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妖精と登録

 一通り買い物が終わった後、シィルの登録のために五階へと昇る。


 初めて足を踏み入れたそこは閑散としていた。人はまばらだが、話し声が気にならないように音楽が流れていた。


 フロアの広さは一階の半分程度、二階から四階よりもさらに狭い。


 四階までの物を売る雰囲気は一切なく、長いカウンターで区切られ窓口対応する様は銀行や役所といった場所を連想させた。


「ここで良いのか?」


 荷物片手にリンを振り返る。シィルは四階での買い物袋と交換で回収されてしまい、リンの肩の上へと戻っている。


「そ、出張所になってるのよ」


 そう言って手前のカウンターを指さした。


 受付と大きく書かれたプレートが無駄に高い天井から吊り下がっていた。


「ちなみに奥側は高額品取引所らしいわよ」


 これはどちらかというと俺ではなくシィルに説明しているようであった。視線的に。


 ちなみに奥側には数人しかいない。とは言え手前側も椅子に座って順番待ちしている人数を含めても十人前後しかいないが。


「スペース取り過ぎじゃないか?」


「時期的な物だと思うわよ。登録は卒業シーズンの春が多いだろうし、高額品取引所は夏のオークション前後が多いでしょうね」


 別に探索者学校を卒業しなくても探索者にはなれる。そういった人たちの登録は春が多いのだろう。探索者学校の卒業生は卒業時に自動で登録できるため、窓口へ来る必要はない。


 電脳妖精や機動人形の登録の必要はあるが、俺たちの場合中古だったのでダンジョンに潜る前にギルドで簡易登録だけですんだ。


 オークションは毎月一回以上行われているらしいが、特に大々的に行われる夏のオークションが人気だ。中継映像を見たことがあるが熱気が違う。もちろん品物のレベルも高いが十万人近い人数を集めてリアルタイムで行うオークションの姿は圧巻だ。


 買い手として登録できるのは二万人までらしく、プラチナチケットと言われている。一度は参加してみたいもんだ。


 小さいオークションだと端末上で競り合って終わりなんてのもあるので味気ない。


「とりあえず、受付行くわよ」


 リンは返事も待たずに付いてきなさいとばかりに受付へと歩を進めた。なんというか、時々妹が男より男らしく見える。


 今更だがシィルを登録するという事でまたダンジョンに潜れるんだと実感した。


 受付では名前と妖精登録だと伝え番号札と登録用紙を受け取った。


「すぐ呼ばれるってさ」


 そのまま記入台へと移動し、隣で必要事項を記入していく。


「分類ってなんだ?」


「電脳妖精か機動人形かよ」


 言われて記入例を見て、あぁと思った。


「電脳妖精の名前・電脳妖精の型式・電脳妖精の個体番号……」


 必須の記入項目が多い。あれ? 妖精登録って伝えたはずなのに妖精の選択肢がない。


「妖精って選択肢が無いわね」


 リンも気付いたようだ。


「冗談だと思われたとか?」


 本物の妖精なんて超絶レアだから飛び込みで登録に来るとか思われてないのかもしれない。


「とりあえずこうしましょうか」


 リンは用紙を覗き込むと電脳という文字を二重線を入れて消した。


「完璧」


 そのまま型式や登録番号も斜線を入れてしまった。


「名前ってシィルだけで良いんだよな?」


 一応確認しとくか。


「あ、シルフィリス・ファリアって書いてください」


 フルネーム発覚。


「シィルちゃんそんな名前だったの?」


 やっぱりお前も驚くのな。


「長いんであんまり使いませんが、そうなんですよ。普段はシィルって呼んで下さい。ちゃんも抜きで。シルフィーって呼ぶ子もいますが、シィルって呼ばれるほうが好きです」


「分かったわ。シィル。私のことはリンって呼んでね」


「俺はイアで頼む」


「はい」


 シルフィリス・ファリア、と記入。


「妖精にもファミリーネームってあるんだな」


「違いますよ。枝名です。ファミリーネームとはちょっと違いますね」


「枝名?」


「どの枝から生まれたか、ですね。私たちは世界樹から生まれますから。私が生まれた枝から最初に生まれた妖精がファリアという名前だったので、枝の名前自体もファリアとなりました。ファリアの枝のシルフィリス、という事です」


 なるほど。枝の名前とか新鮮だ。


「私たちはみんな世界樹から生まれているので、家族と言われればみんな家族ですね。大家族です」


 妖精の全体数がどれだけかわからないが賑やかそうだ。


「いいわね」


 リンが人差し指で優しく頭を撫でた。




 記入が終わりしばらく待っていると『ピンポーン』という音とともに二番目の窓口に俺たちの受付番号が表示された。


「行くわよ」


 颯爽と窓口へ向かうリンに続いた。


「お願いします」


 トリオでの登録の為、シィルの登録用紙に二人の探索者カードを添えて提出した。


「はい、少しお待ちくださいね……」


 登録用紙を受け取った窓口のお姉さんは添えられたカードを確認して一度笑いかけてくれた。こういう場所の窓口のお姉さんってやっぱルックスのレベル高いなぁ。二十代前半かな?


 シィルの登録用紙へ目を落とし確認しようとした瞬間、恐らく最初の項目で動きが止まった。


「え? よ……ようせっ!」


 驚いたように顔を上げ、そしてリンの肩の上を見てまた止まった。シィルはお姉さんに小さく手を振っている。


 リンが静かにといった感じで人差し指を唇に当てた。フロア全体に音楽が流れているので、余程大きな声でなければ誰かに聞かれることはないはずだ。


 窓口のお姉さんはシィル、リン、俺の順でゆっくりと視線を動かした後、椅子から浮きかけていた腰を下ろした。


「し、失礼しました。本物の妖精様を見るのが初めてでしたので」


 恐らく生で、という意味だろう。


「あ、握手してもらっていいですか?」


 窓口のお姉さんはシィルの前に右手の小指を差し出した。


「はいですよ」


 シィルは両手で小指を掴んで上下に振る。


 窓口のお姉さんはうっとりとした眼差しでしばらく自分の小指を見つめていた。


「あ、あの……」


「はっ、失礼しました。リン・クェイト様がバランサー、イア・クェイト様がプレイヤー、シルフィリス・ファリア様が妖精としてトリオでご登録という事でよろしかったでしょうか?」


「ええ、それでお願いするわ」


「承知しました」


「ところで、妖精のことはどの辺りまで報告が上がってしまうのかしら?」


 目立ち過ぎても良いことは無いので確認が必要だ。リンが尋ねなければ俺が確認しなければならなかった事だ。


「申し訳ありませんが、妖精様がご登録されたことは恐らくかなりの規模で周知されると思われます。この街でも二十七例目となる非常に珍しい事になりますので……」


 窓口のお姉さんは言葉を濁す。


「プレイヤーの情報はどうなのかしら? 妖精が誰と登録したか、という情報は隠せますか?」


「……少し相談してきていいでしょうか?」


 リンの問いに窓口のお姉さんは少しだけ考えた後、後ろの事務所への扉へと目を向けて答えた。


「分かったわ。ただ、私たちは可能な限り情報を隠したい。その為にわざわざ出張所へ来たという事は理解しておいてね」


 窓口のお姉さんは深く頷いた後、事務所へと消えていった。


「出張所に来たのにそんな理由があったのか」


 感心して呟いた。面倒だから買い物のついでなのかと思ってた。


「買い物のついでよ。特に深い理由は無いわ」


 なんじゃそりゃ。


「お、お前……」


 ちょっと尊敬しかけた俺の気持ちを返せ。


「ああ言っとけば少しは考えてくれるでしょ? 流石私、ナイス思い付きね。駄目でも仕方ないわ。ちょっと面倒な事はあるでしょうけど必要経費と思って諦めましょう」


 やっぱ男前だなぁ、こいつ。女だけど。


「面倒なことになる、かなぁ?」


「なるでしょ」


 自信たっぷりに続けた。


「妖精を手に入れた経緯や情報、他の妖精の紹介やスポンサーとしての囲い込み。挙げたらキリが無いわね」


「やっぱそっかぁ」


 妹がバイトの帰り道に拾ってきました。契約料はチョコレートです。うん、絶対信じてもらえないな。誤魔化す云々の前に喧嘩を売ってるとしか思われないだろうな。俺でもそう思うわ。


 真実とはいつも残酷な物だなぁ。


「お待たせしました」


 もう戻ってきたのか。と思ったら、椅子に座ったのは別の女性だった。先ほどのお姉さんは後ろに立ったまま見守っている。


「所長のツバキと言います。よろしくお願いします」


 恐らく三十代。硬質的な声に薄い茶色のスーツと眼鏡。一目見た印象はまさに仕事の鬼。


 だったのだが……


「あ、あの、私も妖精様と握手させてもらっていいですか?」


 恐る恐る小指を差し出す姿は可愛いというかなんというか、一瞬で出来る女のイメージをぶっ壊してくれた。


「おっけーですよー」


 シィルが元気に両手で答えた。


 ツバキさんは二度三度と小指が上下する間少し照れたようにシィルを見つめていた。憧れていたのだろう。みんな大好き妖精様だな。


「しょ、所長……」


 お姉さんの目はずるいですと語っていた。いや、あんたもさっき握手してたからな?


「コホン。えー、リン様とイア様でしたね」


「ええ、そうよ」


 俺も首肯で肯定する。


「お二方の懸念されている事は十分に理解できます。周りの方々も気付いていない為騒がれていませんが、妖精様がいるとなるとあっという間に囲まれてしまうでしょう」


 そういえば不思議ですねぇ。と小声で続けたのが聞こえた。


 だろうなぁ。あってよかった気配遮断スキル。無かったら箱にでも詰めて電脳妖精の振りをしてもらうしかなかったな。


「ですので、シィル様の登録だけを行わさせてもらうというのはどうでしょう?」


「シィルだけ?」


「はい。トリオでの届け出ではなく、シィル様の妖精登録のみを行います」


「いいのか?」


「はい。電脳妖精や機動人形でもレンタル用やダンジョン外での活動のためにプレイヤー登録を行わない場合がありますので」


 なるほど。シィルも登録だけでもしておかないとステータスプレートが手に入らないので不便だ。


「そして、イア様とリン様の機動人形登録はそのままの状況にさせてもらいます」


「なるべく怪しまれないために、か」


「そうです。そして実際にはシィル様にリンクして活動するという事が可能です」


 確かにギルドで確認されたのは機動人形のステータスプレートだけだったな。


「デメリットはないのか?」


「あります。まずギルドでシィル様のカードで受け取った報酬はイア様とリン様のカードで使用することができません。移し替えるという一手間が発生します」


 トリオ登録してないので当然だな。


「後は、例えばダンジョン外で高額品を取り扱うときなど、疑惑の目を受ける可能性がある、とかでしょうか」


 あー。確かにジャンク品の機動人形で登録してる人間が高額品をホイホイ持ち込んだりしたら怪しすぎるな。


「分かったわ。それでお願い」


 リンが即決した。


「いいのか?」


「問題ないわ。さっきのデメリットも、ここへ来れば大丈夫、という事なんでしょう?」


 そうでしょ? とリンが問い掛けるように笑みを浮かべる。


「はい。その通りです」


 ツバキさんもにっこりと微笑んで答えた。


「という事よ、お兄ちゃん」


「なるほど。それじゃ、シィルの登録だけお願いします」


「承知しました。もうしばらくお待ちください。この先ダンジョン内でレアな物を手に入れられ手放される時は……」


「安心して。なるべくギルドでは売らずにこちらの出張所を使わせてもらうから」


 見返り、という奴だろう。俺も首肯する。


「では、少しだけ席の方でお待ちください。また番号札でお呼びいたします」




 十分も経たないうちにまた呼ばれ、シィルの登録証を受け取ることができた。


「これで準備が整ったわ、ようやくね」


 受け取ったカードを見つめるリンの顔には隠し切れない喜びが溢れていた。


「ご活躍を期待しております」


 ツバキさんと窓口のお姉さんが同時に軽く腰を折る。


「任せておきなさい」


 リンがサムズアップで答え、シィルもそれを真似して親指を立てる。そしてそれを見守る俺……


 なんだろうこの気持ち。


 しかし、明日から始まる三人でのダンジョン探索にわくわくしないはずがなかった。

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