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未来の女王陛下、初恋の君と再会する  作者: 畑中希月
第四章 マレの第二王子

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二十八 祈り

「シュツェルツ殿下が学校を欠席なさったのは、昨日、ある知らせがマレからもたらされたからなのです」


 長い話を終えたアウリールは、一度、息をついた。マルヴィナは彼の言葉を待った。どうも良くない予感がした。


「先日、ベアトリーセが亡くなりました」


 マルヴィナは、一瞬言葉を失い、ようやく質問を口にすることができた。


「……なぜです? 彼女はまだお若いのでしょう?」


 まさか、嫉妬に駆られた王妃に、暗殺されたのだろうか。

 アウリールの顔が陰った。


「難産の末、亡くなったそうです。彼女は、国王陛下の御子を身籠みごもっていたのです。御子は王子であられたそうですが、死産だった、と……」


「それは……」


 マルヴィナは、それ以上、何も言うことができなかった。初恋の女性が自分の弟とともに亡くなったのだ。その知らせは、シュツェルツとって、酷なほどの衝撃だっただろう。


 だが、それは目の前のアウリールにとっても、同様だったはずだ。

 マルヴィナの視線に気づいたアウリールは、微笑して見せた。


「わたしは大丈夫です。正直、まだ悪夢を見ているようで半信半疑ですが、大人には、酒という便利なものがありますから。一緒に飲んでくれる友人もおりますしね」


 アウリールは大樹を見上げたあとで、再びマルヴィナと目を合わせた。


「シュツェルツ殿下は長いこと、学校生活に馴じめておいでではなかった。ですが、あなたとご友人になられてからは、毎日楽しそうになさっておいでです。女公殿下のことを、本当に嬉しそうに話されるのですよ。特に、あなたと初めて出会った時のお喜びようといったら……女公殿下、この場を借りて、お礼を申し上げます」


「そんな……わたしのほうこそ、シュツェルツ殿下には良くしていただいて」


 アウリールはシュツェルツのお兄さんというより、お父さんのようだ。きっと、マルヴィナのよく知る、気さくで快活なシュツェルツを育んだのは彼なのだろう。


「シュツェルツ殿下は気難しいところもあられるお方ですが、あなたには心を開いておいでです。どうか、これからも殿下のことをよろしくお願い致します」


 アウリールの若草色の瞳に灯る真摯な光を見て、マルヴィナははっきりと答えた。


「はい。わたしでよろしければ」


 ちょうどその時、自由時間の終わりと夕方の礼拝の始まりを告げる鐘が鳴り始めた。

 空をオレンジ色に染めていた赤い夕日が、黒い山並みにほとんど沈みかけていた。周囲を見回し、アウリールは呟いた。


「おや、もうこんな時間ですか」


 マルヴィナは、彼に何か言葉をかけなければ、と思った。


「あの、辛いお話をさせてしまって、申し訳ありません。どうか、今日はシュツェルツ殿下のお傍についていてあげて下さい」


「はい、むろんです」


 アウリールは、ほほえみながら頷いた。


     *


 夕方の礼拝で校長の説教を聞いている時も、マルヴィナの心を大きく占めていたのは、先程聴いたアウリールの話だった。今でも、過去を語る彼の声が、生々しく耳に残っている。


(ベアトリーセさんは、どんな気持ちで亡くなったんだろう……)


 恋人と引き離され、父親ほども歳の離れた男の側妾にされて、最期は赤ん坊ともども亡くなったのだ。

 彼女の人生には、どんな意味があったのだろう。まだ十五歳のマルヴィナには、想像もつかなかった。


 次期女王である自分も、意に添わぬ結婚をしなければならない可能性は、十分にある。今までは義務のように考えていたが、改めてそう思うと、爪先から、震えが込み上げてきた。


(……できるものなら、好きな人と結婚したいな……)


 祈るように心の中で呟いたあとで、マルヴィナはシュツェルツのことを考えた。


 ベアトリーセが哀れなら、彼もまた哀れだった。実の両親には愛されず、望んでもいないのに担がれて、暗殺されかけ、追われるようにして祖国を出たのだ。


「帰りたくない」と言ったシュツェルツの気持ちが、マルヴィナはようやく理解できた。毎週日曜日の、家族に手紙を書く時間、彼は一体、誰に宛てて手紙を書いていたのだろう。


 ――王位や王族の身分なんて、ろくなもんじゃない。


 そう言っていた叔父の言葉が、今更のように思い出される。


 シーラムの第二王子だった祖父も、シュツェルツと似たような状況に置かれていたのだろうか。ならば、兄であるレオニス公と敵対したのも、仕方のない話だったのかもしれない。


 だが、シュツェルツは生きているし、まだ若い。マルヴィナとはひとつしか違わないが、幼いといってもいい。傍にはアウリールやエリファレットもいるし、これから、いくらでも幸せになれる。


(そのためにも、わたしはずっとルズの親友でいよう)


 マルヴィナは厳かな神殿内で密かにそう誓った。


 シュツェルツに比べれば、自分は恵まれていると言っていい。両親を早くに亡くしたけれど、その分、叔父が愛情を注いでくれたし、ラティーシャをはじめとした周囲のみなも優しかった。従兄伯父である国王クレメントも良くしてくれる。


 しかし、だからこそ、自分はシュツェルツに足りないものを補うことができる――そう信じたかった。


 マルヴィナは礼拝が終わったあとも、しばらく神殿に残り、神界に召されたベアトリーセの冥福を祈った。


     *


 翌朝、セオンとフィラスとともに神殿に入ると、シュツェルツが既に席に着いていた。


「おはよう、マルヴィ。ついでに、セオンとフィラスも」


「『ついでに』は余計です。……それよりも、もうお身体のほうはよろしいのですか?」


 フィラスが眉を吊り上げながら言うと、シュツェルツは薄く笑った。


「平気平気。ちょっと熱が出ただけだから」


 昨日のアウリールの話を思い出しながら、マルヴィナは少し緊張してシュツェルツの隣に座る。

 シュツェルツが小声で囁くように言った。


「昨日、お見舞いにきてくれたんだってね。それなのに、会えなくてごめん。……ねえ、アウリールかエリファレットが、僕の具合について何か話さなかった?」


 マルヴィナは、あらかじめ考えておいた台詞を口にした。


「いいえ、何も聞いていないわ」


「そう、それならいいんだ。変なこと聞いちゃったね」


 シュツェルツは、いったん口を閉ざし、しばらくしてから語を継いだ。


「――この前のピクニックで、僕が言ったことを覚えている? マレに帰ったら、国を良くしたいって話」


「ええ、覚えているわ」


「マレにもこの世にも、たくさんの理不尽が溢れているけれど、僕ね、その理不尽を少しでもなくしたいんだ。そうしていけば、多くの民が安心して暮らせる世の中がきっとくると思う。……甘いかな?」


「そんなことない。わたしも、シーラムをそういう国にしていきたいから」


「じゃあ、お互いに卒業したら、僕たち、協力し合わない? きっと今以上に、マレとシーラムは友好関係を築けると思うんだ」


 シュツェルツの灰色がかった青い瞳は、穏やかだった。遠くを見据えることで、悲しみから懸命に目を逸らそうとしているかのようなその表情に、マルヴィナは胸を突かれた。


「ええ、そうしましょう」


 涙声にならないように気をつけながら、マルヴィナはそう答えた。

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