表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
未来の女王陛下、初恋の君と再会する  作者: 畑中希月
第一章 王宮へのいざない
1/52

プロローグ 七年前の戴冠式にて

 美しい窓枠にはめ込まれた色ガラスを通して、陽光が光の水たまりを作り出している。その床の中央に敷き詰められた深紅の絨毯の上を、毛皮の縁取りがされた赤いマントをまとった一人の青年が、颯爽と歩いていく。


 広間の奥には段差があり、その中心にしつらえられた玉座の前で、黒髪の青年は立ち止まった。玉座の脇にたたずんでいた大神官が、青年の前に進み出る。


 大神官の祈祷と、青年による宣誓が行われた。そのあとで、大神官は宝剣や王笏など、王室に代々受け継がれる宝を青年に授ける。最後に、大神官は王冠を恭しく手に取り、青年の頭上に載せた。


「神々の加護を受けた偉大なるシーラム王国、第十八代国王クレメント二世!」


「偉大なるシーラム王国、第十八代国王クレメント二世!」


 新国王の誕生! 大神殿の大広間に集った人々が、大神官の宣言に、いっせいに唱和した。

 クレメントは、今日から自分のものとなった玉座に、優雅な動作で腰かけた。


     *


 新王妃の戴冠も終わり、式に出席した人々は大神殿を出ると、王宮に移動を始めた。列席者たちをもてなすために、大広間ではたくさんの料理や酒が用意されている。とはいえ、新国王と新王妃が現れるまでは、まだ時間があるため、回廊では多くの人々が、久しぶりに会った友人知人たちと話の花を咲かせていた。


 大人ばかりの人の合間を、一人の少女がおぼつかない足取りで歩いていく。


「――おじさま……どこ――?」


 年齢は七、八歳。式典用に結い上げられた金褐色の髪と、エメラルドグリーンの瞳を持つ、はっとするほどに愛らしい少女だ。ピンク色のふんわりとしたドレスが、白い肌によく映えていて、精巧に作られた人形のようだ。


 どこまでも続くような長い長い回廊を歩きながら、少女は必死に辺りを見回す。目が合った貴婦人が、すぐにその目をそらし、話し込んでいた女性に、声を潜めて告げる。


「確か、あの子、先代の国王陛下と王位を争った例の……よく、戴冠式に顔を出せたものね」


 少女を見下ろす大人たちの視線は冷たい。誰にも助けを求められなくて、溢れ出る涙をごしごしと拭いながら、少女は途方に暮れて立ち尽くす。


「ねえ、君、お父君かお母君を捜しているの?」


 突然、声をかけられて、少女はびくりと顔を上げた。

 そこには、少女より少しばかり年上の少年が立っていた。少女は一瞬、呼吸が止まる思いがした。

 きらきら輝く、少し伸ばしたプラチナブロンドの髪に、金色の長い睫毛に縁取られた、優しそうなサファイア色の瞳。幼いながらも端正な顔立ち。

 王子さま、みたい、と思わず少女は思った。

 少年が小首を傾げたので、少女はようやく、自分にかけられた問いを思い出した。


「お、おじさまを捜しているの」


「おじ君とはぐれたのは、どこか分かる?」


「あちら。でも、戻ってみたけれど、おじさまはもういなくて……」


「行き違いになったのかもしれないね。ついてきて。心当たりのある場所があるんだ」


 そう告げると、少年は手を差し出してきた。離れないでね、とでも言うように。少女は、おずおずとその手を握った。少年は、にこりと笑う。


「君、名前は?」


「……マルヴィナ」


 はにかみながら、マルヴィナは名乗った。回廊を歩きながら、少年が尋ねる。


「マルヴィナは、どうして迷子になったの?」


「おじさまが、お知り合いの方と会って、お話を始めてしまったの。全然終わりそうになかったから、つまらなくなって。それで、わたし、お城の探検を始めてしまって……」


「なるほど。大人の話って、長いものね。ところで、おじ君って、どんな方だい? 僕も知っていたほうが、捜しやすいと思うんだ」


「おじさまはね、とっても綺麗な長い亜麻色の髪をお持ちなの。おじさまといっても、まだ若くてかっこいいのよ。それに優しくて、とっても頼りになるの!」


 マルヴィナが満面に笑みを浮かべて熱っぽく語ると、少年は苦笑した。


「そう。君のおじ君は、とてもすてきな方なんだね」


「うん。ね、あなたのお名前は?」


 今度はマルヴィナが問うと、少年は大きな目をこちらに向けた。


「僕は――」


 豪華な装飾がされた、大きな両開きの扉が見えてきた。その前にたたずむ、落ち着かなく辺りを見回している若者の姿を目にしたとたん、マルヴィナはぱっと表情を輝かせた。


「おじさま!」


 少年がそっと手を離したのにも気づかず、マルヴィナは主人を見つけた仔犬のように、叔父に駆け寄る。

 はー、と長いため息をつくと、叔父はマルヴィナを抱き締めた。


「マルヴィ、良かった……。急に姿が見えなくなったから、心配したんだよ」


「ごめんなさい、おじさま」


 マルヴィナが眉尻を下げると、叔父は仕方なさそうにほほえむ。叔父はこの顔に弱いのだ。


「それにしても、よくここが分かったね。誰かに連れてきてもらったのかい?」


 そう言われて、マルヴィナはようやく少年のことを思い出した。叔父を見つけた嬉しさと安心感で忘れていたけれど、まだお礼も言っていない。


「あのね、あの子が――」


 慌てて振り返ると、もうそこに彼の姿はなかった。

 マルヴィナの淡い「初恋」は、こうしてあっけない幕切れを迎えたのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ