エレーナ、幽霊さんに弟子入りする。
とある日。
ヒナタがβテストの時の仲間と久しぶりに一緒に遊んでくる、と言ってどこかに行ってしまい、一人寂しく残されてしまったわたしはアルマたちに会いに【ノーラ魔法店】を訪れていた。
「エレーナちゃん、良かったらわたくしの弟子にならないかしら?」
「弟子? 【錬金術】ですか?」
アルマとお話ししていたらアデルリーナさんこと、リーナさんがふよふよと浮きながらわたしの近くにやってきて突然、開口一番にそう言った。
「そうよ、興味ない?」
正直、この話は即決で受けたいくらいだった。
サンドラさんとリーナさんが【錬金術】をしているところを何度か見ていて、その度やってみたいと思っていたのだ。
「やります!」
即答した。
☆
詳しい話を聞くと、アルマとリーナさんが二人でわたしに何かお礼ができないかと考えて話し合っていたところサンドラさんが、【錬金術】を教えてやればいいと助言をし、それは名案だと採用したそうだ。
「なんで、アルマは弟子にしなかったんですか?」
話を聞いていて気になったことを率直にリーナさんに尋ねてみた。
すると、リーナさんは困ったような表情で答えた。
「アルマには【錬金術】の適性がないのよ」
【錬金術】の適性がない? どういうことなのだろう。それならわたしにはあるのだろうか?
「それよりも! 早速、今からエレーナちゃんに【錬金術】を教えようと思うわ。準備は大丈夫かしら?」
リーナさんのその言葉にわたしの思考は遮られた。
気になりはするけど、別に無理に聞き出したいことでもないのでまあいいか、と出てきた疑問に蓋をした。
そんなことよりも、早く【錬金術】を教えてもらいたいという意識が先行したのだ。
「はい、大丈夫です。教えてください、師匠!」
「……師匠……。わたくしは厳しいわよ。着いてこれるかしら?」
わたしがそう言うと、リーナさんは「師匠」の部分に反応し、口元をむにむにと動かしながら腰に手をあてて威厳がありそうな声音で答えた。
「師匠」と呼ばれるのが嬉しいのだろうか? 緩む表情を無理矢理抑えて師匠っぽさを出そうとしている姿が何とも微笑ましい。
これで実年齢四十以上だと聞いたときは耳を疑った。【錬金術】で肉体の老化を二十代半ばで完全に止めていたらしい。
今のリーナさんは幽霊になっているから、もう肉体の年齢とかは関係ないと思うけどね。
「それじゃあ、まずは釜を用意するのよ」
そう言ってリーナさんは、ふよふよとお店の奥の方にある大きな釜の方に飛んでいく。わたしもその後を追う。
わたしが中に寝転がってもまだ余裕がありそうなほどに大きな釜だ。これが、【錬金術】で使う道具の中で一番オーソドックスなモノらしい。
「釜を用意したら、魔力を注ぐの」
リーナさんの手からキラキラした光が溢れ釜の中に集まる。すると、釜の底からキラキラした虹色の液体が湧きだした。
「今回はお手本として、一番簡単なモノを作るわ」
リーナさんは、【念動力】のスキルでふよふよと薬草と水と小瓶を浮かせて釜の前に並べる。
霊体となったことで物体に触れなくなったリーナさんは、日常での生活で必要なものなどを持つときはこうして【念動力】を使って何とかしている。
「素材を釜の中に入れて、杖でかき回すのよ」
リーナさんはそのまま釜の中に薬草と水と小瓶を入れ、壁に立てかけてあった杖を浮かせてかき混ぜ始めた。
「かき混ぜるときの、力加減と魔力加減が【錬金術】の調合で一番大事なの」
魔力加減とは……? わたしは疑問に思いながらも一先ず置いておいて、釜の中をジッと覗いてみる。
最初は虹色だった液体が混ざって、だんだんと緑色に変化していく。色が完全に変化してもリーナさんはそのままかき混ぜ続け、やがて釜の中はボコボコと泡を立てて沸騰していく。
「沸騰してきたら蓋を閉めるわ」
今度は杖と同じく壁に立てかけてあった釜の蓋を浮かせて釜に被せる。
「このまましばらく待つわ。2分くらいかしら」
それからリーナさんの言った通りに2分くらい経つと、ボンッという音が釜から聞こえる。
「できたわ!」
それを聞いたリーナさんはすぐに釜の蓋を開けた。
わたしはおそるおそる釜を覗いてみる。中には緑色の液体で満たされた小瓶がポツンと釜の中心に転がっていた。
お店で売ってる見覚えのあるHPポーションだ。
「おーー!」
パチパチと手を鳴らして歓声をあげると、リーナさんはフフンと胸を張り得意げに笑う。
「ざっとこんなものかしら!」
「さすがです! 師匠!」
その様子が可愛らしくて煽ててみると、リーナさんはますます鼻高々と言った感じでドヤ顔をキメる。このまま煽て続けるとその内高笑いでも始めそうだ。
「お母さん……」
近くでわたしたちのことを見ていたアルマがポツリと呟く。その表情はどこか残念なモノを見るような微妙な表情だった。
「コホン。ま、まあ、とりあえずエレーナちゃんもやってみるといいわ!」
アルマのその表情に気づいたリーナさんはワザとらしく咳をして、強引に話題をもとに戻す。
「でも、わたしはまだ【錬金術】のスキルを持ってませんよ?」
【錬金術】スキルがない現状、釜の中に魔力を注ぎ虹色の液体を満たすことができる気がしないし、リーナさんが言っていた魔力加減というのもよくわからない。
「大丈夫よ。【錬金術】スキルが習得できるまで魔力水はわたくしが用意するし、わからないことがあったら何でも教えるわ。やってみれば何となく勝手がわかってくるものよ」
リーナさんはそう言って釜の中に虹色の液体──魔力水を満たしていく。更にその中に先ほどと同じ三つの素材を投入し、杖をふよふよと浮かせてわたしに差し出してくれる。
「さぁ、何事もやってみることが一番大事よ!」
わたしはその言葉に頷き、杖を受け取りぐるぐると釜をかき混ぜ始める。
身体から何かが杖に集まっていく感覚を微妙に感じる。多分、これが魔力だ。
でも、魔力加減とかはわからないのでそのまま垂れ流している状態となっている。リーナさんは最初はそれでも問題ないと言ってくれたので、そのまま続ける。
力加減についてはリーナさんが「ゆっくり」とか「そこは速め」とか「ここで思いっきり」みたいな感じでアバウトではあるけれど、しっかりとアドバイスをくれるので何とかなってる。
やがて虹色が緑色に変わっていき、完全に緑色に変化して更に沸騰を始めた。
「そこで蓋を閉めるのよ!」
「はい!」
リーナさんの指示に従ってすぐに蓋を閉め、杖を置いて、ふーっと息を吐く。集中していたので結構疲れた。
「初めてにしてはかなり良かったわ! 将来有望ね!」
そう言ってたくさん褒めてくれるリーナさん。嬉しいけど少し恥ずかしい。ストレートな賞賛に頬が緩み口元がむにむにとしてくる。
リーナさんは褒めて伸ばすタイプの人みたい。サンドラさんに【錬金術】を学んでいたときはとても厳しくされて大変だったから、わたしには優しく教えていく方針とのこと。
さっきは「わたくしは厳しいわよ」なんて言ってたのに……やっぱりかわいらしい人だ。
怒られるのが苦手なわたしにとってはリーナさんが師匠で良かった。
そんなことをリーナさんと話しているとボンッという音が聞こえた。調合が完了した音だ。
わたしは待ち切れず、すぐに蓋を外して中を覗き込んだ。
釜の中にはリーナさんが作ったものと同じく、緑色をしたHPポーションが転がっている。
「やった! できた!」
「よくやったわ! さすがわたくしの弟子ね!」
それをすぐに取り出してみる。さっきリーナさんが作ったHPポーションと比べると少し濁っていて苦そうな見た目だけど、わたしが生まれて初めて【錬金術】で作ったアイテムだ。
達成感と満足感で小躍りしてしまいそうな気分だ。
このポーションは思い出の品としてずっと残しておこうかな?
そんなことを考えているとアルマから声がかかる。
「お母さん、お姉ちゃん、クッキーを焼いたんだけど一緒に食べよ」
どうやら、わたしたちが【錬金術】にかまけている間にクッキーを作っていたらしい。少し没頭しすぎていたかもしれない。アルマの表情は少し寂しそうだ。
わたしとリーナさんは顔を見合わせ苦笑した。
「エレーナちゃん! アルマのお菓子休憩よ!」
その言葉にアルマの表情がぱあっと明るくなる。
「それなら、お茶が必要ですね」
そう言ってわたしはインベントリからリキリアの幹部さんにもらった魔法のティーポットと、最近クルネに作ってもらった綺麗なティーカップを取り出して紅茶を注いだ。
そうして三人で和やかなお茶会をして、その日は空が橙色に染まるまでお喋りして過ごした。
ちなみに、リーナさんはなぜか普通に飲食ができていた。なんでだろ?
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