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【完結】Camellia~紅の吸血鬼が紡ぐ物語~  作者: 八十浦カイリ
第一章 紅の瞳の吸血鬼
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第一章 10 少し遅れてしまったみたいだわ

何か鋭いものが、何度もわたしの身体を打ち据えていた。

ざくり、ざくりと衝撃が身体に加えられるたびに、意識がどこかに飛んでいってしまいそうなのを感じる。

その正体が異様に長く伸びた爪のようなものであることに気づいた時には、もうほとんど動けなくなるくらいに激しい痛みに襲われていた。


嫌だ、いやだ、また、死んじゃう。死んで、しまう。

あの時感じた感覚、それは明確に自分が"死んでしまう"という体験だった。

身体がだんだん動かなくなって、体温が抜けていって、最後には自分の身体が物言わぬ何かに変わっていってしまうような、そんな明確な死の感覚。

目の前で自分に起きている光景に耐えきれずに、目を瞑ってしまった。

そんなことをしても、全く痛みも消えるわけじゃないのに。


しかし、痛みは唐突にぴくりと止まった。

おそるおそる目を開けると、影のような何かがわたしの身体から手を離しているではないか。

「わたし…助かったの?」

呟いてみるけれど、当然返事はない。通っている人がいないから、当然といえば当然なんだけど。

身体を起こそうと上半身だけを動かすと、それと同時に腕も、足もちゃんと動いた。良かった。まだ生きてるんだ。

自分の身体がまだ動かせることが、ここまで嬉しいことだとは思わなかった。


影はきょろきょろと頭、だろうか。そこに見える部分を動かしながら、様子を伺っている。

間違いない、チャンスは今しかない。ちょっと怖いけれど、この時だからこそ「吸血鬼としての力」を使うべきなんだろう。

カバンから筆箱を取り出し、そしてそこからカッターを取り出す。カッターから刃を出し、そして。それを。

「ーーーーーーーっ!!!!」

それは一瞬だったはずなのに、何故かものすごく長い時間のように感じた。

その時間の間に、自分の腕から出る血を、固めて一つの形へと変えていくのをイメージする。

昨日、出したものよりは少しだけサイズの大きな"武装"。まだそれを手に持つのは慣れないけれど、やるしかない。

目の前の"怪物"と、わたしは戦わなきゃいけない。そんな気がしていた。


すぐさま怪物が飛びかかってくる。さっきは突然だったから反応できなかったけど、

相手をしっかり見ている今ならその動きはそれほど早くは感じなかった。このくらいなら避けられる。

当然、飛びかかってくるのは1回だけじゃない。今度は、長い爪のようなものを振り下ろすのが見えた。

「……っ!」

爪のリーチが思ったより長くて、腕に少しだけ傷がつく。痛みは走るけど、すぐにその痛みは消える。


不思議に思ってお腹の傷の方に手をやると、そこの傷も嘘のように消えていた。

これは、もしかして。いや、そもそも昨日"武装"を出した時だってそうだった。

"傷の治りが異様に早い"。

これも、吸血鬼の力のおかげなんだろうか?

気になるけれど、今はそんなことを気にしてる場合じゃない。


再び、態勢を立て直して"武装"を構える。剣のような形のそれは、確実に刺されば、あるいはそれで切れば対象を傷付けられるだろうという鋭さを持っていた。

しかし長さがそこまでではないだけに、それを当てるには確実に相手の間合いまで踏み込む必要があった。

恐怖。あの爪に引き裂かれ、また物言わぬ骸に変えられてしまうのではないかというそれが、急にわたしを襲う。

さっきはすぐに傷が治ったけれど、もしかするとたまたま傷が浅かっただけかもしれない。もし、もっと深い傷なら……?

迷っている間に、怪物はまた飛びかかってくる。


「ーーーーーーーーーっ!!!!!!!」

また襲ってくる怪物に、一心不乱に切りかかる。刃が肉を裂く感覚が、自分の右腕にまで伝わってくる。

しかし、肉を裂いても血は出ず、黒い靄のようなものが降りかかり、そして消えるだけだ。

そんなことを気にする間もなく、また切りかかる。

初めて扱うはずの武器なのに、まるで自分の手足の一部であるかのように、それを振り回し続ける。

「ーーーーーーーーーー!」

何度も切りかかり続けるうちに、聞こえるはずのない怪物の"声"が聞こえてきたような気がした。

苦しんで、吠えているのか。声を出すための口すらどこにあるのかわからないのに、何故かそれを"吠えている"と認識している。


「どうしてだろう、なんだか、この怪物……」

戦っている間に、何か1つ違和感を覚える。

自分とは全く別の存在であるはずのそれが、まるで近い存在であるかのような……。

「っ………!」

そんなことを考えていると、左腕のあたりに激しい痛みが走る。怪物の爪がわたしの左腕を切り裂いたのだ。

左腕がただの肉の塊のようにだらりと下がる、バランスを崩して倒れそうになるけれど、すぐに体勢を立て直す。

余計な考え事をしてちゃダメだ。

怪物をじっと見据えて、再び狙いを定める。


「はぁっ、はぁっ……」

少し、疲れてきた。けれど怪物は何度身体を切られても、まだ変わらず動いているようだった。

その様子に、なんだか徒労感のようなものを覚え始める。

「集中、集中……」

呼吸が乱れてくる。あれだけ何度も当たり続けていた自分の剣の攻撃が、急に当たらなくなっていった。

どうすれば、あの怪物を倒せるのか……。

振った刃を何度も避けられて、集中力もどんどん落ちてきたのを感じる。

そして、ついに怪物から目を逸らしてしまった。


その隙に、怪物は踵を返してどこかへと向かっていくのが見えた。

逃がしてしまったら、また誰か殺されてしまうかもしれない。そう思ったわたしは夢中でそれを追いかけた。

その先には、通行人が歩いていた。40代くらいの男の人だった。

買い物帰りだろうか、スーパーかコンビニの袋を持って歩いていたその人のもとに。

怪物が、迫ってくる。

「うわっ、なんだなんだ!?」

驚いた様子の男の人は、スーパーの袋を思わず落とし、尻もちをつく。


「逃げてくださいっ!!!!」

思わずわたしは全身全霊をかけて、叫ぶ。

しかしそれもむなしく、呆然とする男の人に、怪物の爪が突き刺さる。

「痛っ、誰か、誰か助けてくれぇ!!誰かぁ!!」

そして、何度もその無慈悲な爪が、その身体を紙のように切り裂く。


口を手で押さえながら、思わずその場に立ち尽くしてしまった。

助けなきゃ、助けなきゃいけないのに、身体が全然動かない。

足もがくがくと震えて、一歩前に足を踏み出すことすら叶わない。

「嫌だ、嫌だよぉ!死にたくねぇ!!!」

静かなはずの住宅街の路地に、男の人の叫び声とそれを突き刺す音がこだまする。

そして、わたしは見てしまった。

怪物が、その男の人を捕食……いや違う。これは。

血を、吸い尽くしているのだ。男の人の肌が、みるみるうちに生気を失って、やがて枯れ果てた木の枝のように、その手足も細く萎びていく。


「げほっ、げほっ……おえっ……げほっ……」

瞬く間に胃の中のものがせりあがって、熱い何かが口から出ていった。

ひざまずいて、道中で吐いてしまっていたんだ。

「げほっ……げほっ……うっ……おえっ……」

目の前が涙で滲んでも、もう吐くものがなくなってしまって胃液まで吐き出してしまっても、まだその苦しみは止まらない。

立ち上がれない。この景色を見たくなくて、必死に振り払おうとしているのに、あの男の人の断末魔と、

この人が急に枯れ果てたミイラのようになってしまった様が、脳裏に焼き付いて離れない。


やっとの思いで、少しだけ顔を上に向けると、口、に当たる部分から赤黒い血を垂らしながら怪物が、近づいてきた。

もう、終わりだ……。

足も動かないし、武装は気づけば落としてしまって、手も震えて何も持てそうにない。

「……あは、あははははは……」

ふと口から、無意識に嫌な笑みを浮かべ始める自分がいた。もう、笑うしかないんだ。

怪物が迫ってくる。わたしもあの男の人のように、血を吸い尽くされて死んでしまうのか。


どん、と鈍い音がして、強い衝撃が走る。

「痛っ……!」

どうやら誰かに突き飛ばされたようで、気づけばわたしはまた道に倒れていた。

身体を起こそうとすると、何かやけにどこかが軽いような、どこかの感覚がないような。

気づけば、わたしの身体の、"左肩から先が全てなくなっていた"。

「えっ……なん、で……?」

訳も分からないまま顔を上げると、そこには怪物ではない、怪物よりは明らかに細身な背中が、立ちはだかっていた。


「メイ、ごめんなさい。少し遅れてしまったみたいだわ」

振り向いたその人は、美しい赤い髪に、赤い瞳。紅色の吸血鬼が、わたしの姿をしっかりと見ていた。

「カメ、リア、さ………」

その姿を見たのを最後に、意識がぷつんと、糸が切れるように途切れた。

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