第一章 8 知らない仲、というだけじゃ不満か?
「つまんねぇ……」
優斗から差し入れられた漫画を読みながら、ただ退屈に検査の時間を待つだけの時間。
もうすぐ退院できると思っているのに、何故かその時間は今までの入院の時より長く感じた。
「つーか、俺たちリアルに怪物狩りしてんのに、よくこんな漫画読めるなあいつ」
漫画の内容は急に不思議な力に目覚めた主人公が、人々を襲う怪物と戦うという内容だ。
まるっきり同じっていうわけではないんだが、自分の境遇にやけにシンクロしてしまって、バカバカしい部分が目立ってしまう。
そもそも、優斗は異常なまでに趣味が悪い。
あいつの買ってくる漫画も、レンタル店で借りて来る映画も何故かほとんどがとてもつまらない。
映画の最中に寝てしまったことも一度や二度じゃなかった。
優斗の相棒になってからは長い。けれど、あいつのことはいまだによくわからないことがある。
「あー…暇だと余計なことばっか考えちまうな。」
やっぱりこういう時間は、嫌いだ。
漫画を途中で閉じていっそちょっと寝てしまおうかと思った所、急にその沈黙を破る音がした。
病室のドアをノックする音だ。
ドンドンドン、ドンドンドン、ドンドンドンドンドンドンドン
ふざけた三々七拍子の音。絶対優斗ではない。あいつはこういうベクトルのふざけた事は……
「来てやったぞ有栖川君。いつもと違って全然元気がないじゃないか!」
「……なんだ、天野か」
予想だにしない顔が見えて、なんだかあいつじゃなくてガッカリしたとも言えない、微妙な気持ちだった。
「なんだとはなんだ。クラスの女の子が見舞いに来るなんて理想のシチュエーションだとは思わないのかね?」
「知らん。理想のシチュエーションかもしれねえけどお前みたいな変な喋り方の女は望んでない」
「そうそうなるほどー。何?もう少し可愛い喋り方の方が良かったーー?もしかしたらそれなら君も嬉しいかー?」
「いややめてくれ逆に気持ち悪い」
俺のリアクションも完全に無視してベラベラと喋りまくるこの女、天野柚葉は中学1年生から5年間もクラスが同じの腐れ縁だ。
俺だって、四六時中優斗と一緒にいるわけじゃない。むしろ学年が1つ上のあいつとは、学校じゃ会うことの方が珍しいくらいなんだが…
「まあ、クラスメイトが怪我をして入院したともなればだれかお見舞いでも行こうという話にはなったんだが、
君、部活やってるわけでもなければ友達もいないだろう?というわけで私がお見舞いに行くことになったんだ!感謝したまえ」
「別に頼んでねえけど。つーか友達いないとか言うな」
天野が言ってたことは事実だ。俺はクラスメイトには仲間と呼べる人間はいない。
どうにも高校生というもののノリに俺はついていけないからだ。
青春、という言葉に、何やらむずかゆいものを感じてしまう俺はきっとそういうやつにとっては仲間でもなんでもないんだろう
「これ、休んでる間のプリントと。ほとんど書くやつがいなかった寄せ書きだ」
「いやそんなもん渡されても嬉しくねえ!つーかもしかしてお前お見舞いじゃなくてただプリント届けに来ただけじゃ…」
「ふふ…どうだろうねぇ?」
何故かニヤニヤする天野。完全に何がしたいのかわからなかったが、おそらく図星なんだろうなと思った。
「しかし案外元気そうで安心したぞ。君も知らない仲じゃないからな、知らない仲のやつが沈んでると私は悲しいからな」
「…お前。何でわざわざお見舞いなんか来たんだよ。別にクラスの誰かがお見舞い行かなきゃいけないってわけじゃねえし、
そもそも5年間クラス同じって言ったって、選択授業がちょっと同じで別に友達でもなんでもねえだろ。それに今日来たってことは学校だって休んだろお前」
いくら腐れ縁と言っても、こいつと話した回数なんてそう多くはない。
友達と仲良くなんてやるほど、俺は幼くもないのだ。優斗もそうだけど、なんでわざわざ俺に気なんか遣うんだろうか。
「知らない仲、というだけじゃ不満か?」
「どういう意味だよ」
「様子を見に来るのに、大層な理由が必要か?っていう話だ」
言っていることがわからない。
「まあいい。明日は元気に学校、来てくれよ?」
そう言うと、天野は踵を返して病室を出た。
「鳴、明日こそは元気になってね?鳴が元気でいてくれることが、僕の唯一の幸せだからさ」
急に昨日、優斗に言われたことが思い出される。
ふと、急に頬に何か熱い感触が伝わってきた。ああ、これはもしかして。
「…いい歳こいて何泣いてんだよ、しっかりしろよ俺……」
優斗と一緒に、また戦いたい。
それ以外の気持ちは、今はなかった。
-----------------------------------------------------------------------------
「吸血鬼の力、ですか?」
言われたことをそのまま、聞き返してしまった。
今までに見た力といえば、カメリアさんが壁を通り抜けたことと、人の血を吸うことと、それから……。
自分に血を、分け与えて蘇生させられたことくらい。
言われてみれば、わたしはそれくらいしか吸血鬼のことをよく知らなかった。
「ええ、これからまたあの亜人狩りというものに襲われるかわかりませんし、、亜人狩りのターゲットがまだ存在するということは、
危害を加える亜人も存在するかもしれない。そのために自衛の方法だけでも身に着けてもらおう、という考えです」
「自衛の方法……」
ふと、脳裏にあの少年の顔が浮かぶ。それはきっと、彼のような人とも戦う方法なのだろうか。
「相手を傷付けて殺す方法ではなく、自分の身を守るための方法ですから、安心してください」
リリスさんはわたしの意図を察したのか、そう告げる。そうだ、傷付ける方法じゃない。
「リリスは少し甘いのよ。あなた、もしかしてまたあの時みたいなことを繰り返さないように……」
「リア。その話は芽衣さんのいる所ではしないでください。それに……そんな目的ではありませんから」
「?」
一体何の話だろう。けれど、それに踏み込むことは出来なさそうな気がした。
「話が逸れたわね。さあ、早く」
「はぁ。逸らしたのはあなたでしょうに。さて。これは話すよりは見てもらう方が早いでしょう。リア」
「ええ」
目配せをされたリリスは、再びそれをカメリアさんに返す。
それに応じたカメリアさんはその長くきれいな爪で、自分の手のひらに傷をつけ始めた。
「あのカメリアさん、何を……」
「いいから、黙って見ていて」
手のひらかはたくさんの血が流れ始める。手を傷付けただけでこれほどの量が出るのだろうかというほど、大量に。
しかし、カメリアさんの手はすぐに再生を始めた。かさぶたが出来るのが見えないほどに、すぐにその傷は元からなかったのように戻っていく。
そして……
「あなたの前で見せるのは初めてだったから、びっくりしたかしら?」
流れ出た血は、固まって赤黒い塊を形作っていた。たとえるならそれはまるで。
「もしかしてそれ、剣、ですか……?」
「これが私の血からできた"武装"よ。今は血が少ないからこのくらいのものしかできないけれど、きっとメイにも出来るはず」
血で出来た剣を一振りすると、彼女はそれを霧散させて、嘘だったかのように消した。
これが吸血鬼の真の力、なのだろうか。
「この力も単なる吸血鬼の力のうちの一端に過ぎません。わたくしたちの本領はあくまで血を操ること。吸血鬼とは血を自在に操るものたちのことを指しますから」
血を操る。いまいちその言葉には実感がわかなかったけれど……。何故かその言葉には惹かれるものがあった。
「もしかして、カメリアさんみたいに壁を通り抜けることだってできたりしますか?」
「それは…リア特有の能力ですから。流石にリアと同じ血をもっていたとして、固有の能力まで同じである保証はありませんからね」
「じゃあ、リリスさんの能力ってなんですか?」
気になって、次々に聞いていってしまった。
「意外とぐいぐい来るんですね…と言っても、わたくしの能力はもう長い間使っていないので、使う時があったら説明します」
そう説明してくれるリリスさんの笑顔に少しだけ寂しさのようなものが見えたのは、もしかして気のせいだろうか。
「メイ。そんな捨てられた子犬みたいな顔をしても、リリスは見せてはくれないわよ。もう100年以上はずっと人前では使っていないんだから」
「えっ、わたしそんな顔してました!?」
急にそんなことを言われてしまって、少し恥ずかしくなってしまった。捨てられた子犬…捨てられた子犬……。
「さて、話を戻しましょう。我々吸血鬼は自分の身体から出た血を固めることも出来るんです。その応用が"武装"となります。
固められた後のイメージを頭に浮かべながら、何らかの方法で自分の血を外に出せば……おや芽衣さん、急に静かになりましたね…?」
さっきのことが恥ずかしくなってしまって、黙ってうんうんとうなずきながら聞くしか出来なかった。
「さっき捨てられた子犬と言われたのがよほど恥ずかしかったのね」
「リア」
「何かしら?」
「デリカシー」
注意されたカメリアさんが、しゅんと肩をすくめて押し黙る。
その様子はなんだかおかしくて、同時に少しいたたまれない気分にもなった。
「いえ大丈夫です、そんなに気にしてるわけじゃないので…」
「それならいいんですが…リアったら口下手なわりにオブラートに物を包むのが大変下手なもので…」
「そ、そこまで言わないであげてください!」
「も、もう私のことはいいでしょう……メイ、早く実践を…」
そう言っていたカメリアさんの顔は、耳まで真っ赤になっていた。
「さて…念のために薬と包帯も用意しておきましょう。失敗した時のためです。リア、用意を」
「ええ」
「はい」
出来るだけ真剣な顔で、リリスさんの方を見つめた。
「あの、わたし爪が短いんですけど…爪じゃなくてもいいんですか?」
「構わないわよ。あくまで私は道具を使わない方法として爪を使っているだけだから」
なるほど。間近に刃物なんてあったかと思ったけれど、そういえば筆箱にカッターが入っていたっけ。
「イメージ、イメージ……」
カッターの刃を出して、手のひらに向けようとする。しかし、どうしても手に傷をつけることが出来ない。
頬をかすめた時のあの傷が、どうしても頭をよぎってしまうのだ。
「手のひらが嫌なら、別の場所でもいいですよ。」
「えっと…あ、はい!」
慌てて返事だけしてしまった。けれど、そのおかげで少しだけ深呼吸する用意が出来た。
大きく息を吸って吐いてから、武装を作り出すイメージをする。自分の血を固めて、一つの形にしていく感覚。
「えいっ!」
思わず、裏返った声が出る。おかしなほどに間抜けな声。その声と共に、腕にカッターの刃が食い込み、一筋の傷をつける。
カメリアさんたちも、それに釘付けになって見守っていた。刹那の緊張。一瞬だけ痛みが走るものの、その痛みはすぐに引いた。
「はぁ……はぁ……」
慌ててカッターを落とし、腕を押さえる。血も出ていないし痛みもないのを確認して、安心する。
「出来、ました……」
部屋の床には、カッターともう1つ、カッターを一回り大きくしたような真っ赤なナイフのようなものが転がっていた。
「まさか1度で出来るとは。あなた本当に……」
「ええ、驚きましたね。一度で出来る吸血鬼は本当に珍しいのですが、どうやらあなたは相当筋が良いみたいです」
「そうなんですか……?」
てっきり、吸血鬼なら誰でもできることかと思っていたので、そう言われたことがにわかには信じられなかった。
「しかし…まだ少し躊躇があるのか血の濃さが少々薄いみたいですね。これではすぐに壊れてしまいます」
道理で、さっき見た武装よりずっと色が薄かったわけだ。
「とはいえ、これだけ作れれば充分でしょう。自衛程度には足りるはずです。」
「…ありがとうございました。もっと、頑張ってみます」
「あまりやりすぎると血が足りなくなるから、程々にするのよ?」
まだ、わたしは守られる立場なのかもしれない。けれど、何となくそれじゃいけない気がしてしまった。
わたしはもう人間じゃないんだから。
吸血鬼と亜人。亜人狩り。
この1週間ほどで、わたしの生きる景色は随分と変わってしまったように思う。
それでも、まだわたしの日常は守られていた。
それにまだ感謝しながら、カメリアさんたちにいったん別れを告げる。
「楓ちゃんと柚葉ちゃん、元気かなぁ…」
そんなことを呟きながら、一日を終えた。




