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未来の女王陛下、初恋の君と再会する  作者: 畑中希月
第四章 マレの第二王子

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二十六 シュツェルツの不在

長めです。

 今日は一学期に二回しかないラトーンの休日だ。

 みんなで街に出るのも楽しそうだと思ったが、マルヴィナは友人たちと、郊外の森の近くまでピクニックにいくことにした。


 もちろん、お昼の材料は、買い出しにいって確保してある。調理はピクニック中に行うと聞いて、マルヴィナは張り切っていた。


 メンバーは、マルヴィナ、セオン、フィラス、シュツェルツ、スピリアンの五人だ。最近は、何かあると、この五人が自然に揃うことが多い。


 セオンとフィラス、それにスピリアンと、せっかく仲良くなったというのに、未だに初恋の君の解明が進まないのは、マルヴィナの不徳の致すところだ。


 今月開いたお茶会で、マルヴィナは複数の生徒から、セオンとフィラスの過去を訊こうと試みた。


 しかし、みな、ラトーンに入学してからの二人しか知らない、と何かに怯えたような様子で答えるばかりで、初恋の君を特定できるような情報は入手できなかった。


 双子の過去は、そんなに口にするのもはばかられるようなものなのだろうか……。


 というより、余計なことを言って、監督生たる二人に目をつけられたくない、と言ったところか。


 やはり、スピリアンを改めて問いただすか、本人たちに直接訊いてみるしかなさそうだ。


 十一月に入り 寒い日が続いていたが、ピクニック当日は太陽神リュロイのご加護か、晴れ渡り、暖かかった。


 学院から借りた一頭の馬に荷物を載せ、一行は徒歩で、秋の花々が揺れる、森の近くの野原に到着する。森は紅葉して美しく染まっており、故郷の山をマルヴィナに思い起こさせた。


 今日のメンバーはリオのことを知っている。マルヴィナは久しぶりに気兼ねなく、リオを外出させることができた。


 マルヴィナたちは火をおこし、調理を始めた。マルヴィナは鉄板でパンケーキを焼いていたが、見事に焦がしてしまった。「弱火で焼いたほうが良いですよ」と、スピリアンが親切に教えてくれる。……恥ずかしい。


 やがて、皿の上にパンケーキと、たくさんの肉と野菜が並び、マルヴィナは目を輝かせた。


 ちなみに、ちゃんと野菜も食べて下さい、と、念を押したのはラティーシャで、マルヴィナは仕方なく、大量の野菜を買うことにしたのだった。


 まあ、焼いてしまえば、何でもおいしいので、誰も文句を言わずに食べてくれて良かった。

 自分たちで作った料理でお腹がいっぱいになったあとで、話題は「卒業後、何をしたいか」に移った。


「フィラスは、確か、騎士になりたいのよね?」


 マルヴィナが確認すると、フィラスは頷く。


「はい。天馬騎士団に入るのが目標です」


 マルヴィナは、双子のもう一人に顔を向ける。


「じゃあ、セオンは?」


「わたしは、父の仕事を手伝いたいので、宰相秘書官を目指しています」


「ああ、やっぱり、君は政治家になりたいんだね」



 片膝を立てた格好でシュツェルツが言った。そういえば、彼は以前、セオンのことを政治家向きだと評していた。


 マルヴィナ以外に友人がいなかったシュツェルツも、近頃は自分からセオンたちと話すようになった。


 それだけではない。マルヴィナの風邪の一件で、シュツェルツとマレのイメージも向上したようで、シュツェルツを見る生徒たちの目が好意的なものに変わってきたのだ。

 とても良い傾向だと、マルヴィナはすっかりお姉さん気分である。


「イーニアスは大学にいくんだよな?」


 セオンがスピリアンに水を向けた。


「ああ。まだ、どこにいくかは決めていないんだけどな。国内の大学にしようか、それとも語学の勉強もかねて、異国の大学にいくか……」


「スピリアンは勉強が好きだものね。ルズは?」


 マルヴィナが訊くと、シュツェルツは「そうだなあ」と鬱蒼とした森のほうを見たあとで、呟くように言った。


「……僕は帰りたくない」


「え?」


 思わずマルヴィナは目を見開いた。シュツェルツはちょっと笑った。


「冗談だよ。ただ、僕はまだ卒業が当分先だから、あまり考えていないんだ。……ただ、やってみたいことは、漠然とならあるよ」


「何? 教えて」


「シーラムでは女性でも王になれるでしょ。初めてそのことを知った時は、衝撃的だったなあ。マレでは、女王は即位できないし、ましてや、女性騎士もいないからさ。しかも、女性は身分にかかわらず、財産や親の地位を相続できないしね」


 だとしたら、マレは女性にとってはずいぶん住みにくそうな国だ。だが、それを指摘するのは、シュツェルツに失礼な気がしたので、マルヴィナは何も言わなかった。


「ここにきて、マルヴィとも会って、マレは遅れているんだなって思った。だから、卒業して帰国したら、少しでも国を良くしたい。ほら、僕は女性が大好きだからね」


 シュツェルツはいたずらっぽく締めくくった。


「で、マルヴィは、何がしたいの?」


「わたしは、レオニス女公として、国王陛下のお手伝いをすることになるでしょうね。多分、今以上に毎日が勉強漬けだわ」


 みんなは、いっせいに笑った。


     *


 楽しい休日も終わったある朝、学校にいく用意を早めにすませたマルヴィナは、シュツェルツが迎えにくるのを待っていた。


 ノッカーの音がしたので、マルヴィナはラティーシャを制して、自分で扉を開ける。


「あ……」


 シュツェルツがいるはずのそこに立っていたのは、彼の護衛の騎士だった。


「おはようございます、レオニス女公殿下。わたしはシュツェルツ殿下づきの近衛騎士、エリファレット・シュタムと申します」


 エリファレットというのは、シーラム風の名前だ。それなのに、マレ人の彼がなぜ……。

 マルヴィナの疑問を察したのか、エリファレットは付け加える。


「わたしの父はマレ人ですが、母がシーラム人なのです。同じシーラムの血を引くシュツェルツ殿下には、大変良くしていただいております」


「まあ、そうなのですか。……それで、シュツェルツ殿下はどうなさったのですか?」


「殿下はご体調が優れないので、今日はご欠席なさいます。申し訳ございませぬが、こちらにおいでになることもできないので、わたしがそれをお伝えに参りました」


 マルヴィナは軽く驚いた。昨日別れる時まで、シュツェルツは元気だったのだ。


「急にお風邪でも召されたのですか?」


 思わずマルヴィナが尋ねると、エリファレットは困ったような顔をした。


「わたしからはそれ以上のことは……。申し訳ございませぬ。では、失礼致します」


 エリファレットは本当にすまなそうに、重ねて謝った。そのあとで、右手を胸に当て、頭を下げると、彼はいってしまった。


 マルヴィナは仕方なく、初めて一人で登校した。もちろん、護衛はついてくるが。


 朝の礼拝が始まる前、一人でいるマルヴィナを見かけたセオンとフィラスが声をかけてくれた。シュツェルツが休みであることを告げると、「寒くなってきましたから、風邪でも召されたのかもしれませんね」と、セオンが言った。


 マルヴィナの胸は痛んだ。マルヴィナが風邪を引いた時、シュツェルツは本気で心配してくれた。それなのに、自分は何もしてあげられないでいる。


 自由時間になったら、必ずルズのお見舞いにいこう。マルヴィナはそう決心した。


     *


 午後の活動が終わり、自由時間になった。別々に受ける授業の時以外は、いつもくっついているシュツェルツがいないというのは、思った以上に寂しいことだった。他の生徒に囲まれていても、何だか物足りないのだ。


(よし)


 学課自習を終え、教室を出たマルヴィナは、校舎を出発し、まっすぐに学院寮へと歩みを進めた。


 一人で寮の中に入るのは抵抗がある。だが、今はそんなことは言っていられない。セオンかフィラスについてきてもらおうかとも考えたのだが、何となくそれはシュツェルツが嫌がるような気がしたので、やめておいた。


 強い西日がマルヴィナを照らす。

 今の時間、寮に寄りつく生徒はいない。ジェニスタ氏寮と同じような作りの扉を開ける。


 廊下を進んでいくと、エリファレットが扉の前にたたずむ部屋があった。彼はすぐにこちらに気づき、目礼する。


 きっと、あれがシュツェルツの部屋だ。


 エリファレットに声をかけようとした時、その隣の部屋から人が現れた。


 部屋から出てきたのは、シュツェルツの侍医のアウリールだった。シュツェルツの部屋に向かうつもりなのか、こちらを向いたアウリールは、マルヴィナに気づいた。


「これは……女公殿下」


「アウリール殿、その節はお世話になりました」


「いいえ、お気になさらず。もしかして、シュツェルツ殿下のお見舞いに見えたのですか?」


「はい。殿下とお会いできますか?」


 マルヴィナの問いに、アウリールは彼らしくもなく口ごもった。心なしか、病人を診る側の彼も、やつれているような気がする。


「……申し訳ございませんが、今は、そっとしておいてあげて下さい。それが、今のシュツェルツ殿下には、一番のお薬かと存じますので」


「殿下はご病気ではないのですか?」


 マルヴィナが重ねて問うと、アウリールの顔に逡巡が走った。

 たっぷり迷った挙句に、アウリールはため息をつくように言った。


「……そうですね。女公殿下には、お話し申し上げたほうが良いかもしれません」


「いいのか、アウリール」


 シュツェルツに聞こえないようにと気遣ってか、潜めた声をかけてきたのはエリファレットだ。


「責任は、俺が取る」


 アウリールは短く答えると、マルヴィナにふっと笑いかけた。


「場所を移しましょうか、女公殿下」


「はい」


 マルヴィナは、先を歩き出したアウリールについていくことにした。シュツェルツに何が起きているのか知りたかったし、アウリールには風邪を治療してもらった縁もある。


 外に出ると、夕暮れは先程よりも深まっていた。


「この辺りでよろしいでしょう。わたしたち以外に、誰もおりませんし」


 到着したのは、寮の近くの中庭のひとつだった。大きなにれの木の下まで歩き、アウリールはマルヴィナに座るよう促した。


 マルヴィナは橙色の木漏れ日に目を細めながら、大樹を見上げた。


「前に、ここで、シュツェルツ殿下とお話したことがあります」


「さようですか。ここは、シュツェルツ殿下のお気に入りの場所ですから。外でお話しをなさる時は、決まってこちらを選ばれます」


 アウリールはマルヴィナの隣に、少し距離を置いて座った。


「……さて、何からお話し致しましょうか」


「ずっと気になっていたのですけれど、あなたとシュツェルツ殿下がどう出会われたのかも、できれば知りたいです」


「それはそれは……。長い話になりそうです」


 束の間、目を閉じたあとで、アウリールは語り始めた。

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