二十五 お見舞い
アウリールが離れを出たことを確認すると、シュツェルツは隠れていた木陰を離れ、彼の前に進み出た。
「アウリール、ちょっといいかな」
「おや、殿下。礼拝はどうなさったのです? 早く向かわれないと、遅刻なさってしまいますよ」
アウリールがそう言った時、朝の礼拝の開始を告げる鐘の音が鳴り響いた。
「別に構わないよ。どうせ遅刻さ。それより……」
シュツェルツは、アウリールの瞳をまっすぐに見上げる。
「どうしてマルヴィナ殿下に、あんな風に試すようなことを言ったのさ。彼女は僕の友人だよ!?」
アウリールはいたずらっぽく笑う。
「ですから、そのご友人がどんなお方なのかを、わたしもよく知りたいと思いまして」
怒っているのも馬鹿馬鹿しくなって、シュツェルツはため息をついた。
アウリールはある事件がきっかけで、王族や貴族に敬意を払うことをやめている。
そんな彼が変わらず侍医を務めてくれるのは、まだほんの子どもに過ぎない自分への忠誠心からだと、シュツェルツは知っていた。
それ自体はありがたいのだが、困ったことに、アウリールは時折、シュツェルツの保護者のように振る舞うのだ。
確かにシュツェルツも、アウリールを実の兄以上に思っているが、今回のようなことをされるのは困りものだ。ちゃんと釘を刺しておく必要があるだろう。
「……子どものお友達チェックをする、貴族の馬鹿な親みたいなことは、やめてくれるかな?」
「わたしはそんな野暮なことは致しませんよ。レオニス女公殿下とは、是非、末永い友情をお築きになって下さい。――では」
にこりと笑いそう言うと、アウリールは去っていった。
シュツェルツは確信した。わざとマルヴィナに聞こえるように、アウリールは校医を頼るべきだと説いたのだ。マルヴィナがそのあと、どんな行動に出るのか様子を見るためだろう。
そもそも、最初からシュツェルツをいさめる気なら、要請に従って、わざわざマルヴィナの部屋までついてくること自体がおかしい。
(具合が悪いのに、マルヴィには、悪いことをしちゃったな……)
埋め合わせをしなければ、とシュツェルツは思った。あとでお菓子でも持っていこうか……。でも、風邪が治るまで、ラティーシャの料理とアウリールの薬以外は口にしない、と言っていたし。
そう考えながら、踏みならされた道を移動し、神殿内に入る。
神官の資格も持つカミーリア校長が、説教をしている最中だった。静まり返ったその中を、シュツェルツは空いた席を探しながら進む。
その途中、視界に見慣れた金髪が映る。フィラスだ。フィラスはこちらに気づくと、早く座れと言うように、空いている彼の隣の席を指し示す。
前ほどフィラスのことをうざったくは思わなくなったシュツェルツは、素直に従った。これもマルヴィナのお陰だ。
(埋め合わせ……か。別に物じゃなくてもいいんだよな)
座ったあとで、フィラスの顔をちらりと見たシュツェルツの脳裏に、ある思いつきがよぎる。
本当は、自分以外の男にはマルヴィナに近づいて欲しくない。でも、彼女は昔優しくしてくれた少年がアスフォデル兄弟のどちらなのかを知りたがっていて、二人との友情を頑張って築いている。
その少年は、きっと、マルヴィナにとって大切な存在なのだ。
(……僕がちょっと我慢すれば、すむ話じゃないか)
校長の説教を上の空で聞きながら、シュツェルツはある決心をした。
*
「お嬢さま、お見舞いにアスフォデルのご兄弟がお見えになりましたよ」
ベッドに横たわり、うつらうつらとしていたマルヴィナは、ラティーシャの言葉に飛び起きた。そうか。鐘の音にも気づかなかったが、今は自由時間か。
「ラティーシャ、わたし、髪がぼさぼさじゃない?」
「そうですね、今、とかして差し上げましょう」
マルヴィナの髪を整えたあとで、ラティーシャは双子を呼びにいくために出ていった。
(まさか、二人がお見舞いにきてくれるとは思わなかったなあ)
ちょっとドキドキしながら、マルヴィナは彼らの登場を待った。
しばらくして、セオンとフィラスが入室してくる。
「失礼致します。女公殿下、お加減はいかがですか?」
セオンに問いかけられて、マルヴィナはほほえむ。
「お薬も飲んだし、じきに良くなると思うわ。ただ、熱っぽいのと喉が痛いのが辛いけれど。今日のわたしの声、変でしょう?」
「……では、これを」
そう言ってフィラスが差し出してきたのは、小さな包みだ。
「開けていい?」
「どうぞ」
セオンに促され、包みを開けると、中には色とりどりのキャンディーがたくさん入っていた。
「ありがとう! これをなめている間は、喉の痛みも忘れられそう」
アウリールとの約束があるから、治療中は口にできないけれど、風邪が治ったら大事に味わおう。
「喜んでいただけて良かった。な、フィラス?」
セオンに肘で小突かれて、フィラスは困ったような顔で、「まあ……」と答えた。そんないつも通りの双子を、マルヴィナはにこにこしながら眺めた。
「二人がきてくれて嬉しいわ。はい、フィラス。リオを撫でる?」
双子の来訪に興奮気味のリオを、マルヴィナは両掌に乗せて差し出した。リオをちょっと撫でると、いつもとは違い、落ち着かない表情をしていたフィラスが、意を決したように口を開いた。
「……実は、殿下」
「何?」
「我々に女公殿下がお休みであることを知らせて下さったのは、シュツェルツ殿下なのです。我々がお見舞いにいけば、きっと喜ぶだろうと助言をして下さったのも、シュツェルツ殿下で……」
「え、ルズが?」
いつも、彼がいない時は、シュツェルツ殿下と呼んでいるのに、思わず愛称を口にしてしまった。
もしかして、朝のことを気にしているのだろうか。確かに、一気に話しすぎて喉が一時的に痛くなったけれど、アウリールに治療を引き受けてもらえたし、彼が処方してくれた薬は効いている気がする。
(そんなに気を遣わなくてもいいのに……)
そう思う一方で、やはりシュツェルツの優しさが嬉しく、マルヴィナは顔をほころばせた。
それにしても、自分を喜ばせるために双子を送り込むとは……。もしかして、ぼかして伝えた初恋の君のことが、とっくにシュツェルツにはばれているのだろうか。
セオンが苦笑した。
「フィラス、シュツェルツ殿下には黙っているように言われただろう」
「ですが、それではフェアではないと思います」
フェアではない? 何のことだろう。マルヴィナが小首を傾げていると、フィラスが畳みかけるように言った。
「何でもありません。何でも」
「ええ、ああ、はい」
よくわからないまま、マルヴィナは頷いた。
(でも、お見舞いにもきてもらって、セオンとフィラスとも、だいぶ友達っぽくなってきた……かな?)
そう思うと何だか嬉しく、マルヴィナと双子は、自由時間が終わるまで、雑談をして楽しい時を過ごした。
喜びが勝ったせいか、それとも薬のお陰か、喉の痛みも、あまり気にならなくなっていた。
*
風邪が治り、登校したマルヴィナは、アウリールに告げた通り、自由時間を活用して、校医のハロルド・サリックスに謝りにいった。
ノックをして医務室に入ると、サリックスは驚いた顔をして立ち上がる。
「これは、女公殿下! ……お風邪を召したと聞き及びましたが、お加減はもうよろしいのですか?」
「はい。風邪のこと、真っ先に先生にお診せできなくて、申し訳ありませんでした。今回は、なりゆきでマレのお医者さまに診ていただきましたが、次に何かあったおりは、先生を頼ろうと思っております」
「いいえ、とんでもないことでございます」
人の良さそうなサリックスは平身低頭していた。この人よりは、アウリールのほうが頼りになりそうな気がする……と、失礼なことをマルヴィナは思った。
何だかんだ言って、アウリールは毎日往診にきてくれたし、薬もよく効いた。
もちろん、毒を盛られることもなかった。シュツェルツは、「ね、アウリールは優秀でしょ?」と胸を張っていたものだ。
マルヴィナの背後では、護衛のアレクシスが目を光らせている。例え教師といえども、マルヴィナが誰かと二人きりになる時は、彼女たち護衛も室内に入ることになっていた。
セオンやフィラスのように、「安全」だと見なされた人物はこの限りではないが。
少し息苦しいが、次期女王である自分の立場を思えば、致し方ない。
「それでは、失礼致しました」
マルヴィナは、アレクシスとともに医務室をあとにした。
この騒動のあとに訪れた十月十五日は、シュツェルツの十四歳の誕生日だった。
何をプレゼントしようか迷ったマルヴィナは、自由時間にシュツェルツをお茶に招き、領地から取り寄せた香草茶を何種類かセットにして贈った。
一国の王子さまに対して質素すぎるプレゼントでは、とマルヴィナは心配していたのだが、シュツェルツは瞳を輝かせて喜んでくれた。
マルヴィナも心が温かくなり、来年もまた何か贈ろう、できれば盛大なお誕生日会もしたい、と思ったのだった。




