、わたしを自室へと案内した。

何度見ても、とても広い部屋だと思う。わたしが住んでいる一軒家とは全然違う、高級そうな調度品に彩られた部屋。

一体、何をすればこんな部屋に住めるのだろう。

そして、こんな広い空間で、一人で住んでいたら、少し寂しくなりそうだな、とも思った。


広い部屋を歩いていくカメリアさんについていくと、ふかふかしていそうなベッドのある寝室へとたどり着いた。

わたしとカメリアさんが、初めて会った部屋。

一度"死んでしまって"から、最初に目を覚ました場所だ。

「懐かしいわね。ほら、あなたも隣に」

そう言いながら、カメリアさんはベッドへと腰をかけた。

おそるおそる、同じようにしてわたしも座る。身体が沈んでしまいそうなほどに柔らかいベッドだった。

こんなところで寝かされていたんだ。

確かに、ここで起きた時の感覚は、少しだけ気持ちが良かった気がする。


「あなたの姿を一目見た時から、あなたと共にいたいと思っていたの。

けど、こうしてやっと二人で隣にいられた。それだけでとても嬉しいわ」

わたしの方を見ながら、彼女は嬉しそうに目を細める。顔がすごく近い。鼻が触れてしまいそうなほどの距離。

思わず目を逸らしてしまいそうになったけれど、それでもその真紅の目がわたしを捕らえて離さなかった。

「あの……あの、それはいったいどういう……」

「言葉通りの意味よ。それとも、他に理由が欲しかったかしら?」

意地悪っぽく笑うその笑顔に、やはり余計に魅了されてしまいそうになる。

顔がとても赤くなっているのがわかる。まるで火が出てしまいそうなほどに熱い。


「からかいすぎてしまったわね。ふふ、顔を赤くしてしまうあなたがどうしても可愛らしくて。」

「意地悪すぎですよ……」

顔の火照りが治まらない。こんな様子で本当に血を吸う…なんてことまで出来るんだろうか。

そう思い、少し視線を下に落とす。

ずらされた裾から、艶めかしいまでにきれいな首筋が見える。

ごくり。今からここに自分の歯を突き立てて、吸血をするんだ。


「焦らすつもり…?私だってそう焦らされたら、少し恥ずかしくなってしまうわ」

耳元に、小さな声で囁かれた。耳から頭に直接入ってくるようなその声に、

思わず頭がくらくらとして、その場に立っているのすら難しくなる。

こんな調子で吸血なんて……

「カメリアさん、からかいすぎです……」

「そう?つい顔を赤くしてしまうあなたが可愛くて」

「もう……」

早く血を吸わないといけないのに、まだずっとこんなやり取りをしていたくなってしまう。


「……しないの?」

「………」

そう言われて覚悟を決めて、小さく頷く。

「さあ、もう迷わないでメイ。……これ以上、あなたを迷わせたりしないわ」

大きく口を開け、首筋へと歯を"突き立てる"。

「んっ……」

思ったよりもあっさりと、歯がその美しい首筋へと刺さっていく。刺さった瞬間に、小さくカメリアさんから息が漏れる。


口の中へと、鉄のような血の味が広がっていくけれど、何故かその味はとても甘美なものに感じた。

出来るなら、ずっとこれを吸っていたい。

延々と血を貪るその様子は、紛れもなく"吸血鬼"のそれなのだろう。

「はぁっ………」

このまま血を吸い尽くしてしまいそうになった所で、はっとその衝動が止み、肩口から歯を離した。

「メ、メイ……」

「カメリアさん……?」

ふらりとわたしの身体に、身を預けるカメリアさん。

「もしかして、吸い過ぎてしまったんですか……!?」

「違う、違うの………」

身体に何か熱いものが伝う。これは……涙だ。彼女は涙を流している。何でだろう?


「私……あなたにまた会えてよかった……あなたと共にまたいられて良かった……」

カメリアさんとは、生き返った時が初対面のはずだ。わたしにも会った記憶は……。

ふと、彼女の顔を見る。整ったその顔から涙を流しているその様子に、何故か懐かしさのようなものを覚えたのだった。

そうだ、わたしはこの人のことを"知っている"。

会って1週間なんかじゃない、もっと昔。ずっと昔から、この人と会っている。


赤と白の花がたくさん広がる光景。そこにいた、赤い髪と瞳を持った美しき吸血鬼。

「○○○○----」

よく聞き取れない。けれどその声は、間違いなくわたしのことを呼んでいる。

また、記憶が蘇る。

花畑の中で、手の甲に、キスをされた思い出。

二人で、一緒に街を歩いた思い出。一緒に、夜を明かした思い出。

今まで何度か見ていた夢は……この人と一緒に過ごしていた記憶なのだ。

国も、人も違うけれど、でも確かにわたしの中に存在していた記憶だ。


「やはり、あなたは生まれ変わりだったのね…」

カメリアさんと、前にいた人の生まれ変わり。そもそも…人であったかも吸血鬼であったかもわからないけれど。

わたしたちは、前世で既にめぐり合っている。

きっと、前世の誰かが、夢であったということを教えてくれていたのだ。

「メイ……いいえ。咲坂芽衣さん。あなたのことは……2年ほど前から、お慕いしていました」


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「道ですれ違った人に恋をしてしまった?」

「だから…そうだと言っているのだけど」

リリスが呆れたような顔で、私にまた問いかけてきた。

確かにその通りだと伝えたはずなのに聞き返してこられると思わなくて、私はつい呆気に取られてしまう。

「呆れているのはこっちですよ。相手は人間、わたくしたちは亜人。

決して交わってはならない存在だということくらい、あなたにもわかるでしょう?」

「そのくらいはわかっているわ。けれど……」

「それにしても、珍しいですね。あれほど人間に興味を示さないあなたが、まさかそんなことを言い出すなんて」


私は、人間にほとんど興味がなかった。

人間の生活に出来るだけ交わろうとするリリスの考えが、まるで理解が出来ないほどに、この生き物の考えることというのはよくわからない。

争いを避けると言いながら、常に誰かの上に立とうと争おうとする。

誰かに優しくしろと言いながら、その実、誰かを排除しなくては生きていくことも出来ない。

そんな矛盾した考えをずっと抱え続けるこの"生き物"に、すっかり私は興味を無くしていた。

元居た国ではない、この国に来てもそうだ。ここの国に来てもう50年。


けれど、あの少女……おそらく年の頃は15ほどだろうか。

栗色のふわふわとした髪に大きな瞳、少し小動物のような印象を受けるその少女は、一見するとどこにでもいそうなほどの普通の人間の少女。

彼女だけは、違った。

どこか懐かしいような、温かいような雰囲気を感じたその姿に、思わず一目ぼれをしてしまったのだ。

彼女に…近づきたい。会って、話をしたい。

そんな想いを、ずっと私は抱え続けることになった。


「リリス、あなたは何を読んでいるの?」

「少し、この国の文化というものに触れようと思いまして。」

相変わらず質問の答え方がずれている。聞いたことと答えていることが合っていない。

「そういうことを聞いているのではないの。」

「面倒臭いですねリアは……。ファンタジー小説、というものです。」

ファンタジー小説。聞き慣れない言葉だ。

第一、国の文化なんてものを知ったところで、リリスはどうするつもりなのだろう。

人間に近づこうとしようとしても、別に人間になんてなれっこないのに。


「吸血鬼と、それに恋をしてしまった少女のお話ですよ。あなたの故郷にもあったでしょう?」

「馬鹿馬鹿しい。ただのおとぎ話でしょう?人間の考えた空想に、吸血鬼であるあなたが何故付き合おうとするの?」

「そう断じるものでもないですよ。人間というのは案外賢いものです。空想の中に、それぞれの想い、考え方、文化、色々なものが詰まっているのです。

リアも少しは読んでみてはどうですか?」

「嫌」

「どうして?」

「物語なんて、所詮は空想と嘘に過ぎない。私はそんなものに興味はない」

「はいはい。じゃあいつか興味が出たら、読んでみてはどうですか?

そのあなたが気になっている女の子だって、そういうものが好きかもしれませんよ?」

随分と都合の良い考えをする。

でも、けれど……彼女と近づけるきっかけになるのであれば、それもいいアイデアかもしれない。

なんて思ってしまった自分が、少し馬鹿らしくなってしまった。


季節は流れ、夏、秋、冬。

あの少女とは、結局ずっとすれ違うことはなかった。

もしかすれば、きっとあれは私の見た幻か何かだったのだろうか。

そう考えているうちに、懐かしさの正体のようなものがようやくわかった。

300年以上も前、別れてしまった私の大切な人。その人の面影を、その少女に感じてしまっていたのだ。

もうずっと昔になるというのに、まだ未練がましく過去を引きずっていたのか。


更に時は流れ、2020年6月9日。

「馬鹿みたいね……」

その日もまた、少女のことを考えていた。

どこに行っても会えない、そもそもこの町に住んでいるのかもわからない彼女のことを。

ああ、こんなに胸が苦しくなってしまうのならば、いっそのことすれ違ったことも忘れてしまえればいいのに。

「どうして、こんなに苦しいの……」


少し暗くなり始めた道を歩く。

400年以上も生きてきて、もうだいぶ人間社会に溶け込むのは慣れ始めた。

理解できない人間の相手をするのは苦痛だった。けれど、そんな苦痛の感情も100年を過ぎた頃にはもう消えていた。

そんな中で、急に芽生えてきた痛くも苦しい感情。

2年の時は、まだその感情を呑み込むには足りない時間だった。


ふと、黒い影が横切るのが見えた。

亜人の成れ果てだろうか。そういえば、この町に住む亜人の数が、最近急激に増えてきた気がする。

まあ、そんなことはどうでもいい。亜人狩りとやらに見つからないようにさえすれば、何の問題もないだろう。

…とその存在を無視した。いや、無視してしまった。

ふと、視線を動かす。そうすると、黒い影が、よりにもよって。あの少女に襲い掛かっていたのだ。


「呆れているのはこっちですよ。相手は人間、わたくしたちは亜人。

決して交わってはならない存在だということくらい、あなたにもわかるでしょう?」

リリスの言葉がふいに頭をよぎる。私は決して、彼女に近づいてはいけない。

だから……助けに入ることも出来なかった。

少女が黒い影に、屠られる姿を黙って見ているしかなかったのだ。

鮮血をまき散らし、苦しみの声をあげる彼女の姿を。その先は、見ていられなかった。

目を、閉じてしまった。逸らしてしまった。


やがて目の前で繰り広げられる惨劇の音が止み、おそるおそる目を開く。

そこには、腹を裂かれ、血だまりの中に沈む、想い人の姿があった。

「あ、あ、あ……」

目の前の少女はぴくりとも動かない。ただでさえ大きなその瞳を見開きながら、苦悶の表情を崩すことなく、何かに手を伸ばした状態で静止している。

紛れもなく、"死んでいる"。


いや、待て。まだ、彼女を助ける方法がある。けれど、それは最早禁忌と言ってもいいほどの方法だ。

もしかすれば、彼女に10年、20年と言わず、もっと長い間苦しみを与えてしまうかもしれない。

それでも、私は止まらなかった。


------------------------------------------------------------------------------


「そんな、そんなことが……」

どのような想いで、わたしは蘇ったのか、そんなことも知らないまま、わたしは一度拒絶をしてしまった。

それがどういったことなのか、痛いほどにわかってしまった。


「ありがとう、ございました。わたしを生まれ変わらせてくれて」

「あなたは…こんな私を認めてくれるの……?」

そっと、胸に抱き寄せる。

認める、認めないなんて、そんなことはもう"考えていなかった"

あなたがいなければ、わたしの物語はあそこで終わってしまっていたのだから。


「…ありがとう。芽衣。それと、一つお願いをしてもいいかしら。図々しいかもしれないけれど、これだけは聞いてほしいの」

「何でしょうか」


「私の事、リア。って、呼んでくれる……?」

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