第6話 ボス戦だよ!
あの後、サンドラさんは何を思ったのか今後も来るように、という条件で料金を負けてくれて5千ジュエルで闇と水両方のスキルスクロールを譲ってくれた。
ヒナタが言っていた、サンドラさんのお店は趣味でやっている。という話はこういうことなのだろう。
もしかしたら、魔法店に行くということで予め使用しておいた【占術】の【金運上昇】の効果もあったかもしれない。
サンドラさんの好意で晴れて【闇魔法】と【水魔法】を習得したわたしとヒナタは、もう一度【夢幻の森】を訪れていた。
今回、森に来た目的はヒナタがβテストで見つけたという【夢幻の森】浅層のエリアボスに挑戦するためだ。
エリアボスの名前は【ミラージュ・ラビット】。大きなウサギの魔物で、HPが減ると分身してくるらしい。
ヒナタが言うにはそれほど強いボスというわけではなく、二人がかりなら多分倒せるとのこと。
エリアボスにたどり着くまでの道中、新しいスキルを試しながらフール・ラビットとローリン・バグを倒し、進んでいく。
新しいスキル【闇魔法】の最初に使える魔法は【ダーク・ニードル】と言って、対象の地面から黒い棘が飛び出して相手を攻撃するという使いやすい魔法だった。
【水魔法】の方は【アクア・バレット】。【火魔法】の【フレイム・バレット】の水属性版で色と属性以外は全く同じだった。
特筆すべき点といえば、魔法書の付随スキルでなくとも魔法発動時のエフェクトは同じで、魔法書がパラパラと開き魔法陣が展開するところまで変わらなかったことだ。
やっぱり、このエフェクトはかっこいい。【杖】ではなく【本】にして正解だったと思う。
「そろそろ着くから、一応警戒しといて」
少し声を潜めたヒナタの声に頷いて、周りを確認してみると、正面右の方に森の中だというのに不自然な広場のようなものが見えた。明らかにボスが出てきそうな雰囲気の場所である。間違いなく目的地はあの広場だ。
「ヒナタ、あれだよね?」
「うん、準備してから行くよ。先にMPとか回復しておいて」
ヒナタに言われて、MPポーションを使用する。
もともと、HPは減っていなかったからこれで全快だ。初期アイテムとして持っていたポーションはHPとMPでそれぞれ十本ずつで、今残っているのはHPポーションが八本とMPポーションが四本。
ヒナタが言うには、ミラージュ・ラビットが相手ならこの数でなんとかなるとのこと。だけど念のため、と言うことでヒナタからMPポーションを三本もらって、HPポーションを三本ヒナタに渡した。
これで準備も終わった。
「行くよ! エレーナ!」
「うん! 行こう、ヒナタ!」
さぁ、ボス戦だ!
☆
広場に足を踏み入れた瞬間、周囲の木々に植物の蔓のようなものが広がり、まるで檻のように私たちの周りを囲んだ。
ボスからは逃げられない。というわけだ。
これは、予めヒナタに聞いていたことなので問題ない。
蔓の檻が完成してから少しして、頭上からわたしやヒナタの身長を越すほどの大きなウサギが飛び降りてきた。
大きな音と振動で地面を揺らしたウサギはゆっくりと起き上がり、まさかの二足歩行で動き出した。
「ええっ! それは聞いてないよ!」
ミラージュ・ラビットの戦闘方法や能力については聞いていたけど、二足歩行で動くとは思わなかった。
普通に四足歩行で戦った方が俊敏に動けるのでは……?
「来るよっ! 下がって!」
ヒナタの声にハッとして慌てて後方に下がる。緩みかけていた気を改めて引き締め、左手の魔法書を構える。
それと同時にヒナタが前に出て、ミラージュ・ラビットに向けて剣を振るう。
「せいっ!」
ヒナタの剣が命中したミラージュ・ラビットの身体に赤いダメージエフェクトが走る。ミラージュ・ラビットはヒナタに追撃をされないように、すぐに後方に跳び退り身体を捻るように右後ろ脚を構えた。
この動きはっ!
「【アクア・バレット】!」
ヒナタから聞いていた通りの動きに咄嗟に魔法を放つ。
すると、跳び蹴りを行おうと動き出していたミラージュ・ラビットの頭部にタイミングよく魔法が命中し、ミラージュ・ラビットが大きく仰け反った。
「ナイスタイミングッ! 【スラッシュ】!」
仰け反ったミラージュ・ラビットの腹部にすかさず飛び込んだヒナタが、スキルを使い青い軌跡を描きながら剣を一閃した。
「キュウウウウウウッ!!!!」
かなりのダメージを受けた様子のミラージュ・ラビットが堪らず叫び声を上げながらヒナタに突進するが、ヒナタはこれをギリギリのところで後ろに下がることで躱し──
「【ダーク・ニードル】!」
ヒナタがスキルを使うのと同じぐらいのタイミングで魔法を準備していたわたしが、ヒナタの隙を消すようにミラージュ・ラビットを牽制する。
ミラージュ・ラビットの出鼻を挫く意図で放った攻撃だったため、あまり深くは命中しなかったが、ミラージュ・ラビットの突進を防ぐことができたので上出来だ。
「【スラスト】!」
動きが止まったミラージュ・ラビットにヒナタが新しく習得した【剣】スキルで突きを放つ。
これがヒナタの立てた対ミラージュ・ラビット戦の作戦である。ヒナタが前衛でミラージュ・ラビットを引き付けながら、一番厄介な攻撃である突進攻撃をわたしが魔法で止め、その隙をついてヒナタが攻撃する。といった具合だ。
その後も同じような展開が続き、いつまでも無傷とはいかなかったヒナタが二本目のHPポーションを使い、私が三本目のMPポーションを使おうというときに、それは起きた。
突然ミラージュ・ラビットが叫び声を上げ、次の瞬間ミラージュ・ラビットの身体が霞み、二体に分身したのだ。
これも事前に聞いていた通りで、ミラージュ・ラビットの代名詞と言える能力だけど、冷静に対処する。
「【アクア・バレット】! 【ダーク・ニードル】! 【フレイム・バレット】! 【フレイム・バレット】! 【フレイム・バレット】!!」
同じ魔法を連射できる【本】スキルの特性を活かしたゴリ押しである。
ミラージュ・ラビットは分身後数秒間の間硬直するという弱点があり、その隙に魔法を撃てるだけ撃ってしまえ、といった作戦なのかもよくわからない脳筋戦法だ。
しかしながら、これが思ったよりも有効でMPが無くなるまで魔法を撃ち尽くしたわたしたちの前に残っていたのは、分身が消え一体に戻った上に体のあちこちから赤いダメージエフェクトを散らしている満身創痍のミラージュ・ラビットだった。
「うわー……これはちょっと可哀想に思えてきたかも」
「同情してないで早くトドメ刺してきてよ! MPもう無いよ!」
「はいはい……【スラスト】!」
作戦立てたのはヒナタなのに。
まるでわたしが悪いことをしたみたいなヒナタの態度に不満を感じながらも、MPポーションを使用し最後まで気を緩めず警戒を続ける。
しかし、警戒の甲斐もなく、ミラージュ・ラビットはヒナタの攻撃でHPが尽きたのか赤いポリゴンとなって消えていった。
ミラージュ・ラビットのいた場所には二つの腕輪と毛皮や爪などといったいくつかの素材だけが残っていた。
それを見て、わたしはやっと警戒を解いた。
「ふぅ……なんとか勝てたね」
「思ったよりも余裕だったかも! 楽しかったね!」
そういって安堵の息を漏らすわたしに笑いかけてくるヒナタ。
余裕だったかどうかはともかく、楽しかったのは同感だ。ヒナタの達成感に満ちた笑顔を見て自然と頬が緩む。
「腕輪は〈蜃気楼の腕輪〉と〈夢幻兎の腕輪〉だって」
「蜃気楼が敏捷補正で夢幻兎がMP補正か、じゃあエレーナはこっちだね!」
そう言ってヒナタは〈夢幻兎の腕輪〉を差し出してくる。ピンク色の材質不明な腕輪で、持ってみると結構軽くて、二本の耳を立てたウサギのマークが刻印してある可愛い腕輪だ。
「お揃いだね〜〜」
そう言いながら〈蜃気楼の腕輪〉を着けたヒナタが、腕輪を着けた左腕を差し出してわたしに見せてくれる。
〈蜃気楼の腕輪〉は基本的に〈夢幻兎の腕輪〉と同じデザインで、色だけが青色で異なっている。
それを確認した私は、〈夢幻兎の腕輪〉を右腕に着けて同じようにヒナタに差し出して見せる。
「うん、お揃い」
なんとなく、2人して小さく笑いあう。
☆
残りの素材も回収し、蔓の檻もいつの間にやら解除されていたのを確認して、しばらく休憩してからさあ帰ろう、というところで周りが一気に暗くなった。
突然のことに咄嗟に左手に魔法書を構えて辺りを見回す。
「エレーナ! 上だよ!」
ヒナタの慌てたような声に弾かれるように空を見上げると、極彩色の巨鳥が大きく翼を広げ、空からわたしたちを覗き込んでいた。
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