第一章 9 笑いごとじゃないでしょっ!?
最近、私の友達の様子がおかしい。
突然苦しみだしたり、前にもましてボケっとしてたり、遊びの約束しようとしても何故か断られたり……。
私の友達…芽衣は1週間ほど前まで3日ほど学校を休んでいた。
芽衣の様子がおかしいのは、その休みから久々に学校に来てからだ。
クラスメイトでもあり部活仲間である芽衣のことは、わたしが一番学校ではよく知っているはず。
そう。そのはずなんだ……。
ドアを開け、教室に入る。
まだ眠気が残っているけれど、なんとか振り払って「教室に行くぞ!」っていう気持ちを整えるんだ。
「おはようー!」
うっかり、いつもより1オクターブ高い声が出てしまう。教室がざわつく。
今日はどうしたの?なんか調子悪い?みたいな声が聞こえてくる。うーん恥ずかしい……。
席に着こうとする前に、あることに気づいてしまった。さっき、芽衣の返事が聞こえなかったのだ。
「……あ!そうだ、芽衣見なかった?」
思わず気持ちが逸って、隣の席の子に聞いてしまう。
相手…佐々木さんは困惑した様子だけど、もうしょうがない。
「芽衣…咲坂さんだよね?咲坂さんなら、さっき教室の前の廊下で見たけど…そういえばまだ教室来てないね?」
「え?それはどういう…」
「なんか廊下をふらふら歩いてるみたいだったよ?麻倉さん、咲坂さんのこと探してるの?」
ガタン、と音がした。気づけば、自分でも無意識に佐々木さんの方に身を乗り出していたのだった。
「ちょ、それを先に言ってよ!?」
「うわっ…いやだって、私咲坂さんのこと知らないし……」
「探しに行ってくる!」
「ちょっと!?」
止めようとする声をよそに、私は教室を飛び出した。もしかしたら何かあるのかも、なんて嫌な胸騒ぎを覚えながら。
廊下を出来るだけ速足で歩く私。廊下を走るわけにはいかないから、出来るだけ早く。
これじゃもう下手に走るより速度出てる気がするけど、もうそんなの気にしてられない。
しばらく廊下を歩きまわっていると、隅で立ち尽くしている芽衣の姿を発見できた。
「あ、楓ちゃんおはよう。あの……」
「芽衣、こんなとこで何してるの?もう授業始まっちゃうわよ!?」
「実は、教室がどこかにあるかわかんなくって……クラスどこだっけ、ってなっちゃって……」
何を言っているんだ、と思った。もう6月だよ!?4月とか5月ならともかく…いや4月でもおかしいけど……
いや、そんなことは今はどうでもいい。芽衣がそう言っているということは、迷ってしまっていたのは間違いないんだろう。
「2-Bだよ。ほら早く行こっ!」
「うん、ありがとう楓ちゃん」
しかし、"芽衣の様子がおかしい"という私の不安は、より強さを増していたのだった…。
----------------------------------------------------------------------
「はははははははははは!!!!!」
「もう、笑わないでよ柚葉ちゃん」
「そうよ!というか笑うことじゃないでしょっ!?」
放課後。部活の時間。朝にあったことを話したら、見事に大笑いされました。
「いやいや、芽衣は抜けている所があるとは思ったがここまでとは!」
確かにわたしは抜けてるんだろうけど、こんなことは今までなかったはずだし…。
「それにしても。あれだな。芽衣以上に楓の方が不安そうだな?」
「あの、そのことなんだけど……」
柚葉ちゃんのその言葉に、楓ちゃんは肩をすくめていた。
「なるほど、最近芽衣の様子がおかしい、か」
「うん。前に1回部室を飛び出して行っちゃったことあったじゃない?そういうのもあって…」
もしかしたら、思っていたより早くに楓ちゃんたちに秘密を話さなければいけないことになるんだろうか、という不安がよぎった。
吸血鬼になったこと自体は、最初の頃よりはずいぶん前向きにとらえられている。
けれど、楓ちゃんや柚葉ちゃんがそれを受け入れるかどうかは話が別だ。
リリスさんは、葉月ちゃんにはどこまで話したんだろう……?吸血鬼のことまでは話してないと思っているけど……。
「私も実のところ、それは気になってはいた。ただそれは楓の問題ではなく芽衣の問題だ。なら、芽衣がどう思うかというのが問題なんじゃないか?」
「でも……」
「まあ、心配なのはわかるがね。私も友達に何かあったとなれば、それこそ授業を休んででもすっ飛ぶくらいの人情はあるしな!」
「うう…」
楓ちゃんは、まだ納得が出来ていない様子だった。それもそうだろう、楓ちゃんはいつもわたしのことを心配してくれる。
きっと、抜けてるとか、呑気すぎるとか、そういったこともきっと原因なのかもしれない。
だから正直、楓ちゃんの問題じゃなくてわたしの問題だ、っていうのは、ちょっと割り切りすぎな気もするのだ。
「あの、でも楓ちゃんがわたしのこと心配してくれてるのはそうだと思うから、それもちょっと違うんじゃないかなって」
「違う、というと?」
「楓ちゃんの問題じゃなくて、っていう部分。楓ちゃんの心配してくれてる気持ちって、それだけ強いから。
だからわたし一人の問題じゃなくなるくらい、心配してくれてるんだろうなって思うんだ」
言葉が上手くまとまらない。けれど、これは何としてでも伝えておきたかった。楓ちゃんの気持ちを、否定したくなかったから。
「…はは。いやぁ、そういう見方もあったか。参ったよ。君はいい人だな。」
「えっ、そうかな?そうなの?」
「そうよ。自信持ちなさいよ」
何で楓ちゃんがそう言うんだろう…?と思ったけれど、いい人だと言われたの自体は、とても嬉しかった。
柚葉ちゃんは嘘をつかない人だ。冗談は多いけど、でも変なお世辞や思ってもいないようなことは、絶対に言わない。
だから、柚葉ちゃんはわたしたちのリーダーでいられるんだと思う。
「さてと、本題に移ろうか。楓、今日のニュースは見たか?」
「あー、もしかしてあの話ですか?」
普段、あまりニュースは見ないからどの話なのかは、全くぴんと来なかった。
「察しがいいな。また身元不明の遺体がこの神楽坂町で見つかったらしい」
「その話なら知ってるよ、今日朝葉月ちゃんが気を付けなよ、って言ってたの」
「へえそうなのか、葉月さんというのは確か……妹だったか?」
あ、そういえば柚葉ちゃんには葉月ちゃんの話はしたっけ…?
「いい加減覚えてよね。部長ってば人の名前覚えるの苦手なんだから」
「うぐっ…それはもともとの気質が云々というだけの話であってだな。全員知ってるなら話は早い。」
神楽坂町の謎の殺人事件。血がほとんど抜かれている遺体が発見された、という話だ。
既に何度かニュースで報道されていて、今日もその話が出ていたらしい。
世間では「吸血鬼の仕業だ」だとか、「狂った人間が起こした猟奇殺人だ」だとか、いろいろと噂になっている。
けれど、わたしにはそれが吸血鬼の仕業だとは、とても思えなかった。
リリスさんは誰にでも優しい人だった。カメリアさんは時々怖いけれど、でも唐突に関係ない人に危害を加えるような人じゃない。
だからそれはきっと、吸血鬼のことを何も知らないような人が言っているだけに過ぎなかったのだ。
「私は吸血鬼の仕業、だとはとてもじゃないが思っていない。こんなことをする吸血鬼がいるなら、もっと前から明るみに出ていてもおかしくないからな」
「うん…それはわかったけど、なんでそんな話してるの?」
楓ちゃんが少し顔を青くして聞く。柚葉ちゃんの話はいつも唐突だけど、突然こういう話題を持ち出すのは意外だった。
「創作の題材として使えそうじゃないか?現実には吸血鬼の仕業でもなんでもない。
しかし小説の世界では、これを吸血鬼の仕業にするのは難しいことではない」
柚葉ちゃんが眼鏡をくいっと上げ、大仰なポーズを取る。
「私は一本これを題材にしてミステリ小説でも書こうと思っている。芽衣はこれはどう思う?」
「え?うん、いいアイデア…だと思うよ?」
彼女は吸血鬼のことを知らない。だから、柚葉ちゃんが吸血鬼をどう思ってそれを書くのかは、とても気になってしまった。
「前々から思ってたけど、芽衣も部長も、苦手なジャンルとかないの?芽衣はバッドエンドが苦手みたいなこと言ってたけど、部長は…」
「唐突だな。私にはないぞ。この世にあるあらゆる創作物はジャンルに限らず創作者のあらゆる魂が詰まっている。それに好きも嫌いもあるまいよ」
「ほんと部長の言うことってよくわかんない。私って相変わらず怖いのとかちょっとグロテスクなのとか?克服できないからたまに羨ましくなっちゃう」
そう言う楓ちゃんは少し遠い目をしていた。
もしかしたら、柚葉ちゃんのそういう達観した考えは楓ちゃんにとって少しコンプレックスになっているんだろうか。
「でも、楓ちゃんって、結構わたしたちの考えに共感してくれたりとか、違うなって思うことがあったらはっきり違う!って言ってくれたりとか、そういうとこはすごくいいところだと思うよ?」
「ありがと。でも、もうちょっと苦手なものも克服できるようになれたらな、って思ってるだけ」
気を遣っているのがばれちゃったのかな。楓ちゃんは、こういう時は鋭かった。
やがて時間が過ぎ、文芸部は解散となる。長い時間話し込んだり、本を読んだり。
わたしの記憶がたまに混濁していても、文芸部自体は何の変わりもなかった。
けれどわたしの日常は、どうにも「変わらない」ということを許してくれないみたいで。
目の前を、大きな黒い影のようなものが横切る。
わたしはそれを最初は、目の錯覚か何かかなと思っていた。
けれど、そんなことは全くなかった。影はやがて人型を形作り、そして。
「うわっ!?」
わたしの方に、飛びかかってきた。急な速度で飛びかかってきたそれに、わたしは全く反応できずに、そして。
道の真ん中に、倒れ込んでしまう。
お腹のあたりに、何か刺さるような痛みが走った。この痛みは……そうだ。
それは、もしかして。ああ。
わたしが、咲坂芽衣が、一度"死んでしまった"時の再現のようだった。




