4 親友を失った日
「――っ!」
頭を鈍器か何かで殴られたかと思った。
それ程イルザの言葉に衝撃を受け、足元がふらつき立っていられず、その場に座り込んでしまった。
「聖女イルザ様、我らと共においでくださいますか?」
「もちろんです。今すぐにでもかまいません」
「孤児院に知らせず、大丈夫ですか?」
「大丈夫です。彼女が知らせてくれますから。そうでしょ?」
白服の人達と話すイルザが、床に座り込む私にちらりと視線を向ける。
「……はい、伝えておきます」
汚い物でも見るような目だった。
「今日はもう遅いので、我らの宿泊する宿に部屋をご用意します。明朝、日の出と共に出発します。よろしいですか?」
「はい、わかりました」
白服の人達とイルザは宿の方に向かい去って行く。
集まっていた人達も、イルザ達の後に続いて教会から去った。
なんでこんな事になったんだろう。
さっきまで仲良く、……してたつもりだったのになぁ……。
小さい頃からいつも一緒で、たくさん遊んだし、院長にイタズラして一緒に怒られたり、私が落ち込んだ時は慰めてくれたし、一緒の布団で夜が明けるまでお喋りした事もあったし……。
……全部、偽りだったの?
仲の良いフリをして、心の中ではずっと馬鹿にして嫌ってたの?
……あぁ、苦しい。胸が痛い。
喉が詰まって、鼻がツーンとして、目頭が熱くなって視界がぼやけてきた。
「――うぅ……ふっ…ぐ……っ」
涙が溢れて止まらない。
大好きだった、親友だと思ってた、本当の家族のように思ってた。
全部、嘘だった――。
「……大丈夫かい?」
目の前に白いハンカチが差し出される。
「……黒軍服さん、なんでいるの?」
てっきり、イルザ達と行ってしまったと思ってた。
「君の様子が気になってね。あの子に酷い事を言われてただろ?前から嫌いだった、愚図、とかさ。ほら、ハンカチ使いなよ」
黒軍服さんがいた事に驚いて、差し出されたハンカチをスルーしてた。
「……ありがとうございます」
私なんかが使わせてもらっていいんだろうか?と一瞬思ったけど、せっかくのご厚意だから有り難く使わせてもらおう。
座り込んだまま涙を拭く私の隣に、黒軍服さんは腰を下ろした。
ここ床なのに、変わった貴族様だな。
「あれ?でも、イルザは私の耳元で囁いてたから、周りの人には聞こえてなかったんじゃ?」
借りたハンカチはすっかり涙でビショビショになった。
「うん。俺は読唇術の心得があるからね。あの子が何を言ってるかわかってたよ」
読唇術?
あー、口の動きで何を話してるかわかるやつか。凄いな。
「……でも、黒軍服さんもイルザが聖女だと思ってるんでしょ?」
白服の人達はイルザが聖女だとあっさり納得してたし。
「いや、そうとは限らないよ。実際に石が光ったその場にいたわけじゃないから、どちらが聖女なのかは俺にはわからない。でも……」
「でも?」
「俺は、君が聖女ならいいと思う」
そう言って優しく微笑む黒軍服さん。
「なんで?」
私なんて、全然聖女感が無いけど。
「会って間もないけど、君が嘘をつくとは思えなくてね」
どうしてそんな事言えるんだろう?
でも、そんな風に言ってもらえるのはなんか嬉しいな。
「……ありがと」
良い人だな、この人。庶民の私にハンカチまで貸してくれたし。