エレーナ、1人でダンジョンに挑む 前編
「暗いなあ、足元に気を付けないと」
今日も今日とて、ヒナタに置いていかれてしまったわたしは一人寂しくソロでダンジョンに挑んでいた。
ここはエルセーヌの南の草原の地下にあるダンジョンで、壁に頭蓋骨が埋まっていたりそこら中に骨が転がっているカタコンベのようなダンジョンだ。
ところどころに松明のような小さな明かりがゆらゆらと揺れていて、真っ暗ではないけれど、それが返って不気味な雰囲気を助長させている。
ダンジョンの入り口には【旧エルセーヌ地下墓地】と立て札が立ててあって、見張りに大神殿の兵士が常駐している。名前から考えて昔の集団墓地が何らかの理由でダンジョン化したものだろう。
プレイヤーの出入りは基本的に自由なので、簡単に入れた。例によって運営さんが大神殿にこのダンジョンを解放するよう託宣したらしい。
職権乱用だ。……神権乱用かな?
とはいえ、この不気味な雰囲気ゆえにプレイヤーの人気はまったくなく、入ってから一時間経つけど、わたし以外のプレイヤーは一人も見かけない。
出てくる魔物はスケルトン、ゾンビの二種類でエルセーヌの周辺のマップだとそこそこの難易度だ。
スケルトンは普通に動きが速くて攻撃力も高いし、ゾンビは火属性攻撃が無いと簡単には倒せない耐久力がある。
更に一度に四、五体とかで出てくる。
それでも、わたしの【死霊術】の前では敵では無かった。
今召喚しているのは、スケルトン二体にゾンビ二体、そして最近新しく召喚できるようになったゴーストが二体の合計六体。
ゴーストは主に魔法攻撃を放つ魔物で、現状は火属性と闇属性が使える。それに加えて、ゴーストは実体がないため物理攻撃が効かないという特性を持った強力な魔物だ。
その見た目は、小さい子供が頭から白いカーテンを被って目と口の位置に穴を開けたような感じだ。その姿で空中をふよふよと浮遊していて結構可愛い。
スケルトンとゾンビもそれぞれこのダンジョンに出てくる個体よりも強いし、ハッキリ言って楽勝だ。アンデッドたちが勝手に遭遇した敵を倒してくれるので、わたしはさっきから歩いているだけになっている。指示すら出していない。
「あ、切れたかな……【運気上昇】」
唯一やっていることは定期的に自分に【占術】の【運気上昇】を途切れないようにかけることと、ドロップアイテムを拾うことだけ。
運営さんは【死霊術】の調整を失敗したのではないだろうか? でも、【死霊術】の希少性とかを考えればおかしくはないのかな?
逆に考えると、もし【死霊術】がなかったら一人でここに来ることはできなかったと思う。ヒナタと二人でもギリギリだったかもしれない。
やっぱり、戦いは数だよね。
「こっちの方かな?」
このダンジョンの内部は道幅はかなり広いけど、代わりに分かれ道や行き止まりが多くてなかなか探索するのが大変だ。歩いた道はウインドウに自動でマッピングされるので道に迷うことはないということだけが救いかな。
☆
「あれ、なんだろこれ」
しばらくそんな感じで探索を続けていると、壁に不自然な亀裂が走った場所を発見した。発見したと言ってもわたしが発見したのではなくて、スケルトンが何やらそこに引き寄せられるように注意を向けていたから見つけたのだ。
気になったわたしは近くまで寄り、その亀裂を確認する。本当に小さな亀裂で、たぶんスケルトンが反応を見せてくれなければわたしは気づくことができなかっただろう。
周囲の壁をコツコツと叩いてみると、亀裂がある付近の壁だけ返って来る音が違い、中に空洞が存在していることが何となくだけどわかる。
亀裂の中を覗いて見るが、暗くてよく見えない。何とか見えないかとよく目を凝らしてみるも、やはりぼんやりとしか見えず、何かがあるということはわかるけどそれ以上のことはわからない。
「……壊しちゃおうかな」
亀裂の入った壁は薄いようだし、おそらく破壊できるだろう。壁を勝手に破壊していいのだろうか、という疑問もあるけどおそらく大丈夫だと思う。
だって、これは間違いなく隠し部屋というやつだ。ダンジョンの定番だ。わくわくする冒険なのだ。
「【アクア・シュート】!」
わたしの魔法が勢いよく放たれて壁にぶつかる。すると、大きな音を立ててガラガラと壁が崩れ落ちた。わたしは【環境破壊】のスキルも持っているので、こういうことは得意なのだ。
できた穴から中を見てみると、大きな部屋になっていた。今までにも、探索している最中に部屋のような場所を何度か見つけているが、それらとは違って経年劣化でボロボロではあるけど豪華な装飾がされている。
そして、奥のほうに豪奢な台座とその上に鎮座している赤くて丸い謎の物体。きっとこの部屋はこの赤い物体を祀るための部屋なのだろう。
骨が辺りに散らばっていること以外は、明らかに他とは雰囲気が違う部屋だ。
絶対に何かがある。
「よし、行こう」
わたしはそう言って気合いを入れ直し、部屋の中に足を踏み入れる。
部屋の中に入ってしばらく奥に進んでいくと、背後でガラガラという音がする。慌てて振り返ると、わたしが破壊した壁がひとりでに修復されていくのが見えた。
「これって、絶対ボス戦だよね」
ミラージュ・ラビットの時と同じだ。ボスエリアに踏み込むと逃げられないように退路が絶たれてボスが現れる。
背中に冷たい汗が伝うのを感じた。わたしは今までボスと三回戦ったけど、その全てでヒナタと一緒だった。一人で戦うのはこれが初めてだ。かなり緊張する。
壁が完全に塞がって少しするとカタカタという音が辺りに響き、散らばっていた骨が部屋の中心に集まっていく。
それらが積み木のように組み合わさっていき、やがて一体の魔物の姿を作り出す。
「これは、予想外……」
その魔物は蜥蜴を巨大化させたような姿で、見上げるほどに大きく威圧感がある。ウインドウを確認してみると【スケルトン・ドラゴン】と表示された。
翼は無いしそもそも骨だけど、間違いなくこの魔物はアニメや漫画で最強クラスの敵として現れることが多いあのドラゴンだ。
「勝てるかな?」
わたしはそう呟いて、落ち着くために一度深呼吸をし、魔法書を左手に構え直す。
アンデッドたちはわたしの周りに集まって指示を待っている。
それを確認したわたしはもう一度だけ深く呼吸をして気を引き締め直す。
勝てるかどうかはわからないけど、やれるところまでやってみよう。それが冒険というものだ。
「倒して帰ればヒナタも驚くかな?」
その様子を想像して苦笑する。少しだけ緊張は解れた。
「よし、頑張ろう!」
ボス戦だ!
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