十 アスフォデル兄弟
(アスフォデル?)
宰相と同名の人物がこの学院にいるのだろうか。そこまで考えて、マルヴィナは、あっと声を上げそうになった。
そう言えば、ユリーズは言っていた。息子たちがラトーンに在籍していると。
カミーリア校長が使用人に指示を出す。
「そうか。では、彼らをこちらに呼んでくれ」
使用人は「アスフォデルさまがた」と言っていたし、カミーリアも「彼ら」と口にした。ということは、おそらくユリーズの息子が複数、この屋敷の玄関ホールかどこかにいるということだ。
一体、どんな人たちなのだろう。
興味はもちろんあるが、もし父親そっくりだったらと思うと、会うのが怖い気がする。
「先生、呼んだのは、アスフォデルのやんちゃ坊主たちですか?」
子息たちとも知り合いらしい叔父ドゥーガルドが尋ねると、カミーリアはのんびりとした口調で答える。
「もうやんちゃ坊主ではないよ。立派なもので、今や監督生だ」
「ほう、もうそんな歳ですか。もしかして、二人とも監督生に?」
どうやら、在籍中のユリーズの子息は二人らしい。三、四人でなくて良かった。
カミーリアは誇らしげに頷く。
「ああ、二人ともだ」
「それはそれは。血は争えませんね」
「叔父さま、監督生って?」
マルヴィナが口を挟むと、ドゥーガルドはいたずらっぽく笑った。
「寮ごとに一人ずつ任命される生徒の代表だよ。その名の通り、生徒を監督するのさ。成績やゲームズの実績、人柄で選ばれるんだが、ある意味、教師よりも怖いぞ。宰相閣下も、昔は監督生を務めていたんだ」
……ますます会うのが怖くなってきた。
主人の命を受けて使用人が立ち去ってから、程なくして、扉をノックする音がした。カミーリアが許可を出すと、扉が開く。
いよいよ、ユリーズの子息たちのお出ましだ。
彼らが姿を現す瞬間を、マルヴィナは固唾を呑んで見守った。
「失礼致します」
部屋に入ってきたのは、一人の少年だった。窓から差し込む陽光を反射して輝く、プラチナブロンドの髪、引き締まった端正な顔を彩るサファイア色の瞳。背は高く、均整が取れている。
その面影は、記憶の中にある誰かに似ていた。
(この人、もしかして……!)
そう、目の前の少年は、マルヴィナが七年前に出会った男の子が成長したら、かくや、と思われる姿そのものだった。
もし再会できたとしても、月日がたちすぎていて、分からないのでは、と思ったこともあったが、自分の記憶力も捨てたものではない。
そうだ。ユリーズと初めて会った時に、誰かに似ていると思ったのだ。あれは彼に、あの男の子の面影を、無意識に見出していたからだったのだ。
「失礼致します」
運命の再会に打ち震えるマルヴィナの耳に、初恋の君のものと似た声が届いた。
新たに入室してきた少年の姿を目にして、マルヴィナは固まった。
もう一人の少年の姿は、先程現れた彼の兄弟と生き写しだったのである。
「え? ……あ、ええ?」
二人に分裂した(?)初恋の君を前に、うろたえるあまり意味不明な声を発していると、ドゥガールドが小憎らしい笑顔を浮かべて言った。
「どうだ、驚いただろう? 宰相閣下のご子息は、双子の兄弟なんだ。見分けがつかないくらいそっくりな、な」
(何これ? 何これ!? これじゃ、どっちが「彼」か、分からないじゃない!)
相変わらず、パニックの最中にいるマルヴィナの耳に、ドゥガールドとアスフォデル兄弟の声が聞こえてきた。
「お久し振りです、コーア伯爵閣下。でも、見分けがつかない、とは酷いな。ちゃんと髪型を変えているのに。な、フィラス」
「……ええ」
フィラスと呼ばれた、長い髪を高い位置で結んでいる少年が、おもしろくもなさそうな声で答えた。無愛想なところは、父親によく似ていると言うべきか。
「お、そっちがフィラスか。じゃあ、君はセオンだな?」
ドゥーガルドがセオンと呼んだ、髪を毛先のほうで結んでいる少年は、「はい」と返答し、苦笑しながらフィラスの肩を叩く。
「ほら、お前も伯爵閣下にご挨拶しろ」
仕方がないと言った体で、フィラスは口を動かした。
「……お久し振りです」
(うーん、感情が読み取れるだけ、お父君よりは人間的かな……?)
だいぶ冷静さを取り戻してきたマルヴィナに、ドゥーガルドが言った。
「マルヴィ、好青年のほうが兄のセオン、無愛想なほうが弟のフィラスだ」
舞い上がったり、墜落したりで、二人に自己紹介をするのを忘れていたことに気づき、マルヴィナは冷や汗とともに居住まいを正す。
「初めまして。レオニス女公、マルヴィナ・クロティルダと申します」
兄弟のどちらかは、以前に会っているはずだけれど、今この場ではっきりさせるのは、叔父や校長もいる手前、どうにもためらわれた。もしも忘れられていたら傷つくし。
少年たちはマルヴィナに向け、左胸に右手を当て、深く頭を下げた。兄弟を代表して、セオンが口を開く。
「初めてお目にかかります、殿下。このたび、父の命を受け、あなたのお世話係を務めることになりました。校長からも許可は得ておりますので、何でもお申しつけ下さい」
「は、はい。よろしくお願い致します。……ですが、監督生のお仕事もあるのに、そんなことまで頼んでしまって、よろしいのでしょうか?」
「むろんです。レオニス公のお世話をさせていただくことは、ラトーンの生徒にとって誉れですから」
爽やかに言い切られてしまい、思わずマルヴィナは、ぽーっとなりそうになった。
(はっ、まずいまずい!)
自分に喝を入れ、平常心を取り戻そうと努める。
カミーリアがアスフォデル兄弟に呼びかけた。
「セオン、フィラス、お世話係としての君たちの最初の仕事だ。殿下をお連れして、学院内をご案内してくれ」
「はい」
声の調子は異なるものの、セオンとフィラスは揃って答えた。さすが双子である。
「叔父さまは、どうなさいます?」
マルヴィナが訊くと、ドゥーガルドはちょっと考えてから答えた。
「俺は、もう少し先生とお話してから、ラティーシャと合流して、お前の荷物を部屋に運び込んでもらうよ。気にせず、いっておいで」
「はい、頼みます。……では、お二方とも、よろしくお願い致します」
マルヴィナが緊張とともに、アスフォデル兄弟に向けて言うと、セオンはにっこりとし、フィラスはしかめっ面をした。
(うーん……)
順当に育っていれば、あの時の男の子は、セオンだろう。だが、マルヴィナと出会ったあとで何かあったのかもしれないし、そうと決めつけるのは早計な気もする。
「では、参りましょうか」
セオンが呼びかけてきたので、マルヴィナは思考を打ち切る。ドゥーガルドとカミーリアに短く別れを告げ、アスフォデル兄弟のあとに続いた。