第3話 驚かしたよ
イベントエリアに転移して最初に目に入ったのは、中央広場よりも少なくなったとはいえそれでも多いプレイヤーだった。
ザワザワとした声がひっきりなしに耳に入りかなり賑やかだ。普段ならうるさいとかんじるような騒がしさだけど、イベントに対する期待感と高揚感に浮かされたわたしにとって、それほど気になるものでもなかった。
しかしそこで、ヒナタとクルネが近くにいないことに気づいた。
「ヒナタ、クルネ。いる?」
わたしはすぐに姿の見えないヒナタとクルネに向かって声をかけ、周囲をキョロキョロと見回してみる。
「こっちだよ! エレーナ!」
すると、そこそこの距離からヒナタの声が返ってきた。声のした方に視線を向けるとヒナタがぴょんぴょんと飛び跳ねながら大きく手を振っているのが目に入った。
「ヒナタ!」
わたしは急いで二人の元に駆け寄り、合流する。
ヒナタの隣にはクルネの姿も確認できて、三人ともちゃんと同じサーバーに振り分けられていることがわかりとりあえずホッと胸をなでおろした。
こういう人が多い場所では一度逸れてしまうとなかなか合流できなくなるので、無事に合流できて本当によかった。
「四千人って思ったより多いね」
合流したヒナタが周りのプレイヤーを見回しながら呟く。たしかに、八万人から四千人に減れば、かなり少なくなったように感じるけど、実際は四千人もかなりの人数なことに変わりはない。
「これは……神殿でしょうか?」
大勢のプレイヤーの次に目に入るのは、一際目立つエルセーヌの大神殿と似たデザインの大きな神殿のような建物。
クルネがそれを視界に収めて、同意を求めるように尋ねてきた。
改めて、その建物をつぶさに確認してみる。外観は全体的に色褪せていてボロボロで今にも崩れそうだ。エルセーヌの神殿と比べるとあまりにも朽ち果てていて物悲しい。
その正面、入り口に当たる部分には、わたしの背丈の数倍はありそうなとても大きな両開きの扉。この扉は巨大すぎて普通に開こうと思っても到底無理そうだ。
しかし、崩れてはいるけどたしかに神殿であるのは間違いないだろう。というのも、先ほどから視界の端に表示されているウインドウに神殿であると判断できるだけの材料が書いてあるのだ。
「『目が覚めると、あなたは世界の狭間の名も知れぬ孤島に倒れていた。途方にくれるあなたであったが、神はあなたに三つの託宣を下した。一つ、月が七度頂点を示し時、地獄の王が降臨し島を滅ぼす。一つ、地獄の王の降臨を防ぐには七つの神器を集め神殿に納める必要がある。一つ、神殿の扉を開くには、その遺跡のどこかに座す七体の守護者を倒さなければならない』」
これはイベントのストーリーにあたるもので、ここに書かれている神殿というのは十中八九この目の前の建物のこと。
そして、遺跡というのはこのイベントエリア全域のことだろう。
「なんかすごく壮大だね〜。地獄の王と神器と守護者かぁ」
ヒナタがウインドウをさらさらと眺めながら何とは無しといったように呟いた。たしかに一度きりのイベントの割にかなり設定が壮大に感じる。特に、地獄の王なんていかにも物騒だ。LEOのラスボスと言われても納得するかも。
「『あなたと共に迷い込んだ冒険者たちと協力し遺跡の謎を解き、神器と守護者を見つけ出し、地獄の王の降臨を防ぐのだ!』……ですか」
クルネがわたしに続く様に読み上げる。佐々木プロデューサーが言っていた通り、このイベントではプレイヤー同士の協力を推進している。
おそらく、一人一人が好き勝手に動いているだけでは、七つの神器と守護者を全て見つけ出すことはできない難易度なのだろう。
何にせよ、まずは他のプレイヤーと何とかして連携が取れるようにしなければならない。
しかし、周りのプレイヤーはみんな浮き足立っていてとてもではないが、協力しようという雰囲気ではない。そうこうしている間にも足早に探索に出かけていくプレイヤーもちらほら出始めている。
そもそも、四千人ものプレイヤーの意思を統一するのは並大抵なことではないし、それを成すにはたくさんのプレイヤーを指揮できるようなリーダーが必要だ。
しかし、わたしはそういうことができるタイプではないのでどうしようもない。【死霊術】の副産物で手に入った【指揮】スキルはあっても、本物の指揮能力はないのだ。
「二人とも、どうする? わたしは普通に探索に出るのもありだと思うけど」
このままここにずっといても意味がない。リーダーが現れない限り協力プレイは少し難しい。それなら、ひとまず探索に出てみるのもありだろう。初日なのだし、今の段階なら無理に協力ばかり気にする必要もなさそうだ。
わたしはそう判断して二人に提案した。
「そうですね。まずは各々自由に動いて、何か手がかりを見つけてから協力を呼びかけてみるというのが、良い様に思います」
クルネは私の案に賛成のようだ。
「それなら、掲示板はあたしが小まめに確認するよ。何か新しい情報が出てきたら書き込まれると思うし」
ウインドウを表示させながらそう答えるヒナタ。なんとなく気になったのでヒナタのウインドウを覗き込んでみたけど、ウインドウは表示している本人にしか見えないようになっているので意味はなかった。
「公式掲示板がイベント仕様になってて、サーバー内で情報交換しやすくなってるみたい。あたしたちのサーバーは四番だって」
ハイテクだね、とヒナタはわたしに説明してくれた。これはとても便利だ。掲示板で情報交換が可能なら協力プレイがかなりしやすくなる。
だけど、ハイテクとは違うと思う。
「それじゃあ、行こっか! 善は急げだよ!」
周りを見渡してみると、さっきまでと比べてだいぶプレイヤーの人数は少なくなっていた。みんなすでに探索に乗り出しているのだろう。あまり出遅れたくはない。
ヒナタの言葉に首肯して、わたしは最近のお気に入りであるアンデッドを召喚する。
「【死霊召喚:ザクロ】」
わたしのスキルにより大きな魔法陣が出現し、紫色のエフェクトと共に巨大な四足歩行の骨の竜が姿を現わす。
わたしのとっておきのアンデッド。【スケルトン・ドラゴン】のザクロだ。
【死霊術】の新スキルである【死霊再誕】。
このスキルは触媒を使用して、新たなアンデッドを作り出し名付けをして使役するというスキルで、先日手に入れた触媒アイテムである【スケルトン・ドラゴンの亡骸】を使用して新たに仲間にしたアンデッドがザクロだ。
【死霊再誕】で作り出したアンデッドにはゾンビやスケルトンとは違って意思があるようで、この子も骨骨とした見た目に似合わずしっかりと意思があって、犬のように擦り寄ってくることがありなかなか可愛い。
「エ、エレーナさん!? なんですかこれ!?」
わたしのザクロを見たクルネが慌てふためいて尋ねてくる。クルネにはザクロのことどころか、【死霊術】のことも話していない。驚かせたかったので、あえて秘密にしていたのだ。その甲斐あって、珍しく取り乱したクルネの様子に、わたしは心の中でガッツポーズをした。
普段、穏やかで落ち着いているクルネのこんな姿が見られたのは嬉しい。これだけ吃驚してくれると驚かしがいがあるというものだ。
見ればヒナタも堪えきれず、といった感じで口元に笑みを浮かべている。
周りのプレイヤーも唖然としていて、敵と勘違いしたのか剣を抜いているプレイヤーまでいる。わたしはその様子を眺めてますます気分が良くなった。人を驚かすのはなかなか楽しいかもしれない。
「この子はザクロ。わたしの友達だよ」
クルネの疑問に、答えになっているのかなっていないのか微妙な言葉を返し、わたしはザクロの背中に飛び乗り腰掛ける。そのすぐ後を追ってヒナタもわたしの隣に腰掛けた。
ザクロは乗りやすくなるように身体を低くしてくれるから簡単に登れる。賢い子だ。
「クルネも早く来なよ! ザクロに乗せてもらって移動するよ!」
ヒナタがそう言ってクルネに手を伸ばす。それを見たクルネはおそるおそる、といった感じでザクロの背中によじ登った。
「それじゃあヒナタ、クルネ、出発!」
「おーー!!」
「お、おー……」
ヒナタとクルネの対象的な返事に苦笑しつつ、ザクロの背中を撫でる。するとザクロは嬉しそうに骨をカラカラ鳴らし、歩き出した。
手始めに目指すは、適当に西の方角。ゴー!
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