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未来の女王陛下、初恋の君と再会する  作者: 畑中希月
第六章 動乱の渦中

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四十二 実行役のリーダー

長めです。

 お昼前、マルヴィナがラティーシャを連れて王宮に入ると、すぐにドゥーガルドとクレメントが出迎えてくれた。どうやら、マルヴィナ到着の知らせを受けて、玄関ホールで待っていてくれたらしい。


「マルヴィ! 無事で良かった……。だから、お前をレオニス女公なんかにしたくなかったんだ」


 ドゥーガルドが進み出て、マルヴィナを抱き締めた。叔父の背に手を回しながら、マルヴィナは優しく声をかけた。


「叔父さま、心配かけてごめんなさい。でも、わたし、傷ひとつつかなかったのよ。みんなが守ってくれたお陰ね」


「傷なんてついたら大変だ。まあ、お前なら、それでも嫁の貰い手には苦労しなさそうだが」


 ようやく、ドゥーガルドは冗談を言って笑ってくれた。


「マルヴィナ、危険な目に遭わせて、すまなかったな。ここでは、天馬騎士団がそなたを守るゆえ、安心して過ごすといい」


 クレメントが近づいてきて、申し訳なさそうに言った。マルヴィナはドゥーガルドから離れ、クレメントに向き直る。


「陛下、せっかく帰ってきたばかりで、こんなことを言うべきではないかもしれませんが……ラトーンには、いつ頃戻れますか?」


 クレメントは思案顔をしていたが、しっかりと目を合わせてくれた。


「アスフォデルに訊くといい。この件は、彼とシーダーが共同で当たっているが、責任者はアスフォデルだ」


 苦手とするユリーズの名を出され、マルヴィナは一瞬、ためらった。

 だが、彼がフィラスの父親であり、悲しい事件で妻を失った身であることを思い出し、説得できない相手ではない、と、心を決めた。


「アスフォデルに会うか? マルヴィナ」


 クレメントの問いに、マルヴィナは頷いた。


「はい。よろしくお願い致します、陛下」


     *


 三十分後、マルヴィナは、ユリーズの執務室に通された。部屋には機能的な応接セットが置かれており、マルヴィナが入室すると、既にユリーズがソファーの横にたたずんでいた。


「宰相閣下、このたびは、お忙しいところ、お時間を取っていただき、感謝致します」


 マルヴィナの言葉に、ユリーズは感情を表に出さぬまま、口を開いた。


「いいえ。ラトーンでの事件は、事態を甘く見ていた、わたしの手落ちです。それより、どうぞ、おかけ下さい」


 勧められるまま腰かけると、マルヴィナはユリーズのアイス・ブルーの瞳を見据えた。


「率直にお訊き致します。ラトーンには、いつ頃、戻れますか?」


「暗殺の首謀者を突き止め、しかるべき処置を施してからになります」


「しかるべき処置、とは?」


「具体的に申し上げますと、再発の防止です。もし、殿下が再び襲撃される可能性が一パーセントでも残っているうちは、ラトーンにお戻しするわけには参りません」


 それでは、いつラトーンに戻れるのか、一向に分からない。マルヴィナは苛立たしい気持ちで、ユリーズを睨めつけた。彼の瞳からは何も窺えなかった。まるで、一切の感情を切り離してしまったかのように。


「ラトーンで学ぶのが、レオニス女公の義務でしょう!?」


 マルヴィナは、思わず食ってかかった。もうラトーンに戻れないかもしれないという焦りが、冷静さを失わせた。

 対して、ユリーズはどこまでも冷静沈着だった。


「さようです。ですが、肝心のレオニス女公が失われてしまっては、元も子もございません。過去にも同じような先例がございます。その結果、レオニス公は王宮に戻られ、家庭教師について、勉学に励まれたそうです」


「……わたしにも、同じようにしろと?」


「場合によっては、そうなります」


(いけない、いけない。冷静にならなきゃ……)


 マルヴィナは、気づかれぬように深呼吸をした。ユリーズの、どこまでも冷徹な態度が、マルヴィナにようやく落ち着きを取り戻させた。


「……では、今現在、どの程度調査が進んでいるのか、それだけでもお聞かせ下さい」


「申し訳ございませんが、それはできかねます」


「なぜです?」


「お伝えすれば、おそらくあなたは、ご自分で何とかしたいと思われるはずです。責任感がお強いのは結構なことですが、それは別の機会に発揮なさって下さい」


 これでは、実質的に話を打ち切られたも同じことだ。このまま食い下がっても、用事があるから、と、かわされるのが関の山だろう。


「……分かりました。また別の機会にお話し致しましょう。ありがとうございました」


 マルヴィナは席を立ち、フィラスによく似たユリーズの顔立ちを一瞥すると、執務室をあとにした。


     *


 ユリーズと会談したあと、大きなシャンデリアの吊り下がる王族用の豪華な食堂で、マルヴィナは、ドゥーガルドとクレメントとともにお昼を取った。

 床ではリオが皿の前で、大人しく餌がくるのを待っている。


 王宮の質、量ともに申し分のない食事を堪能したマルヴィナは、つぶらな瞳を輝かせるリオに餌をあげたあとで、口火を切った。


「叔父さま、教えていただきたいことがあるのですけれど」


 ドゥーガルドは少し警戒したような様子で、顔を向けた。


「……何だい? マルヴィ」


「わたしの暗殺事件の、捜査の進展状況を訊きたいの。宰相閣下は教えて下さらなかったから」


 ドゥーガルドは、難しい顔で腕を組んだ。


「訊いてどうするつもりだ?」


「いつ頃ラトーンに戻れるのかを、確認するためです」


「……なあ、マルヴィ。一番大切なのは、お前の無事なんだ。今回の件は、俺たち大人を信じて、解決するのを待っていてくれないか」


「わたしは、ただ待っているだけなんて、嫌です」


 マルヴィナが言い切ると、ドゥーガルドは口をつぐみ、代わりに、今まで黙っていたクレメントが声をかけてきた。


「マルヴィナは、どうして、そこまでラトーンに戻りたいのだ?」


 マルヴィナは瞳を揺らして、うつむきがちに答えた。


「せっかく友人もできて、みんなに受け入れてもらって……それなのに、こんな形でラトーンを去らなければならないなんて、悔しいからです。それに……」


「それに?」


「好きな人ができたんです。その人は、今年で卒業してしまうから、一緒にラトーンにいられる時間を、せめて大切にしたいのです」


 クレメントとドゥーガルドは、同時に目を見開き、絶句している。

 驚愕から立ち直ったドゥーガルドが、恐る恐る尋ねる。


「……相手は誰なんだ?」


「叔父さまが答えて下さったら、教えて差し上げます」


 マルヴィナがきっぱり言うと、クレメントが笑い出した。


「一本取られたな、シーダー。マルヴィナに教えてやったらどうだ」


「ですが、陛下……」


「教えた上で、マルヴィナが無茶なことを言い出したら、またその時に止めれば良い。そなたも分かっているだろう? マルヴィナは、黙って物事を見過ごすことができぬ子だ」


「ですから、余計に心配しているのです」


 ドゥーガルドはそう言ったあとで、しばらく黙り込んでいたが、赤ワインをあおると、渋い顔で口を開いた。


「有り体に言うと、捜査はだいぶ進んでいて、黒幕の目星もついている。マルヴィを狙ったのはヴィエネンシス国王リュシアン、第二王子殿下を狙ったのは、マレの王太子派だ」


 ヴィエネンシス国王――久し振りに聞く名だが、確かマルヴィナの再従兄はとこで、シーラムの王位を狙っている、と説明を受けたことがある。彼が次代の女王であるレオニス女公を邪魔に思い、暗殺を企んだのだとしたら――十分に有り得る話だ。


 そして、シュツェルツはマレで王太子派に命を狙われたから、シーラムに留学してきたのだった。

 それぞれに邪魔だと思われている二人が、同時に暗殺されそうになった。


(あ……)


 マルヴィナは、ようやく腑に落ちた。


「もしかして、リュシアン王とマレの王太子派は、手を組んでいるのですか?」


「ご名答。ターリスに護送されてきた暗殺者どもを尋問してみたが、言葉を注意して聴き取ると、ヴィエネンシス訛りとマレ訛りの者に分かれていた。

 つまり、お前たちを襲ったのは、ヴィエネンシスとマレの混成部隊だな。お前たちを同時に襲うことで、シーラムとマレの捜査を混乱させようとしたんだろう。暗殺の件が表沙汰になれば、リュシアン王もマレの王太子派も、口を拭ってはいられないからな」


 ドゥーガルドは右手で、空のワイングラスを弄ぶ。


「さらに、実行犯のリーダーだがな、奴はどうやら、ラトーンの校内に潜伏しているらしい」


「校内に?」


「ああ。第二王子殿下の侍医が、校長を通して推察を教えてくれたそうだ。暗殺者たちは合鍵を使って、お前の離れの勝手口から侵入した。

 だが、防犯上、離れの親鍵を持っているのは、寮長だけだ。その寮長の鍵は、盗まれていなかったからな。リーダーは合鍵を作れる人物ということになる――というわけさ。それが誰なのかは、確証がないから教えられない、とその侍医は言っていたそうだが……」


 アウリールには、事件の全体像が見えていたらしい。全く、侍医にしておくのは惜しいくらいの洞察力だ。


「マルヴィナ、心当たりはないのか?」


 クレメントに問われ、マルヴィナは考え込んだ。


 誰にも怪しまれずに校内に潜んでいる、暗殺者のリーダー。


 おそらくは、リュシアン王の手の者だろう。ヴィエネンシスとマレの国力に大差はないが、ヴィエネンシス国王と、マレの王太子派では、力関係は国王のほうが強いはずだ。


 リーダーである彼、もしくは彼女も、暗殺の技術を習得している可能性が高い。


 ということは、機会があれば、いつでもマルヴィナとシュツェルツを――いや、リュシアン王と王太子派が手を組んだのが、いつ頃なのか分からない以上、片方だけでも良い――を殺すことができる人物だ。


 もしかしたら、マルヴィナがラトーンに入学した段階で、両者は手を組んでいたのかもしれない。

 だとすれば、王太子派に誘いを持ちかけたのは、リュシアン王である可能性が高い。シュツェルツは国を出てから、つい最近までは平穏に暮らしていたのだから。


 ――女公殿下、今回の事件は、いくつもの思惑が、複雑にもつれ合っております。解き明かす鍵は、おそらく、身近なところにあるかと。


 不意に、アウリールの言葉が耳の奥に蘇った。


 彼なら、風邪を引いたマルヴィナを、あっさりと殺すことができた。だが、アウリールは確実に暗殺者ではない。シュツェルツに深い忠誠を誓う彼が、王太子派なわけがない。

 しかも、彼は今回の捜査にも協力し、マルヴィナにヒントまで与えてくれた。


 だとすれば、アウリールと似たような存在……。


 マルヴィナは、思わず息を呑む。


「叔父さま! 学院関係者のリストはありますか!? その人が、いつラトーンに入職して、いつ退職予定か――そういうことまで書いてあると良いのですけど」


 マルヴィナの剣幕に、ドゥーガルドは呆気に取られていたが、すぐに立ち上がった。


「ああ、あるぞ。とっておきの資料がな。……何か分かりそうなのか?」


「お願い、目を通させて下さい。暗殺者のリーダーが誰か、分かるかもしれない」


 マルヴィナの答えを聞くや否や、ドゥーガルドはあっという間に食堂を出ていく。

 あとには、マルヴィナとクレメント、それに、空になった皿を舐めるリオが残された。

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