三 国王との謁見
王都ターリスは、レギュラス伯爵領の東方に広がる、盆地の中心部に位置している。伯爵領からは馬車で三日ほどの距離だ。このディー・パルマ盆地は、農耕に適した肥沃な土地と多くの鉱山を有しており、シーラム王国の中心にふさわしい。
マルヴィナがターリスを訪れるのは、三度目のことだ。一度目は、まだ幼い子どもだったから、初めての王都行きに興奮して、ひたすらはしゃいでいた。二度目は自分の立場をわきまえていた上に、王妃の国葬だったこともあって、粛然と訪れたものだ。
三度目の今回は、緊張とともにある。
順調に馬車の旅を続けたマルヴィナたちは、城壁に囲まれたターリスの門を潜り、使者に導かれるまま、王宮へ通された。ちょうど、夕陽が西の空に沈みかけている頃だ。
ちなみに、王宮からは使者の他に、いかにも屈強そうな、三名の護衛が派遣されていて、乗馬で馬車に寄り添いながら、マルヴィナたちを守ってくれた。
(わたし、一体、どういう立場で王宮に招かれたのかしら……)
マルヴィナは、首をひねらざるをえない。
使者に案内されて、王宮の長い廊下を進んでいると、長い亜麻色の髪を持つ、見知った人の姿が目に飛び込んできた。
「叔父さま!」
思わず、マルヴィナが駆け寄ると、ドゥガールドの澄んだ緑色の瞳が細められた。
「マルヴィ、元気そうでよかった。急に呼び出してすまなかったね」
「いいえ。でも、あのお手紙は、どういうことなのです?」
長身のドゥーガルドを見上げながら、マルヴィナが問うと、叔父は困ったように頬を掻いた。
「それなんだが……その説明をする前に、まずはお前に会いたがっておいでになる方に、お目通りしてくれないか」
ということは、やはり、マルヴィナを呼び出したのは、ドゥーガルドより地位の高い人物なのだ。
一体、誰なのだろう、とマルヴィナは改めて疑問を感じたが、すぐに分かることだと思い直す。
「分かりました。わたし、その方とお会いします」
マルヴィナが頷くと、ドゥーガルドはほっとしたようだ。うしろに控えていた女官に、マルヴィナを案内するよう指示を出す。
一緒に王宮に上がったラティーシャとは、いったん、別れることになった。ラティーシャはマルヴィナからリオの入ったバスケットを受け取ると、微笑しながら言った。
「お嬢さま、わたしが以前に申し上げたこと、どうか忘れないで下さいましね」
マルヴィナは彼女の言葉を思い出す。
――お嬢さまをお呼びになられたのが、どなたであろうと、引け目をお感じになる必要はございません。
「ええ、もちろん。忘れないわ」
親友に笑顔を返すと、マルヴィナは女官に連れられ、その場をあとにした。
*
マルヴィナが通された応接室は、それは豪奢なものであった。幾つもの窓から夕陽が差し込む、広い室内の中心に、二脚のソファーとテーブルが置かれている。シャンデリアの上で燃える蝋燭の灯が、白を基調とした部屋を照らし出していた。
たぶん、国賓が招かれる時に使われるものだろう。ものすごく場違いな気がして、マルヴィナはそわそわしながら絹張りのソファーに腰かけた。
途中、盆を手にやってきた女官が、二人分の紅茶を淹れてくれた。とはいえ、いやに長く感じられる、落ち着かない時間を持て余していると、扉が開いた。
「待たせてしまったようだな。こちらから呼び出しておいて、すまない」
よく通る声の主は、入室するとマルヴィナの向かいのソファーまで颯爽と歩いてくる。エメラルドグリーンの瞳をまん丸に見開いて、マルヴィナはその光景をただ見守っていた。
黒髪に、灰色の瞳。三十代半ばほどの、優しげでいて高貴な面差し。マルヴィナは過去に二度、その人物を目にしたことがある。
「こっ、国王陛下!?」
ばね仕掛けの人形のように、文字通り飛び上がって叫ぶと、シーラム国王クレメント二世は苦笑した。
「そう驚かないでくれ。予とてそなたと同じ一人の人間、しかも、そなたにとっては従兄伯父に当たる。まずは座り直して欲しい」
「は、はい……」
すっとんきょうな声を上げてしまったことを恥じながら、マルヴィナは再び腰かけた。クレメントも向かいのソファーに座る。
「そなたと会うのは一年ぶりだな、レギュラス女伯、マルヴィナ。シーダーを使って、そなたを呼び出してしまい申し訳ない。回りくどいやり方とは思ったが、わたしの名で呼び寄せれば、そなたを怖がらせてしまうと思ってな」
シーダーとは、ドゥーガルドの姓である。自分を呼び出した人物が国王だという事実は、マルヴィナの想像を絶していたが、なるほど、確かに王宮が国王の家である以上、その可能性が最も高かったわけだ。それに相手が国王なら、ドゥーガルドも依頼を断われまい。
けれど、確かに叔父を通さず、直接クレメントに呼びつけられていたら、大逆犯の祖父を持つマルヴィナは、もっと警戒し、囚人になったような気分で王宮を訪れていただろう。
(国王陛下は、人の心情をおもんばかることができるお方なのだわ)
ドゥーガルドはよく、クレメントのことを賢君と評していた。その評価は的確で、目の前の男性は、決して恐ろしい相手ではない。
よし、と、マルヴィナは心の中で気合を入れた。勇気を出して、今一番知りたいことを質問する。
「――陛下、どうしてわたくしをお呼び立てなさったのですか?」
「話せば長くなるゆえ、端的に言おう」
クレメントは一度言葉を切り、決意を込めた表情で、再び口を開いた。
「そなたに、子を持たぬ予の後継者になって欲しいのだ」




