練習(組織で戦ってる編)
俺たちは人間だ。
彼らも人間だ。
たった10分、たった1秒。
それだけでいったい、なにが違う。
「紅鹿、あと6分35秒!」
「わかってるっての!!」
ガキンッ
金属と金属のぶつかり合う激しい音が響く。
一人は日本刀を振るい、もう一方は、肘から大きな斧が両腕に生えている。
白目を剥いて口の端から涎を垂れ流し、体長が2mを超え筋肉が異常に発達しており、肌が赤く染まっている。
片手の一薙ぎで自動販売機が吹き飛び、もう一薙ぎで電柱が一本、電線に引っ張られてもう一本倒れる。
周囲を巻き込みながら悉くを破壊していく姿はまるで、小説に出てくる怪物のようだ。
対してこっちは防刃ベスト、膝当てにヘッドギア、そして日本刀が一振り。
全く割りにあっていない。
「あと5分!」
「チッ!」
わかってるだとか、うるせえだとか、いろいろ言いたかったが、時間がわからなきゃ、こちらの行動の一切の意味がなくなってしまう。
焦っている。
俺も、あいつも。
あと3分47秒。
それがこいつに残された命の時間。
こいつの一生が決まる最後の審判。
「応援は!」
「今、梅白組と松立組が向かってる!」
間に合うか?
いや、期待してる時間はねえ。
「こいつの意識を逸らす!
術の準備だ!」
背後で補助係の楓が、術の発動に向けてしゃがみこむ気配を感じたと同時に俺は詠唱を始める。
「嵐!」
やつに向かって、木の葉を巻き上げながら突風を放つ。
目眩しには一瞬だが、それでいい。
「緑、黄、橙、紅。木枯らしよ、意識の変化をもって、彼の者の記憶を巡らせたまえ」
「この術式、神在三雲の代理、楓が発動仕る。
彼が詠唱、我が精神を媒介にして、彼の者の意識を凪げ。」
「爽籟!」
途端、やつは暴れていた動きを止め、宙に目を泳がせる。
今頃やつには過去の思い出が走馬灯のように蘇っているはずだ。
これで、やつが意識を取り戻さなければ。
俺たちは判断しなければならない。
法に則って、国の代わりとなって。
こいつを化け物として殺さなくてはならない。
「時間は」
と聞こうとして、口を閉じる。
今、楓はあいつと同期しているため、一切動くことができないのだ。
対象の記憶の強制追体験。
足を止めるには最適だが、精神的、また脳の疲労はとても大きい。
この術で思い出される記憶が幸せなものであることが、ただただありがたかった。
俺たちの隣からザザッと地面を滑る音がした。
「紅鹿、すまない!遅くなった」
「……いや、助かる」
「術をかけたのか」
「ああ」
「松立様、私は楓殿の補助にまわりましょうか?」
「やめておけ
三雲嬢の術は恐ろしく強く、そして繊細だ
お前が介入する必要はない」
「承知しました」
「あと何秒だ?」
「30」
みな一同に言葉を噤む。
ここまで来たら、もう静かに二人を見守るしかないのだ。
「カウントダウン開始します」
「10」
あいつはまだ動かない。
「9、8、7」
松立の恐ろしい殺気が伝わってくる。
「6、5」
俺が日本刀を握り直すと、カチャリと静かに鳴った。
「4、3」
俺はあいつに近づき、刀を構える。
「2」
ピク
「ん?」
「い」
次の瞬間、ふうーーーーーーと長い溜息のような声ともつかない音がして、白い蒸気が辺りに散った。
俺が動けない中、松立はツカツカと対象に近づくと、そいつを俺たちの視界に映るように掲げる。
襟を掴まれ持ち上げられたそれは、普通の人の形をしていた。
「時間は!?」
俺はハッとして松立の相方の赤に聞いた。
「0.38秒です」
「はあーーーーーーーーっ」
その言葉を聞いた途端俺は体の力が抜けて、その場に座り込んでしまった。
「今回は間に合ったようだな」
松立は彼をその場に寝かせると、インカムで連絡をとった。
「梅白、鶴義だ
救急車を頼む
ん?いや、今回は紅鹿たちの頑張りが届いたようだ
ああ、頼んだ」
「救急車はすぐに来てくれるそうだ」
「わかった
楓!」
俺は楓の元に駆け寄り上体を抱き上げる。
楓は術の反動で眠りについてしまったようだ。
「しばらく休養が必要だな
彼女が起きたら三雲嬢のところへ行きなさい」
「ああ、そうする」
また白髪が増えている。
俺は唇を噛み締め、その艶やかな黒髪をすいた。
まったく。
割に合わない。