蛍のあやかし物語
いつか書きたいと思っていた、和風あやかし×旅人の話です。 ※短編なので短いです 2019.10.22
その世界は何もかもが清められ、蓮の花が見事に咲き誇っていた。生者が最期に行き着く極楽浄土である。
極楽浄土の舞台袖で銀髪の少年がたたずんでいる。何やら式典を行うらしく、今回限りの狩り衣と袴は美しい顔を際立たせた。少年のまぶたは静かに閉じられ、白いまつ毛は絹のようだった。
「蛍様、儀式のご準備ができました。お父様に変わり、極楽浄土は蛍様が治めるのです」
「――――」
蛍と呼ばれた少年は目を開き、蛍のごとき柳色の瞳を開いた。きっと肯定しているのだろう。
「ささ、皆に宣言するのです。あなたが醜い妖怪ではなく、父親である天様の息子……神子として生まれたことを」
「そんなことは分かっている。同じ事を何度も言わせるな」
「……申し訳ございません」
お付きの従者が頭を下げて跪く。蛍は鼻を鳴らし、生者たちが待つ舞台へと足を進める。
はずだった。
一歩進んだはずなのに、蛍の視界が黒く塗りつぶされる。そこでようやく、蛍が自分のしてきたことに気づいた。
これは夢だ、何度も繰り返し見てきた夢だ。父親に会えず、地獄に落ちる悪夢。何十と何百と見てきたはずなのに、なぜ今さら希望を抱いたんだろう。
「あ、あぁ……。父さん、違うんです! 僕は……僕は!」
先程の威厳さもどこかへ行き、蛍は素性をあらわにした。じわじわと鬼の血が流れ始め、人の姿から鬼にもなりきれない者へと変わっていく。
自分は父親の隣すら立てない、人にも妖怪にもなれないモノだ。いつまでも中途半端でどちらの道も選べない、そんなモノ。
「あ――」
蛍の目の前に蜘蛛の糸が垂れ、つかんでほしいと言わんばかりに糸が揺れた。結果は分かっていても、蛍は一筋の糸にすがる。
――ただ妖怪と話せるだけなのに。少しだけ人と違うだけなのに。どうして人は恐れ殺して、奈落の底へ突き落とすのだろう。
「お前ら人間の方がよっぽど」
最後に蛍は糸をつかみ、墜ちていった。
*
「……旦那。おい! 蛍の旦那! いつまでボーッと突っ立ってるんだよ!」
目が覚める。服装も堅苦しい装束から黒いコートにズボン。そして首にはマフラーを巻いていた。いつものコーディネートだ。
涼しいくらいの秋晴れで人々はお祭り騒ぎだが、目の前にいる黒髪で黄色い瞳の青年が蛍を叱った。
「う、カラカサ……。すみません、うたた寝していたみたいです」
カラカサと言われた青年は名前の通り、唐傘お化けの九十九神だ。荒っぽいがお人好しな性格で、今の時代にそぐわない大正レトロな服に身を包んでいる。
「みたいです、じゃねぇよ! 京の都ってんのに寝るか普通!?」
「寝る馬鹿がここにいるんですよ。あと、少しは静かにしてください」
「原因はお前のせいだよ馬鹿野郎! 何回でも言ってやらぁ!」
喧嘩している二人だが、それを気に止める人はほとんどいなかった。何せ今日は一生にあるかないかの祝い事の日らしい。
「そういえば、今日はずいぶんと活気づいてますね。何かあるんですか?」
「大変めでたい宣言があるんだとよ。皆祝い事だからって朝から騒いでるんだ」
「それはおめでたい。今日はご馳走を食べましょう、カラカサ」
「……オレら旅人がご馳走なんてもん食べていいのか?」
「このご時世、いいんじゃないでしょうか。僕も時代が変わる瞬間を見たのは初めてですし」
笑顔で答える蛍を見て、何かを察したカラカサは気転を利かせて明るい口調ではやし立てた。
「そうだな、パーっと寿司でも食おうぜ! 回らないやつな!」
「はい。お金も持ってきてるので、好きなものをたらふく食べましょうね」
そう言って、二人は京の都を歩いていく。
この物語は蛍とカラカサ。そして様々な人間や妖怪と出会って巡り会う、旅物語である。