三十九 報告
事件のあと、シュツェルツはマルヴィナとともに当事者として、事後処理に当たった。
正面の扉は護衛たちが見張っていたのに、暗殺者たちはどうやって侵入したのだろう、とシュツェルツは疑問に思っていたのだが、状況から、彼らは離れの勝手口から侵入したらしいことが分かった。
しかも、鍵は壊されておらず、どうやら合鍵を使ったようだ。
暗殺者の拘束や、離れの実況見分は騎士たちに任せ、校長や教師に事件の詳細を話す。
不思議なもので、そうしている間は元気にしていたが、エリファレットたちに守られて、ようやくアウリールの部屋に到着すると、どっと疲れが溢れてきた。
シュツェルツの顔を見るなり、アウリールは椅子から立ち上がった。
「どうなさったのです、殿下」
「ちょっと、暗殺者に襲われてね。まあ、マレでもあったことだから、少しは慣れてきた……かな?」
冗談めかしてそう言うと、近づいてきたアウリールが、シュツェルツの肩をがっしりと掴んだ。涼やかな顔をくしゃりと歪め、シュツェルツの目を見据える。
「ご無事で本当に良かった……!」
アウリールの表情を目にして、シュツェルツは胸の奥がじん、と熱くなるのを感じた。
ちょっとためらった末に、自分より背の高いアウリールに抱きついてみる。
前に読んだ本に書いてあった。互いの無事を喜び合う時、家族や親しい者同士は抱き合うものだと。
「殿下……?」
若干戸惑ったアウリールの声がしたが、彼はすぐ、背に腕を回してくれた。
三年前、泣きじゃくっているシュツェルツを、アウリールは抱き締めてくれた。父母にも抱き締められたことのない自分を。
その時、今まで感じたことのない安心感が湧き起こると同時に、心が満たされるような気がして、ただ嬉しかったことを覚えている。
「うーん、やっぱり、どんなに顔が良くても、男の身体は硬いなあ。やっぱり、抱きつくなら女の子だね」
軽口を叩きながらも、フィラスに抱き締められるマルヴィナの姿が脳裏に浮かび、シュツェルツはその光景を振り払いたくなった。
あれは、今自分がしているような抱擁の類いとは違う。
マルヴィナは数時間前、フィラスのことを相談しようとしていた。そして、彼女を抱き寄せたのがフィラスである以上、二人は相思相愛なのだろう。
(僕の入り込む余地はない、みたいだな……)
マルヴィナは自分にとって、特別な女の子だ。その彼女が、別の男のところへいってしまう。そう思うと、涙が滲んだ。
シュツェルツの感情の変化に気づいたのか、アウリールが背中をぽんぽんと叩いてくれた。
「殿下、少し、背が伸びたのではないですか?」
「……そうかな」
掠れた声で答えると、アウリールが真剣な声で言った。
「詳しいお話を、聴かせていただけますか?」
「うん。エリファレットも、頼む」
アウリールから離れたシュツェルツは、椅子に座り、事件について語り始めた。必要なところは、傍らに立つエリファレットが補足する。
話を聴き終えたアウリールは、難しい顔で腕を組んだ。
「……暗殺者たちは、なぜ、殿下と女公殿下がご一緒のところを狙ったのだろう」
「気になるのか?」
エリファレットが応じると、アウリールはたたずむ彼を見上げる。
「だって、そうだろう? お二人がご一緒で、護衛も傍にいない時となると、襲う状況は限られてくる。しかも、暗殺者たちは勝手口から、合鍵で入ったとしか考えられないんだろう? 合鍵を作る手間を考えても、お一人ずつの時を狙ったほうが、遥かに機会も成功率も増すだろう。それに、女公殿下はともかく、シュツェルツ殿下は、この国でお命を狙われる理由が弱い」
エリファレットが唸る。
「……確かに、言われてみれば、不可解なことだらけだな」
アウリールは居住まいを正した。
「殿下、わたしは今回の件を、速やかに宮廷に報告すべきと考えますが、いかがでしょうか」
「宮廷――父上に?」
シュツェルツの胸が、きゅっと締めつけられる。
ベアトリーセが死んだのは、父のせいだ。その怒りと、かつて自分の諫言を「子どもは黙っておれ!」と、はねつけられた時の痛みが蘇る。
その記憶は、否定的な感情となって、シュツェルツの顔に出ていただろう。だが、アウリールは頷いた。
「さようです。その結果、どのような事態に転ぶかは不分明ですが、今はそれが最善であると考えます」
シュツェルツは、しばしの間迷った。これは、きっと大きな決断になる。そんな予感がした。
アウリールのことは、誰よりも信じている。けれど、最終的に決めるのは、他ならぬ自分なのだ。シュツェルツは小さく息を吸い、それから吐いた。
「――分かった。僕から父上に手紙を書こう」
*
校長や教師への報告を終えて、マルヴィナは離れに戻った。扉を開けたマルヴィナを見るなり、ラティーシャが抱きついてきた。
「お嬢さま! ご無事でよろしゅうございました!」
マルヴィナは、ラティーシャを丁寧に抱き締め返す。
「心配かけたわね、ラティーシャ。もう事情は聞いた?」
「はい。お嬢さまが暗殺者に襲われたと、アレクシス卿から聞いた時は、生きた心地が致しませんでした」
ラティーシャに椅子を勧められ、彼女の淹れてくれたお茶を飲んだ時、ようやくマルヴィナは一息つくことができた。
マルヴィナはお茶を飲みながら、ラティーシャと情報交換をした。
怪我を負ったエメリナは、医務室で安静にしている。
拘束され、既にここにはいない暗殺者たちは、しばらくは街の牢に入れられ、あとで王都に移送されるらしい。
花瓶の破片が散ったマルヴィナの部屋は、清掃ずみということだった。
「それにしても、あの時、ラティーシャが出かけていてくれて良かったわ。そうじゃなかったら、巻き込んでしまうところだった」
「まあ、騎士の方たちのお邪魔にならなかったのは幸いでしたが……。でも、お嬢さまが危険な目に遭うのは納得できません」
「仕方ないわ。王位継承者ともなると、たとえ何もしていなくても、わたしを邪魔だと思う人たちも現れるということよ」
マルヴィナは苦笑した。正直に言うと、どこの誰とも分からない相手から襲撃されたのはショックだ。だが、落ち込んでいても仕方ない。気持ちを切り替えるべきだろう。
ただ、気になるのは、シュツェルツも襲われたということだ。あの場に居合わせたから、偶然、巻き込まれたのか。
それとも、あの事件自体、マルヴィナではなく、彼を狙ったものだったのか。それならなぜ、シュツェルツが一人でいる時を狙わなかったのか。
反対に、マルヴィナを狙ったのなら、なぜ、シュツェルツが一緒の時を狙ったのか。
(今は、情報が少なすぎる……)
マルヴィナは、ドゥーガルドやユリーズが、何かを掴んで教えてくれるのを、待つことにした。




