十二 後悔と名案
足の疲れが取れてきたので、マルヴィナは再び歩き出すことを提案した。了解したセオンとフィラスは、マルヴィナの部屋があるという離れに連れていってくれた。
高祖母が使っていたというその離れは、民家のようなたたずまいだった。ポーチには、マルヴィナたちが乗ってきた馬車が止まっている。もう、荷物は運び込まれたあとだろうか。
マルヴィナは、セオンとフィラスに向き直った。
「二人とも、ありがとうございました」
「いいえ。これも我々の仕事ですから」
兄弟を代表して答えたセオンが、思い出したようにつけ加える。
「殿下、我々に敬語をお使いになる必要はありませんよ。未来の女王になられる方には、もっと偉そうにしていただかなくては」
「そうかしら」
「そうですよ。なあ、フィラス」
「……異存はありません」
「じゃあ、そうさせてもらうわ。ええと、あなたたちのことは、何と呼べばいいのかしら?」
「セオンとフィラスで結構ですよ。最初は、アスフォデル兄とか弟とか呼ばれていましたが、皆が混乱をきたし始めたので、教師も生徒もそう呼ぶようになりました」
外見がこれだけ似ていれば、無理もない。セオンの話にひとしきり笑ったあとで、マルヴィナはほほえんだ。
「それじゃあ、よろしくね、セオン、フィラス」
「はい、こちらこそ。昼食の時間に、またお迎えに上がります」
「……では、失礼致します」
セオンとフィラスはカミーリアに報告にいくのか、校長邸に向けて歩いていった。
二人の背を見送ったマルヴィナは、あることに気づき、愕然とした。
(結局、訊き出せなかった……)
何ということだろう。せっかく三人の時間を持てたのに、初恋の男の子が双子のどちらだったのか、訊き出すどころか、話を切り出すことすらできなかった。
ぐるぐると後悔しながら、離れの扉をノッカーで叩く。中から現れたのはラティーシャだ。
「あら、お嬢さま、お帰りなさいまし」
ラティーシャのうしろをついてきたリオが、走り寄ってくる。マルヴィナはしゃがみ込んで、リオを肩に乗せた。
「……ただいま、ラティーシャ」
今、初めてこの家に足を踏み入れたのに、「お帰りなさい」と言われるのは、何だかおかしかったけど、今のマルヴィナは意気消沈していて、突っ込みを入れる余裕はなかった。それに比べて、ラティーシャの声は弾んでいる。
「このお家、長い間使われていなかったのに、きちんと補修がされていて、なかなか住みやすそうですよ」
玄関に入ると、すぐ居間があり、ドゥーガルドが座って紅茶を飲んでいた。
「やあ、マルヴィ。荷物は全部運び込んでおいた。お前の部屋はラティーシャが整えてくれたよ」
「ありがとうございます、叔父さま。それにラティーシャも」
「いいえ。あ、そうだわ、お嬢さまの本は手つかずにしておきました。本棚はあるのですけれど、お嬢さまなりの並べ方があると思いましたので」
「それで構わないわ。わたし、本をしまってくる」
「お嬢さま、そちらはわたしの部屋です。もうひとつ、つけ加えておきますと、一番左の部屋は、アレクシス卿ら護衛の方のお部屋です」
ラティーシャに言われ、マルヴィナは謝りながら、真ん中の、他より少しだけ豪華な扉を開けた。
部屋は小さいが、綺麗に掃除され、ベッドも整えられている。さすがラティーシャだ。
リオをベッドの上に放したマルヴィナは、がくりと膝を突き、真新しいシーツに顔を突っ伏した。
(ああ! わたしの馬鹿! どうして、訊けなかったのよー!)
どすどすと硬めのベッドを叩いていると、もう片方の手に柔らかな感触がした。顔を上げる。何かを察したのか、リオがマルヴィナの手を小さな舌で舐めていた。
「リオ……」
マルヴィナはベッドに座り、リオを両掌で包み込み、抱き締めた。リオの言葉は分からなくとも、元気づけられているような気がする。
「そうだよね。落ち込んでいても仕方ないわ」
また会えただけでも、奇跡みたいなものなんだから。
その台詞は、何だか気恥ずかしくて、口には出せなかった。
しかも、とびきりかっこよく成長した「彼」と再会できたのだ。……それだけに、双子のどちらが「彼」なのか分からないところが、ものすごく悩ましいのだけれど。
しかも、彼らが宰相閣下の子息だとは。
世間、というか、貴族社会は思ったより狭いのかもしれない。ユリーズに苦手意識のあるマルヴィナだが、今度会う時は、もう少しにこやかに接したいものだ。
もうひとつ気になることがある。
セオンとフィラスは、ドゥーガルドと知り合いだった。それなのにどうして、七年前、叔父を見つけたマルヴィナの前から、姿を消してしまったのだろう。
知り合いなら、一言くらい挨拶していけば良かったのに。そうしたら、ドゥーガルドを介して、マルヴィナと「彼」は友人になれていたかもしれない。
(まあ、今更言っても仕方ないわ。これからよ、これから)
気持ちを切り替えたマルヴィナは、机の上に積み上げられた本を手に取り、背表紙を確認しながら、本棚に入れていった。とはいえ、荷物が多くなってしまわないように、本は最低限しか持ってきていない。
ジャンル別に本を納めていき、最後の一冊を手に取った時、マルヴィナは、はたと気づいた。
「そうだ! 直接訊こうとするから、不安になって、言い出しにくくなるんだわ!」
「お嬢さま、何かおっしゃいましたか?」
居間からラティーシャの声が聞こえたので、マルヴィナは慌てて「何でもない!」と叫んだ。どうやら、この離れは壁が薄いらしい。
声を出さずに、マルヴィナは自分自身に確認した。
(これから友達を作って、交友関係を広げて、セオンとフィラスの情報を集めていけばいいのよ。そうしていけば、そのうち、どちらがあの時の男の子だったのか、分かるはずだわ。それなら、もし、向こうがわたしのことを覚えていなくても気まずくならないし。時間はかかるだろうけど、この方法が一番安全だわ)
うん、名案だ、と思いながら、マルヴィナは最後の一冊を本棚に入れたのだった。