妖精と初めての
気が付いたら巨大な妹がこちらを覗き込んでいた。違和感が凄い。前も思ったが別世界だな、これは。
「リンク率六十三パーセント。大丈夫のようね」
巨人が喋った。いや、リンだけど。
寝ている状態から起き上がる。
(よろしくお願いしますね。イアさん)
脳内に声が響いた。念話かな?
(あぁ、シィルよろしくな)
(はいですよー)
右手を持ち上げて何度か握ったり開いたりと確認する。自分の体よりも随分軽く感じる。初めての体は違和感が酷い。少しずつ慣らしていこう。
「お兄ちゃん、乗れてるわよね?」
「ああ、大丈夫だ」
立ち上がり、改めて周囲を見回す。
二面を透明な強化プラスチックに覆われ、壁には半面を覆うほどの大型の鏡が設置されている。
まるで水槽の中にいるような気分になってくる。もう片方の壁にダンジョンへと続く少し大きな扉が設置されていた。
『てすてす、こっちも聞こえる?』
端末を通して聞こえる遠距離通信。ちなみに、リンの声はシィルにも聞こえるが、逆は聞こえないらしい。俺の声は口に出せば二人に届く。念話はシィルにだけ届くらしい。
「少し頭に響く気がする。もう少し音量下げれるか?」
『これくらい?』
「それくらいで頼む」
次は装備の確認だ。
「思ったより軽いな」
立て掛けてあった槍を手に取り鏡へと向かう。
二度三度と振るい、違和感を調整していく。それにしてもハイスペックだ。通常の人間の肉体能力をステータスにすると平均10になるように数値が設定されているらしいので、単純に倍以上の力があるという事になる。ほっそい腕なのになぁ。
軽く流してから槍を立て掛けさらに鏡へと近づいた。
「ふむ……」
(かわいいでしょ)
脳内でシィルが胸を張る姿が目に浮かぶようだ。
(かわいいかわいい)
(もう)
おざなりに答えたが、鏡の中の姿は正直可愛すぎて困る。この姿を動かして戦うんだからすごいよなぁ。
右を向いて、左を向いて、腕を触った後、両手でゆっくりと胸を揉んでみた。
「あ、柔らかい」
『ガンッ』
痛っ。頭に拳を入れられたような痛みが走った。シィルの空気魔法か?
(何やってんですか、何やってんですが、何やってんですか、何胸揉んでるんですか!)
『何やってんの!』
大音量のクレームで頭が壊されるかと思った。
「い、いや、肉体能力を把握しておこうかと思って」
だって気になるじゃん。
『そんな所まで把握する必要はありません!』
(さいてーです、さいてーです、さいてーです!)
頭が痛い。特にシィルの声が頭の中で響く感じできつい。
「あの、もうちょっと音量を下げてくれると」
『お兄ちゃん?』
(だったらあんなことやらないでください!)
まずい、リンはかなり怒ってる。シィルも若干声が厳しい。
「いや、女性型の電脳妖精に乗った時には胸を揉むという伝統があって」
これはマジだ。妖精に適用したのがまずかった。
『そんな伝統捨ててください』
でんすて頂きました。声のトーンが低い。こっわいわぁ。
(さいてー)
二人の小言がしばらく続いた……
「すいませんでした」
謝れたのは数分後だった。
『もう、時間あんまり余裕ないんだから馬鹿なことやめてよね』
「はい」
やっとお許しがもらえたので鏡に向き直る。簡単に終わらせよう。
ストレッチするように順番に関節を動かしてみる。
その後胸に触らないように気を付けながら軽く各所を叩く。
最後に確認のため膝下まであったスカートをたくし上げた。鏡の中では天使かと思うほどの美少女がスカートを自分でめくり上げていた。なんて心躍る光景だろう。
そして、そのスカートの中からはもちろん……ライトブラウンの短パンが覗いていた。
「あ、短パンか」
『ガンッ』
再び頭に衝撃。
(何やってんですか、何やってんですが、何やってんですか、何スカートめくってるんですか!)
『お兄ちゃん、何やってんの?』
リンの声は大きくはなかったが低くて威圧感が半端なかった。
「いや、これは装備確認でいざというときのための……」
『装備確認でスカートめくるの?』
(さいてー、ほんとさいてーです、すけべです)
「伝統的な装備確認方法なんだよ」
『そんな伝統捨ててください』
「はい」
でんすて二回目頂きました。
シィルも頭の中で騒いでるが、リンがかなりマズイ。有無を言わさない迫力がある。
『そもそもお兄ちゃんは……』
あ、これ長くなる奴だ。
「時間、余裕ないんじゃ」
『黙りなさい』
「はい」
やべぇ、この妹やべぇよ。兄に向ってなんて冷たい声が出せるんだ。そしてゴミを見るような目は止めてください。
この後、二人掛かりの説教は十分近く続いた。
解せぬ……
『分かった? 一般的に女性に対してセクハラになるようなことは妖精にもしちゃダメなんだからね』
(そうです、その通りです。えっちなのはダメです)
「分かったよ。悪かったって」
いざ出発する段階になっても念押しされた。信用無いなぁ。
『グランさんとの待ち合わせの時間が迫ってるわ。今回はギルドの中も少し時間をかけて見たかったのに』
「急いで向かう」
説教が無ければ少しは見て回れたんだけどな。いや、何も言うまい。
『ええ、そうするしかないわね』
扉を開けると、上街と呼ばれるダンジョン探索者特区が広がっていた。
地上に出てきてくれるダンジョン原住民や電脳妖精達向けに十分の一サイズで作られた街。
武器屋・防具屋・雑貨屋等メインストリートに並ぶ色々な店を横目に組合へと急いだ。
『偽装と気配遮断と隠密は常に使うように』
「りょーかい」
今の状態で見つかってもプレイヤーはバレないだろうが、何があるか分からないからな。自己防衛のためだ。
しっかし、電脳妖精ってすごいよな。すれ違う人達は一部の機動人形はメカメカしいというかどう見てもロボットなのだが、それ以外は人間が歩いているようにしか見えない。まぁ、武装してる時点で日常とは間違えようがないが、表情までしっかりと動いている新型なんかは妖精と見分けがつかないのではないだろうか。
たまに露出が異様に多い人もいてドキッとする。それ、防具の意味ないですよね。似合ってるからいいけども! うらやまけしからん。
『お兄ちゃん?』
おっとしまった、今リンは俺の視界をモニターしてるんだった。もちろんシィルも見えているだろうし。なんでもないよと視線を逸らす。
ダンジョン内は上層はともかく他国の入り口と合流する十階層以降は安全とは言い難い。スキルチップや装備、コア狙いの盗賊まがいはそこそこいるらしい。自衛のためのモニタリングと録画は必須と言っていいだろう。保険程度にしかならないだろうが。
メインストリートを真っすぐに進むと前回も訪れたギルドの建物に突き当たる。ダンジョンへの入口を建物に内包していることもあり、ギルドの建物を中心に街が作られれていると言っても良い。
「おお」
建物内は相変わらず電脳妖精や装備の見本市のようだった。かなり大きめのフロアなのに気を付けないと人に当たってしまいそうなくらいには混雑している。機動人形の時と違って堂々としていられるのが嬉しい。こちらを気にしている視線も全く感じない。
正面入り口から入って右手には登録や依頼の受付や買取を行うカウンターが並び、人々が列を作っている。左手の奥には掲示板が並び多くの人が立ち止まり内容を吟味しているようだ。そして、正面奥にはダンジョンへの入口と待合室的なロビー。その手前には出入りを確認するゲートが見える。
「あの掲示板は依頼が貼ってあるのかな?」
前回は目立たないように受付で簡易登録した後まっすぐ入口へ向かったので、ゆっくりと眺めるのは今回が初めてだ。
『多分そうだと思うけど、行ってみれば分かるわね』
(面白そうなんでちょっと見てみませんか?)
リンに伝える。
『時間が無いから軽くよ。軽く』
掲示板に近づくと予想通りに依頼が表示されているのが見て取れた。かなり細かく分類されているようで、手前から奥へと難易度順で並べられているようだった。
手前の方は人が多すぎて近付けなかったので中間ほどの依頼をいくつか見てみる。
『求:万能薬一個から』『求:若返りの薬一粒から』『求:中級回復スキルチップ』『求:LV3魔石』
万能薬と若返りの薬は人気で複数の依頼が張り出されていた。値段がピンキリで十倍くらい違ったりする。依頼を出すだけでもお金がいるはずなのに、無謀に安い依頼とかもったいない。
「薬系を人間に使う場合は十個いるんだっけ?」
『そうよ。それより少なくても効果が出る場合もあるらしいけど、十個がベストって結論が出てるわ』
そう考えると若返りの薬なんて一粒一千万円の依頼があるから、十粒で一億円か。一億円で一歳の若返り、高いのか安いのか。
「それにしても募集が多いな」
『万能薬とか若返りの薬は需要が多すぎるから、本当に欲しい人はプレイヤーを直で雇ってるらしいわよ』
あー、なるほど。ミリィやグランみたいにか。
(そういったアイテムは見たことないですねぇ。上層では出ないんでしょうか?)
「シィルが見たことないらしいが、どの辺から出るかリン知ってるか?」
『万能薬は三十階から、若返りの薬は五十階からってどっかで見たことがあるけど、本当のところは知らないわね。探索者にとっても稼ぎの手口を大っぴらにはしないでしょ』
違いない。
『さ、そろそろゲートへ行きましょ』
「そうだな」
最高難易度の依頼が気になったがまたにしよう。一つは予想が付いてるし。探索者学校の教科書にも載ってる有名な奴だ。
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明日からは行ける所まで毎日一話16時更新を目指します