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未来の女王陛下、初恋の君と再会する  作者: 畑中希月
第一章 王宮へのいざない
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二 出発

 玄関ホールに入ると、侍女のラティーシャ・メイがマルヴィナを出迎えた。


「お嬢さま、お帰りなさいませ」


「ただいま、ラティーシャ。さっそくで悪いけれど、使者の方がいらっしゃるお部屋まで、案内してくれる?」


「もちろんですとも。でも、その前にお召し物を替えたほうがよろしゅうございますね」


 赤い巻き毛とアクアマリン色の瞳、整った顔立ちとすらりとした体躯を持つラティーシャは、マルヴィナと同い年の乳姉妹だ。


 マルヴィナが今身に着けているのは、身体を動かしやすい上着とズボンだから、これはありがたい助言だった。


 いったん、二人はマルヴィナの部屋へ赴く。ラティーシャは来客を迎えるにふさわしい衣装をすぐに選び、手際よく着替えを手伝う。その上、無造作にひとつに結んでいた金褐色の髪の半分を、綺麗にまとめ上げてくれた。これで、どこからどう見ても貴族のお嬢さまに見えるに違いない。


 大人しく傍に座っていたリオに、しばしの別れを告げると、ラティーシャに案内され、マルヴィナは貴賓用の応接室の前まで歩みを進めた。緊張を和らげるため、深呼吸してから扉をノックし、部屋に入る。


「お待たせ致しました。わたくしが、レギュラス女伯、マルヴィナ・クロティルダ・エアでございます」


 それにしても、皮肉なことだ。王位継承闘争に敗北した祖父を持つ自分が、小さな王(レギュラス)の女性伯爵だなんて。


 既にソファーから立ち上がっていた、若い男性の使者は、マルヴィナを見ると、軽く目をみはった。

 何だろう。身だしなみはラティーシャに整えてもらったはずなのに。

 そう思ったが、相手は王宮からの使者。あえて追及せず、起立したまま名乗る使者に席を勧めつつ、マルヴィナは自らも腰かけた。


「遠路はるばるご足労いただき、恐れ入ります。――それで、わたくしに何のご用でしょう?」


 内心で冷や汗をかきながら、マルヴィナが控えめに尋ねると、使者は「実は……」と、一通の手紙を上着の懐から取り出した。


「まず、こちらをお読み下さい」


 マルヴィナは手紙を受け取ると、封蝋を確認する。そこに刻印されていたのは、叔父ドゥーガルドの印章だった。なぜ、叔父の手紙をわざわざ王宮の使者が持ってきたのだろう。


(まさか、叔父さまに何か……)


 不安に駆り立てられ、マルヴィナは封を開けた。手紙を開くと、見慣れた筆跡が目に飛び込んでくる。


『マルヴィ、遣わされた使者と一緒に、王宮にきて欲しい。詳しいことは、今、書面では説明できない。申し訳ないが、お前に危害が及ぶことはないから、俺を信じてくれ』


 署名は、確かにドゥーガルドのものだ。しかし、いつもの叔父とは違う、簡潔すぎる文面とその内容に、マルヴィナはやや混乱した。


 どうやら、ドゥーカルドに何かが起こった、というわけではないようだ。もしそうなら、急な病気で、とか、マルヴィナを王宮に呼ぶ理由が説明されていたはずだ。それに、危険はないと叔父が言い切っているのだから、王宮にいったところで、マルヴィナが何かを咎められるということはないのだろう。


 マルヴィナがなおも謎かけのような文面を見つめていると、使者が静かに告げた。


「我々は、いつでも出発できます。その際は、お声がけを」


     *


「――というわけなのよ」


 自室に戻ったマルヴィナは、叔父からの奇妙な手紙のことをラティーシャに打ち明けた。マルヴィナは困った時や悩んだ時に、友人でもあるラティーシャに、よく相談を持ちかける。ドゥーガルドが傍にいることが少なくなってからは、特にそうだ。

 ラティーシャは小首を傾げる。


「それで、お嬢さまは、何を悩んでおいでなのです?」


「何って……もちろん、王宮にいくべきかどうかよ」


「悩む必要など、ないではありませんか。だって、ドゥーガルドさまが、お嬢さまにとって不利になるようなことを、なさるわけがありませんもの」


 ドゥーカルドは、マルヴィナが三歳の時から、早逝した姉夫婦に代わり、結婚もせずに姪の面倒を見てきた。そんな叔父に対する、使用人たちの信頼は絶対的だ。

 もちろん、マルヴィナだって、大好きな叔父を信頼する気持ちは一緒だ。


「それは分かっているわ。でも、どうしても、わたしが王宮に呼ばれることになった裏の事情を勘ぐってしまうのよ」


「と、おっしゃいますと?」


「まず、叔父さまにこんな手紙を書かせたのは、誰なのかしら」


 マルヴィナがドゥーガルドからの手紙に視線を落とすと、ラティーシャは、頭の回転が速い彼女らしく即答した。


「ドゥーガルドさまより、ご身分が上のお方でしょうね」


「たぶんね。それに、わざわざ王室の紋章入りの馬車をよこしてくるくらいだもの。この時点で、わたしには王宮行きを断ることはできないわけだけれど、何でわたしなんかを呼ぶのか――それが気になるのよ」


 こんな王位継承闘争に敗れた家系の娘を、という言葉は、ラティーシャを悲しませてしまうので、辛うじて呑み込んだ。

 だが、ラティーシャはマルヴィナをまっすぐに見つめ、語気を強める。


「お嬢さまは、もっとご自分に自信を持たれるべきです。お嬢さまをお呼びになられたのが、どなたであろうと、引け目をお感じになる必要はございません。頼りないかもしれませんが、わたしもご一緒致しますから」


 ラティーシャに相談してよかった。マルヴィナは、胸がじんと熱くなるのを感じた。不安が氷解していき、新たなことに立ち向かう勇気が湧いてくる。

 ラティーシャをしっかりと見つめ返し、マルヴィナは力強く答える。


「ありがとう、ラティーシャ。わたし、王宮へいくわ。まずは使者の方にお返事をしないとね」


「では、取り急ぎ、出発の準備を致します」


 ラティーシャは、嬉しそうに頷いた。

 ……翌日、マルヴィナはラティーシャとリオを伴い、王宮から遣わされた馬車に乗って、王都へと出発した。まだ肌寒さの残る、四月のことである。

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