第10話 わたしたちが助けるよ!
サンドラさんの話は【ノーラ魔法店】で住み込みで働いていた従業員の女の子が、昨日から帰ってきていない。という内容だった。
それでサンドラさんは、昨夜から聞き込みをしたり実際に件の女の子がいそうな場所に探しに行ったりしていたが、とうとう見つかることはなくすでに帰ってきているという一縷の望みをかけ、お店に戻ってきた。
そのタイミングでわたしたちがちょうどお店に来ていて、今に至るというわけだ。
「嬢ちゃんたちはどこかで見ていないか? 珍しい白い髪に赤い瞳の娘でこのくらいの背なのじゃが……」
そう言ってサンドラさんは手で示す。だいたい一三〇cmぐらいの背で、白髪に赤目……心当たりがある。
それにさっき、サンドラさんが口走っていたアルマという名前。わたしはその少女と昨日間違いなく出会っている。中央広場でヒナタを待つ間探索に出てみようと歩き出したときに、ぶつかったあの子だ。
しかし、もしかしたら違うかもしれないので念のためにサンドラさんに確認する。
「サンドラさん、その子の名前はもしかしてアルマですか?」
「知っておるのかっ!?」
サンドラさんは驚いた表情でわたしに視線を向けてくる。
やっぱり、間違っていなかったようだ。昨日の二時ごろ、中央広場で出会ったあの少女のことだ。
LEOで初めてNPCと会話したのはアルマが初めてでそのAIの完成度に驚いた、その上母親と間違えられたのだ。あんな鮮烈な出会いを忘れるわけがない。
「サンドラさん、アルマなら昨日わたしたちがこのお店に来る前に中央広場で少し話をしました」
それからわたしは、アルマに関して知っていることを話す。中央広場で出会ったこと。その時間。母親と間違えられたこと。アルマの母親とわたしの髪と瞳の色が同じらしいこと。工業区に向かって行ったこと。
その他にもわたしがアルマに感じたことも話した。工業区に行くことを急いでいた様子だったこと。母親の話をするときに落ち込んだような表情をしていたこと。
他にもわかることはすべて話した。とはいえ、たった十分間しか会話していなかったため、あまり情報は多くない。それでもサンドラさんは何か心当たりがある様子だった。
「工業区か……リキリアの連中の仕業か? しかし……だとすると……」
すぐにサンドラさんは一人で考え込み始めてしまい、わたしはどうすればいいのかわからなくなった。見ると、ヒナタも困った表情で所在無さげにしている。
そのまま、しばらく経ってからやがて痺れを切らしたのかヒナタがサンドラさんに話しかけた。
「おばあちゃん! 何かわかったならあたしたちにも教えてよ!」
「あ、あぁすまん、ちゃんと話すから少し待っておれ。考えをまとめねばならん」
それからサンドラさんは少しずつ話始めた。
まず、アルマの母親は少し前に亡くなっていてそれ以降アルマに元気が無く塞ぎ込んでいる状態が続いていた。しかし、昨日はどこか元気な様子であり、サンドラさんはアルマが母親の死を乗り越えたのだと思っていた。
ところがそれは間違いであり、別の要因があって元気な姿を見せるようになっていた可能性がある。
その可能性の一つが、工業区に根城を構える秘密組織リキリアだと言う。リキリアは非合法な所業を行っているような犯罪組織ではなく、神の支配から離脱し新たな世界を築くというスローガンを掲げた新興宗教のような組織らしい。
取り締まろうにも犯罪は行っておらず、また信者もかなりの数がいるため大々的にどうこうすることはできず、現在のエルセーヌの政府からしたら目の上のタンコブのような存在なのだとか。
しかも、なぜか神(運営)はそんなリキリアを、ある程度は野放しにするように神託を授けたらしい。
そんな神様だから、リキリアみたいな組織ができたのでは……?
話は戻るが、そんなリキリアには昔からとある秘宝が受け継がれているらしい。
それは【死霊術】のスキルスクロール。
【死霊術】の死を操る力により、魂は肉体のくびきから解き放たれ、永遠の存在となる。これは、神の摂理、神の支配からも脱した完全なる状態であり、きたる日に真なる王が現れるまで【死霊術】のスキルスクロールを守り続けなければならない。
そして、真なる王が現れたときにその王の元に集い、神からの離脱を行い新たな世界で安寧を目指す。
そんな話がリキリアの一部の幹部にのみ知らされているらしい。
要するに組織全体で心中してみんな幽霊になれば幸せになれる。みたいなとんでもない話である。
ちなみに、なんでサンドラさんが知っているのかと聞いたところ、昔取った杵柄とのこと。どんな杵柄だ。
「それで、どうしてそのリキリアとかいう組織がアルマちゃんに繋がるの?」
ヒナタの疑問はもっともだ。でもわたしは、今の話から1つの考えにたどり着いた。
「アルマは【死霊術】のスキルスクロールを手に入れようとした、という訳ですね。……お母さんを生き返らせるために」
「そうじゃ、あり得ん話では無い。問題はリキリアの根幹に関わる【死霊術】の存在を誰がアルマに吹き込み、唆したのかじゃな」
つまり、アルマが元気な姿を見せるようになったのは、母親を生き返らせることができるかもしれない手がかりを得たからだということだ。
そしてアルマはその手がかりを頼りに、リキリアの本拠地に【死霊術】のスキルスクロールを求めて乗り込み、その結果捕らえられてしまい昨日の夜帰ってくることができなかった。
そういう話になる。しかし、この場合問題となるのが誰が【死霊術】のことをアルマに話したのか。という点だ。
もちろん、サンドラさんではない。考えられるとしたらリキリアの内部の人間が一番だが、わざわざアルマを唆す理由がわからない。
仮にアルマがリキリアにとっての真なる王の素質を持っていて何としても囲い込みたかった。と仮定しても、唆して誘い込むことができるのなら最初から攫ってしまった方が手っ取り早いことだろう。
他に考えられることは、サンドラさんと同じようにリキリアの内部に詳しい第三者がアルマを利用して【死霊術】を奪い取ろうとしたという話だ。
しかし、この場合もやはりわざわざアルマを利用せずとも自ら動いて奪えばいいのでは? という考えに至ってしまう。
結局のところ、詳しいことはわからない。わかっているのはアルマが【死霊術】の情報を得てリキリアの本拠地に向かった可能性が高いということだけであるが、これだけでもわかっていればそれで十分だ。
「よし! リキリアのアジトにアルマちゃんを助けに行こう!」
ヒナタが難しい話はもういっぱいだ! と言わんばかりに拳を掲げて立ち上がり、直接的な解決方法に乗り出そうと意気込む。
わたしもこれには賛成だ。動かないことには始まらない。細かいことは助けてから考えるのだ。
こういうときは、どこまでもポジティブなヒナタが本当に頼もしく思える。
「しかし……よいのか? 簡単なことではないぞ?」
サンドラさんはそう言うが、きっとわたしたちが行かなかったならサンドラさんは1人でもアルマを助けに行くだろう。
サンドラさんとの付き合いはまだ短いけど、アルマのことを本当に大事に思っているということは痛いほど伝わっている。
「大丈夫です。わたしたちがアルマを助けます」
だからわたしは、サンドラさんを安心させるようにあえて断言する。
それにこれは、NPCであるサンドラさんよりもプレイヤーであるわたしたちがやるべきことだ。βテストではプレイヤーと違って一度亡くなったNPCが復活することはなかったという。
当然と言えば当然な話だけど、死んでも死なないというのは何ものにも勝るアドバンテージだ。プレイヤーの特権だ。
こう言ってしまうと、緊張感に欠けると思われるかもしれないが、わたしたちプレイヤーにとってはこれもまた一つの冒険だ。
アルマの命がかかっているかもしれない現状、楽観することはできないが、過剰に悲観する必要はない。助けられるまで何回でも挑めばいい。
昔は、死ななきゃ安い。なんて言葉があったらしいけど、わたしたちはゲームの中で何度倒されても復活するのだから、つまりはもっと安い! ということになるはずだ。多分。
「やろう! エレーナ!」
「うん!」
こうして、わたしたちによるアルマ奪還作戦が開始されるのだった。
わたしたちが絶対助けるよ! 待っててアルマ!
お読みいただきありがとうございます!
ブクマなどもありがとうございます!