八 ラトーン学院へ
六月。王宮にて叙位式が行われた。マルヴィナは正式に王女の称号と、レオニス女公の叙位証を国王クレメントから賜った。
レオニス公とは、シーラムの第一王位継承者に与えられる儀礼称号である。今後クレメントに男子が誕生する可能性が皆無ではない現状でも、マルヴィナが名乗ることが許されている称号だ。これからマルヴィナは「レオニス女公殿下」もしくは「王女殿下」と呼ばれることになる。
厳密には、マルヴィナの立場を推定相続人と呼ぶそうだが、法律用語のため、こちらの呼称はめったに使われないらしい。
マルヴィナがレオニス女公となることに、反対する者たちもいた。クレメントの再婚と、それによる嗣子誕生を渇望する勢力である。
しかし、この勢力は、ユリーズが押さえ込むことに成功した。宮廷におけるユリーズの権勢たるや絶大なものがあるらしく、彼を敵に回さなくて良かったと、心からマルヴィナは思った。
とにもかくにも、自分の立場がはっきりして、マルヴィナは久し振りに気持ちが落ち着いた。
とはいえ、自分が王族だという実感は、まだ薄い。一応、王宮で生活するようにはなったのだが、早くも故郷が懐かしくなってしまっている。
一方、領地にいる家族に会えないというのに、ラティーシャは何やらはりきっている。マルヴィナが理由を尋ねたら、「やっと、お嬢さまが、ご自身にふさわしいお立場になられたのですもの、当然です」と胸を張って答えていた。
そんなおり、ユリーズがマルヴィナを訪ねてきた。
「既に叔父君からお聞きかもしれませぬが」
そう前置きして、ユリーズは話し始めた。花が咲き乱れる王宮の庭園でのことである。この中庭には様々な植物が植えられており、マルヴィナの知的好奇心をくすぐるのだ。
「殿下には、代々のレオニス公の学ぶラトーン学院に入学していただきます。中途入学とはいえ、入学試験を受けていただくことになりますので、しっかりお勉強なさって下さい。試験内容はプルクーラ語と、古代ネロッサ語が主となります。ご不安でしたら、家庭教師をおつけ致しますので、お申しつけを」
ユリーズの台詞は、ちょっと厳しめの執事の発言のようなのに、表情が氷のように冷たくて怖すぎる。辺りを飛び回って遊んでいたリオも、いつの間にかマルヴィナの足元で、ユリーズに向けてうなり声を上げている。
(リオ、この人は敵じゃないのよ。……一応)
リオをなだめながら抱き上げ、マルヴィナは返答する。
「お気遣い、ありがとうございます。あの、できれば、レギュラス領で教えてもらっていた家庭教師を呼びたいのですけれど……」
「では、そのように取り計らいます。ラトーンに関して、何かご質問は? 在学していたのはだいぶ前になりますが、わたしも卒業生なので、ある程度の質問には答えられるかと」
せっかくなので、マルヴィナは質問のついでに頼んでみることにした。
「侍女を一人、連れていくのは可能でしょうか? それと、できれば、この子も連れていきたいのですけれど……」
マルヴィナがリオを見下ろしながら伝えると、ユリーズは彼を睨む小動物を注視した。
「どうしてもですか?」
「はい。連れていきたいと言った侍女と、わたし以外の者が餌を与えても、この子は絶対に食べないのです」
ユリーズは、少し考え込む様子を見せたあとで言った。
「その侍女とカゼヨミイヌだけを領地に戻すという手もありますが――次期女王が侍女を一人も連れていかないのというのでは、箔がつきませぬし、あなたが生活なさるのは個室ですから、特に問題はないでしょう」
つまり、黙認してくれるということだろうか。
「ありがとうございます!」
マルヴィナが笑顔で礼を言うと、ユリーズはわずかに視線をそらした。
「他にご質問は?」
「ええと……そうですね。どうして、代々のレオニス公は、ラトーンに入学しなければならないのですか?」
「帝王学という言葉をご存知ですか?」
逆に質問されてしまい、マルヴィナは小首を傾げた。
「確か……王位や帝位に即く方が、地位にふさわしい見識を身に着けるための修養のことですよね」
「さようです。ラトーンには、目上の者への態度、目下の者への振る舞い方、戦地に赴いた時に集団生活でどうすれば良いか、また、戦場での指揮の執り方――その全てがあるのです。さらに、幼少時より貴族の子弟たちと触れ合うことで、彼らとの結びつきを強め、宮廷での立ち回り方を学ぶこともできるというわけです。つまり――」
「つまり、帝王学を身をもって体験できるのが、ラトーンであると?」
マルヴィナは思わず先回りして答えてしまった。そのあとで、自分の言動にはっとする。言葉を遮ってしまい、ユリーズの機嫌を損ねてしまったのではないかと、びくびくしていると、宰相は淡々と論評した。
「その通りです。察しがよろしくて結構。他には、何か?」
「あの、周りが男性ばかりというのは、初めてのことなので、少々不安が……」
「そういうことでしたら、わたしめの息子たちがラトーンに在籍しておりますので、何かとお力添えを致すよう、手紙で申しつけておきましょう。校長にも、そのように申し送りを致しておきます」
(え? 息子? 嘘!? 奥方いるんだ!)
ドゥーガルドに対しては、わりと普通の態度だったし、まさか、妻子にも無表情で接しているのではないと思うけれど、この宰相は本当に謎が多い。それにしても、息子たちと言うからには、ユリーズの子息が複数、ラトーンにいることになる。
(上手くやっていけるのかしら……)
息子たちも、父親と同じような性格だったらどうしよう。内心でおののくマルヴィナに、ユリーズは思い出したようにつけ加える。
「在籍しているといえば、現在、ラトーンにはマレ王国の第二王子が留学しております。殿下のご態度いかんでは、国際問題に発展しかねませんので、ご関係にはくれぐれもお気をつけを」
マレ王国とは、シーラムの南方に位置する隣国で、先々代の国王の第二王女が嫁いだ国だと聞いている。
(宰相のご子息たちの次は、隣国の王子ですか……)
関係に気をつけなければならない人ばかりで、まだ入学試験すら受けていないのに、気勢がそがれてしまいそうだ。
マルヴィナは誰にも分らないように、小さなため息をついた。
*
七月。マルヴィナは無事、入学試験に合格した。
そして、九月。先月に十五歳の誕生日を迎えたマルヴィナは、いよいよラトーン学院の位置する街に旅立つことになった。
ちなみに、誕生日当日には、クレメントがドゥーガルドを招いて夕食会を開いてくれた。家族が増えたようで、マルヴィナは嬉しい。
馬車に乗り込む前に、マルヴィナはクレメントとユリーズにしばしの別れを告げた。彼らとは、冬休みに帰省するまで会えない。ドゥーガルドはラトーンまで、保護者として同伴することになっている。
クレメントは、ほほえんだ。
「マルヴィナ、予にもシーダーによこすような手紙をくれないだろうか」
「はい、かしこまりました、陛下」
「陛下ではなく、予のことも『伯父さま』と呼んでくれて構わないのだぞ?」
にこやかなクレメントの請願を受け、マルヴィナが返答に困っていると、ドゥーガルドが顔を引きつらせた。
「陛下、マルヴィナは、あくまでわたしの姪ですので」
「何だ、シーダー。マルヴィナにとって、予は従兄伯父なのだから、『伯父さま』でも構わぬではないか」
「確かに間違いではないですが、そういう問題では――」
「見苦しいぞ、シーダー。それに、陛下もでございます」
ユリーズにたしなめられ、二人は急に大人しくなった。渦中にいたマルヴィナはほっとした。気を取り直して、二人に告げる。
「それでは、いって参ります」
クレメントとユリーズは頷くと、それぞれ言葉をかけてくれた。
「風邪など引かぬようにな」
「いってらっしゃいませ」
クレメントたちに向けて、「はい!」と返事をすると、マルヴィナはうしろに控えていたラティーシャを伴って、ドゥーガルドとともに馬車へと歩き出した。肩に乗せているリオを撫でると、心地良い風が吹いた。
(これから会うことになるのは、どんな人たちなのかしら)
不安と、それと同じくらいの期待を胸に抱きながら、マルヴィナは王室の紋章が描かれた馬車に乗り込んだ。
次から第二章です。




