六 叔父さまに相談
用意された豪華な寝室の中では、ラティーシャがリオと一緒に出迎えてくれた。リオはマルヴィナを見ると、ひと声鳴いて駆け寄ってきた。マルヴィナがしゃがみ込むと、ぴょんと膝に飛び乗ってくる。ああ、癒される。
「……お嬢さま、お話は無事におすみになりましたか?」
リオの頭を撫で撫でしながら、自分の置かれている状況を忘れそうになるマルヴィナだったが、ラティーシャの声で我に返った。
「うーん。すんだんだけど、ちょっと、宿題を出されてしまって……」
リオを肩に乗せながら、マルヴィナは曖昧に答えた。その言葉に何かを感じ取ったのか、ラティーシャはそれ以上追及しようとしなかった。侍女としても、友人としても、できた少女である。
立て続けに国の二大重鎮に会った上、その二人から次期女王になって欲しいと言われたのだ。悩む頭がいくつあっても足りないので、思考の邪魔にならないよう、せめて静かに過ごしたい。
ノックの音が響いたのは、その時である。
マルヴィナが「どうぞ」と返事をすると、入ってきたのは、ドゥーガルドだった。
「まあ、叔父さま」
ちょうどドゥーガルドに相談したいところだったので、マルヴィナは嬉しさ半分、驚き半分で呼びかけた。叔父は口元をほころばせる。
「マルヴィ、これから一緒に夕食を取らないか? だいぶ遅くなってしまったが」
マルヴィナは壁掛け時計に目をやる。時計の針は九時を指していた。
「ええ、もちろん。そう、もうこんな時間なのね」
王宮入りを果たした時、ちょうど日が沈みかけていた。今のシーラムの日の入りは八時くらいだから、既に一時間近くが経過したことになる。……それにしても、濃い一時間だった。
ドゥーガルドがラティーシャに向き直る。
「ラティーシャ、さっきは挨拶もそこそこですまなかったね。いつも、マルヴィの世話を焼いてくれてありがとう」
「い、いいえ、とんでもないことでございます。わたくしが好きでしていることなので……」
ラティーシャは、いつもの彼女らしくなく、心持ち顔を赤らめて答えた。マルヴィナは、にんまりとしてその様子を眺める。
ラティーシャは、小さい時からドゥーガルドに憧れている。二人の歳の差は、十五歳と離れているが、将来的にうまくいって欲しいところだ。
幼い時は、ドゥーガルドを他の子に取られたくなくて、複雑な想いを抱いたものだ。その反省から、自分がしっかり応援せねば、とマルヴィナは思う。それに、たぶん、叔父は他の女性にももてるだろうから。
「食事の手配はしておいたから、ラティーシャもしっかり食べてくれ。じゃあ」
そう言うと、ドゥーガルドはマルヴィナの背に片手を添えて、扉を開けた。
廊下に出ると、マルヴィナは真っ先に訊く。
「ねえ、リオも食事を取れますか?」
「そう言うと思って、用意してもらったよ。でも、俺たちの食事はあげちゃだめだ」
「分かっています。テーブルの上には飛び乗らないよう、ちゃんと躾けてあるもの」
お互いの近況を話しながら、二人は食堂に移動した。先程通された応接室や寝室と比べると、こぢんまりとしており、どうやら宮廷に仕えている人たちが使用する食堂のようだった。
「叔父さまも普段、ここで食事をなさっているの?」
王宮での叔父の様子を知りたくて、マルヴィナが疑問を口にすると、ドゥーガルドは首を振った。
「俺は、陛下や宰相閣下と食事を取ることが多いかな。軍務顧問官っていう役職柄、ご両人から相談を受けることが多いしね」
クレメントからは目をかけられており、ユリーズとは友人同士とは聞いていたが、ドゥーガルドは公私ともに二人から信頼されているらしい。特に、あのユリーズとは、どうやって仲良くなったのか。謎は深まるばかりだ。
「……叔父さまって、もしかしてすごい方?」
「いや、すごくはないと思うけどなあ。俺より上の地位にいるお歴々なんて、いくらでもいるし。それに、陛下も宰相閣下も学校の先輩だったから、その縁もあってね。懇意にさせていただいているというわけさ」
なるほど、謎がひとつ解けた。あの二人は学校時代の先輩なのか。
マルヴィナとドゥーガルドは、それぞれ席に着いた。リオは基本的に、マルヴィナの食事が終わってから餌を食べるよう躾けているため、しばらくはお預け状態が続く。
料理が運ばれてきた。仔羊の肉を煮込んだシチューに、白パンという、普通の夕食だった。粗食を好む叔父らしい選択だ。あとでリオにあげる分の肉も用意される。
食べ物を恨めしそうに見上げるリオを横目に、ドゥーガルドは給仕に下がるよう伝える。
給仕が出ていくと、ドゥーガルドは改まった様子で口を開いた。
「さて、マルヴィ。陛下からお話があったと思うが、お前はどうしたい?」
相談できる良い機会だと思い、マルヴィナは率直に答える。
「迷っています。わたしが次期女王になるなんて、大それたことだし……」
「嫌なら断っていい」
すっぱりと言い切るドゥーガルドの言葉に、マルヴィナは驚いた。
「え、でも、ヴィエネンシス国王がシーラムの王位に即いたら、この国が併呑されてしまうかもしれないのでしょう?」
「アスフォデルだな。そんなことを言ったのは。あいつの意見なんて、聴く必要はないぞ。いつだって、理詰めで人を説得しようとするんだからな」
ドゥーガルドは宰相の姓を呼び捨てにした。マルヴィナも久しぶりに目にする、叔父の怒った姿だ。
「もし、そんな事態が起きそうになったら、何とかするのが俺たちの仕事だ。アスフォデルもアスフォデルなら、陛下も陛下だ。人の家の娘に無理難題を吹っかけてきやがって……!」
この場に他人がいなくて良かった、とマルヴィナは心から思った。悪くすると不敬罪だ。
「叔父さま、ちょっと落ち着いて」
マルヴィナがなだめると、ドゥーガルドは赤ワインをあおり、息をついた。
「……悪かった。ただ、マルヴィ、お前は他人の意見に左右される必要はないんだ。王位や王族の身分なんて、ろくなもんじゃない。お前は第一に、自分の人生を大切にしなさい」
「もし、断った場合、叔父さまのお立場はどうなるの?」
「どうとでもなるさ。仕官を辞めて、田舎に引っ込むのも悪くないしね。爵位を剥奪されたとしても、そんなもの、お前のためだったら惜しくはないよ」
「わたしが困ります」
それは、マルヴィナの本音だった。自分に向けられる叔父の心配や愛情は嬉しい。だが、ちょっと過保護すぎやしないかと思うのだ。
自分だって今年で、十五歳。予定はないが、社交界デビューの歳だ。
それに、人の意見に左右されることはないと言いながら、ドゥーガルドは、王位継承者になって欲しいという依頼を、断ることばかり勧めてくる。応じた場合はどうなるのかについて、少しは話してくれても良いのではないか。
「叔父さまは、わたしの人生を大切にしろとおっしゃるけれど、わたしはお話を受けた時のことも含めてご相談したいの。こんなことを言うのは恐れ多いけれど、王位継承者になった場合のほうが、良い結果になる可能性もあるのじゃないかしら」
「それは、まあ……」
マルヴィナに反撃されたドゥーガルドは、所在なさそうにスプーンを手に取り、羊肉のシチューを食べ始めた。
マルヴィナもいい加減、空腹が限界だったので、シチューに口をつける。二人はしばらく無言で食べ続けた。
食事も終わり、ナプキンで口元を拭っていたドゥーガルドが「そうだ!」と、声を上げた。
「もし、王位継承者になったら、お前は強制的に学校に入学させられるだろう」
「学校、ですか?」
「俺も卒業したラトーン学院というところだ。シーラムの第一王位継承者は、一人の例外なく、ラトーンに入学することになっている。厳格な全寮制で、外出も自由にできず、食事は粗食にもほどがある、とんでもないところさ。しかも――」
「しかも?」
「ラトーンの生徒は、基本、男だけだ。悪がき連中が揃っているぞ。さらに、そのほとんどは貴族ときた」
どうだ、と言わんばかりに、ドゥーガルドはにやりと笑った。何とかして、マルヴィナを断念させようと考えているのだろう。
(貴族の男子……うーん、わたしの天敵ね)
入学したら、また反逆者の孫ー、などとはやしたてられるのだろうか。さすがに次期女王に対しては、そんなことは言わないか。
それに、「初恋」の男の子だって、あの場にいたのだから、ほぼ間違いなく貴族だろう。叔父のネガティブ攻撃には負けず、自分の進むべき道を判断したいところだ。
「ええと、シーラムには一人だけ女王が即位されたことがありましたよね?」
マルヴィナが尋ねると、ドゥーガルドは怪訝そうな顔をした。
「ああ、第十五代のアン女王だな。お前の高祖母に当たる方だ」
「ラトーンは全寮制だそうですけど、ひいひいおばあさまも男子と同じ寮で生活なさっていたの?」
「まさか。アン女王は、離れの個室で生活されていたと聞いているよ。俺が在学していた時も、その離れは残っていたな」
もし、マルヴィナが入学したとして、プライベートな空間は確保されているというわけだ。もちろん、その離れが使われることになるとは限らないけれど。
マルヴィナは何かを決断する際、客観的な事実を集めて、それらを基に判断を下す。できるだけ冷静に、だ。
それは、かつてドゥーガルドが教えてくれたことだった。リオを手元に置くことを決めた時を例外として、今までマルヴィナはその教えを忠実に守ってきた。
材料は揃った、とは言えないが、大切なことは聞くことができた。分からないことは、必要に応じて質問すれば良い。そのあとは、考えるだけだ。
マルヴィナはグラスに注がれたジュースを飲み干すと、リオに餌をあげるため、立ち上がった。




