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未来の女王陛下、初恋の君と再会する  作者: 畑中希月
第一章 王宮へのいざない

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七 答え

 三日後。マルヴィナは昨日までと同じように、王宮のふかふかのベッドの上で目を覚ました。

 眠たい目をこすりながら身を起こす。隣で寝ていたリオが、長い尻尾を振りながら、身をすり寄せてきた。リオの身体を撫でながら、マルヴィナは今までのことを思い起こす。


 三日の間、マルヴィナは様子を見にきてくれるドゥーガルドに追加の質問をし、考えを固めていった。その上で、王位継承者になるかならないかを、ずっと考え続け、ようやく答えを出したのだった。


 正直、もう悩んでいないと言えば嘘になる。それに怖い。本当にこの選択が正しいのかどうか、ずっと自問自答してきた。


 だが、三日前に比べれば、よほど頭はすっきりしていた。

 マルヴィナはベルを鳴らしてラティーシャを呼び、身支度を手伝ってもらった。そのあとで、女官を通して国王クレメントへの謁見を申し出る。許可はすぐに下り、マルヴィナは朝食後にクレメントと謁見することになった。


 マルヴィナが通されたのは、昨日と同じ応接室だった。一度入室したことのある部屋を指定されたことで、マルヴィナの緊張は幾分か和らいだ。クレメントの細やかな気遣いがありがたい。


 クレメントはマルヴィナに自身の望む選択肢を押しつけるようなことは一切なく、ただ答えを待ってくれているようだった。

 宰相ユリーズも、あれから何も言ってくることはなかったが、彼の場合、何を考えて説得をやめたのかは謎である。


 今回は室内で先に待っていたクレメントは、ユリーズとドゥーガルドを同席させていた。

 紅茶を持ってきた女官が立ち去ると、クレメントが口火を切った。


「答えは出ただろうか」


「はい、陛下」


 マルヴィナが答えると、クレメントは息をついたようだった。


「……そうか。前もって言っておくが、そなたがどのような答えを出そうとも、予はそなたを王族に復帰させるつもりだ」


「もったいないお言葉にございます」


 マルヴィナはクレメントの配慮に、心から礼を述べた。その上で小さく深呼吸する。


「ですが、ご心配していただくには及びません。わたくしは、王位継承者になるというお話をお受けするつもりでございますから」


 ちらり、とドゥーガルドのほうを見る。予想通り、叔父は唖然とした顔をしている。


「そうか、受けてくれるか……!」


 クレメントは顔を輝かせた。さっそく、斜め向かいのソファーに座るユリーズに指示を出す。


「アスフォデル、マルヴィナの王族への復帰、並びにレオニス公の称号授与の手配を」


「かしこまりました。しかし、ひとつよろしいですかな、レギュラス女伯」


「はい、何でございましょう」


「あなたはなぜ、王位継承者になることをお決めになられたのですか?」


「そうだ、それを聞かなければ納得できない」


 そう畳みかけたのはドゥーガルドだ。

 苦笑しつつ、マルヴィナは顎に手を当てた。


「まず、最も心を動かされたのは、やはり宰相閣下のお言葉です。わたくしが王位を継がなければ、ヴィエネンシス国王が次のシーラム国王となり、我が国を併呑へいどんしてしまうだろう、という」


 ドゥーガルドがユリーズを睨んだが、マルヴィナは内心で、困ったものだわ、と思いながらも言葉を続ける。


「連合制を取るというのならまだしも、我が国が一方的に併呑されてしまうというのは、納得できません。叔父の力を借りているとはいえ、わたくしも自分の領地を治めておりますし、ほんの一部ではございますが、領民の顔も知っております。その領民が、ヴィエネンシスの好きなようにされるのは、到底、許されないことです」


 叔父の方針で、マルヴィナはレギュラス領の一部を、自分で管理している。その一環と個人的な趣味により、領地をお忍びで視察したことも、一度や二度ではない。

 貴族の友達のいない自分と遊んでくれた領地の子どもたちの顔を、マルヴィナは思い浮かべた。


「ですから、わたくしは一人の領主として、この国の未来のために何ができるかを考えました。その結論が、この選択でございます」


 掌がじっとりと汗ばんでいる。ドゥーガルドとユリーズは納得してくれただろうか。


 マルヴィナが王位継承者になろうと決断した理由は、実はこれだけではない。マルヴィナは仮定の冗談として、ラティーシャに相談を持ちかけたのだ。

 ラティーシャは、ドゥーガルドよりも長い時間をマルヴィナと過ごしてきた。そんな彼女の意見を、どんな形でも良いから聞いておきたかったのである。


 ――ねえ、ラティーシャ。もし、わたしが王位を継ぐことになったとしたら、どう思う?


 ラティーシャは、まばたきをしたあとで、こう言った。


 ――すばらしいことだと思います。是非、お嬢さまがこの国を治められるお姿を見てみたいと、心から思います。


 ――そ、そうかしら。わたしに女王の器量があるとは思えないけれど。


 ――いいえ、そんなことはございません。お嬢さまはレギュラスの領地を、ご立派に治めていらっしゃるではございませんか。街や村の人たちを見れば、お嬢さまの政が正しいことくらい、すぐに分かります。大人も子どもも、みな、生き生きとしておりますもの。


 ――本当に?


――はい、本当です。それに、お嬢さまはまだお若いのです。今はまだ足りないところがおありでも、良い女王になれるよう、今から地道に努力なさればよろしいではありませんか。


 冗談に対する回答としては真面目すぎるラティーシャの力説に、マルヴィナはびっくりすると同時に、心強さを感じた。身近な人が自分のささやかな実績を評価してくれている。そのことが素直に嬉しかった。


 そして、その言葉はマルヴィナの背中を確かに押してくれたのだ。


「さようでございますか。あなたのお考えはよく分かりました」


 頷いたあとで、ユリーズはちらりとドゥーガルドを見やる。


「シーダー、お前の姪御はずいぶんしっかりされているな、本当にお前が育てたのか?」


「黙れ、お前が余計なことを吹き込んだからだぞ。俺は姪に、平凡でも幸せになって欲しかったのに」


 ユリーズに食ってかかるドゥーガルドを見て、ああ、そうだったのか、とマルヴィナは思う。


(叔父さま、ごめんなさい)


 確かに自分の選択は、平凡な幸せを得られるようなものではないかもしれない。だが、マルヴィナ以外、他の誰にもできないことだ。


「ふん、凡骨には先程のような答えはできぬよ」


 驚いたことに、ユリーズが薄く笑みを浮かべて反論すると、クレメントが間に入った。


「まあまあ、二人とも、それくらいにしておいたほうがいい。マルヴィナの前だ」


「陛下のおっしゃる通りだ。話ならあとで聞こう。では、失礼致します。陛下、それに殿下・・」 


 ユリーズはソファーから立ち上がると、クレメントとマルヴィナに向け一礼をして、部屋を出ていった。


 今、とてもさり気なく王族扱いを受けてしまった。


 ものすごく何か言いたそうな顔を、なおも扉に向けているドゥーガルドを見て、マルヴィナはくすりと笑ったのだった。

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