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未来の女王陛下、初恋の君と再会する  作者: 畑中希月
第六章 動乱の渦中

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三十九 報告

 事件のあと、シュツェルツはマルヴィナとともに当事者として、事後処理に当たった。


 正面の扉は護衛たちが見張っていたのに、暗殺者たちはどうやって侵入したのだろう、とシュツェルツは疑問に思っていたのだが、状況から、彼らは離れの勝手口から侵入したらしいことが分かった。


 しかも、鍵は壊されておらず、どうやら合鍵を使ったようだ。

 暗殺者の拘束や、離れの実況見分は騎士たちに任せ、校長や教師に事件の詳細を話す。


 不思議なもので、そうしている間は元気にしていたが、エリファレットたちに守られて、ようやくアウリールの部屋に到着すると、どっと疲れが溢れてきた。


 シュツェルツの顔を見るなり、アウリールは椅子から立ち上がった。


「どうなさったのです、殿下」


「ちょっと、暗殺者に襲われてね。まあ、マレでもあったことだから、少しは慣れてきた……かな?」


 冗談めかしてそう言うと、近づいてきたアウリールが、シュツェルツの肩をがっしりと掴んだ。涼やかな顔をくしゃりと歪め、シュツェルツの目を見据える。


「ご無事で本当に良かった……!」


 アウリールの表情を目にして、シュツェルツは胸の奥がじん、と熱くなるのを感じた。

 ちょっとためらった末に、自分より背の高いアウリールに抱きついてみる。


 前に読んだ本に書いてあった。互いの無事を喜び合う時、家族や親しい者同士は抱き合うものだと。


「殿下……?」


 若干戸惑ったアウリールの声がしたが、彼はすぐ、背に腕を回してくれた。


 三年前、泣きじゃくっているシュツェルツを、アウリールは抱き締めてくれた。父母にも抱き締められたことのない自分を。


 その時、今まで感じたことのない安心感が湧き起こると同時に、心が満たされるような気がして、ただ嬉しかったことを覚えている。


「うーん、やっぱり、どんなに顔が良くても、男の身体は硬いなあ。やっぱり、抱きつくなら女の子だね」


 軽口を叩きながらも、フィラスに抱き締められるマルヴィナの姿が脳裏に浮かび、シュツェルツはその光景を振り払いたくなった。


 あれは、今自分がしているような抱擁の類いとは違う。


 マルヴィナは数時間前、フィラスのことを相談しようとしていた。そして、彼女を抱き寄せたのがフィラスである以上、二人は相思相愛なのだろう。


(僕の入り込む余地はない、みたいだな……)


 マルヴィナは自分にとって、特別な女の子だ。その彼女が、別の男のところへいってしまう。そう思うと、涙が滲んだ。


 シュツェルツの感情の変化に気づいたのか、アウリールが背中をぽんぽんと叩いてくれた。


「殿下、少し、背が伸びたのではないですか?」


「……そうかな」


 掠れた声で答えると、アウリールが真剣な声で言った。


「詳しいお話を、聴かせていただけますか?」


「うん。エリファレットも、頼む」


 アウリールから離れたシュツェルツは、椅子に座り、事件について語り始めた。必要なところは、傍らに立つエリファレットが補足する。


 話を聴き終えたアウリールは、難しい顔で腕を組んだ。


「……暗殺者たちは、なぜ、殿下と女公殿下がご一緒のところを狙ったのだろう」


「気になるのか?」


 エリファレットが応じると、アウリールはたたずむ彼を見上げる。


「だって、そうだろう? お二人がご一緒で、護衛も傍にいない時となると、襲う状況は限られてくる。しかも、暗殺者たちは勝手口から、合鍵で入ったとしか考えられないんだろう? 合鍵を作る手間を考えても、お一人ずつの時を狙ったほうが、遥かに機会も成功率も増すだろう。それに、女公殿下はともかく、シュツェルツ殿下は、この国でお命を狙われる理由が弱い」


 エリファレットが唸る。


「……確かに、言われてみれば、不可解なことだらけだな」


 アウリールは居住まいを正した。


「殿下、わたしは今回の件を、速やかに宮廷に報告すべきと考えますが、いかがでしょうか」


「宮廷――父上に?」


 シュツェルツの胸が、きゅっと締めつけられる。


 ベアトリーセが死んだのは、父のせいだ。その怒りと、かつて自分の諫言を「子どもは黙っておれ!」と、はねつけられた時の痛みが蘇る。


 その記憶は、否定的な感情となって、シュツェルツの顔に出ていただろう。だが、アウリールは頷いた。


「さようです。その結果、どのような事態に転ぶかは不分明ですが、今はそれが最善であると考えます」


 シュツェルツは、しばしの間迷った。これは、きっと大きな決断になる。そんな予感がした。


 アウリールのことは、誰よりも信じている。けれど、最終的に決めるのは、他ならぬ自分なのだ。シュツェルツは小さく息を吸い、それから吐いた。


「――分かった。僕から父上に手紙を書こう」


     *


 校長や教師への報告を終えて、マルヴィナは離れに戻った。扉を開けたマルヴィナを見るなり、ラティーシャが抱きついてきた。


「お嬢さま! ご無事でよろしゅうございました!」


 マルヴィナは、ラティーシャを丁寧に抱き締め返す。


「心配かけたわね、ラティーシャ。もう事情は聞いた?」


「はい。お嬢さまが暗殺者に襲われたと、アレクシス卿から聞いた時は、生きた心地が致しませんでした」


 ラティーシャに椅子を勧められ、彼女の淹れてくれたお茶を飲んだ時、ようやくマルヴィナは一息つくことができた。


 マルヴィナはお茶を飲みながら、ラティーシャと情報交換をした。

 

 怪我を負ったエメリナは、医務室で安静にしている。

 拘束され、既にここにはいない暗殺者たちは、しばらくは街の牢に入れられ、あとで王都に移送されるらしい。

 花瓶の破片が散ったマルヴィナの部屋は、清掃ずみということだった。


「それにしても、あの時、ラティーシャが出かけていてくれて良かったわ。そうじゃなかったら、巻き込んでしまうところだった」


「まあ、騎士の方たちのお邪魔にならなかったのは幸いでしたが……。でも、お嬢さまが危険な目に遭うのは納得できません」


「仕方ないわ。王位継承者ともなると、たとえ何もしていなくても、わたしを邪魔だと思う人たちも現れるということよ」


 マルヴィナは苦笑した。正直に言うと、どこの誰とも分からない相手から襲撃されたのはショックだ。だが、落ち込んでいても仕方ない。気持ちを切り替えるべきだろう。


 ただ、気になるのは、シュツェルツも襲われたということだ。あの場に居合わせたから、偶然、巻き込まれたのか。


 それとも、あの事件自体、マルヴィナではなく、彼を狙ったものだったのか。それならなぜ、シュツェルツが一人でいる時を狙わなかったのか。


 反対に、マルヴィナを狙ったのなら、なぜ、シュツェルツが一緒の時を狙ったのか。


(今は、情報が少なすぎる……)


 マルヴィナは、ドゥーガルドやユリーズが、何かを掴んで教えてくれるのを、待つことにした。

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