妖精と展望
「そうそう、さっきグランさんに連絡入れたよ。今返事が来た」
リンが携帯端末を操作しながら言う。
グランは探索者学校の同期。前回潜った時の話をしたら、次は絶対に一緒に潜るから声を掛けろと言っていた。リンも前回の事があったので、良かったと安心していた。
「行動が早いな」
信頼できる仲間は大切だ。清算一つとってもトラブルになりかねないし、シィルのことも考えると野良でパーティーなんて組む気がしない。
「スポンサーが付いてるから制限があるけど、明後日ならとりあえず付き合えるって。その後もたまになら一緒に潜れるってさ」
「本当に早いな!」
いや、早すぎるだろ。
グランは探索者学校時代に試験を受けてスポンサーが付いていた。装備を含む電脳妖精やダンジョンに潜るための設備費用等を提供してもらう代わりに一定条件を満たすまでダンジョン報酬を天引きされる。それもかなりの割合でらしい。
条件を満たして契約が満了すれば電脳妖精を買い取ってフリーになれるので、それを目指しているらしい。
「ミリィの方はダメだった。いつになるか分かんないって。かなりスポンサーが厳しいみたいね。グランさんの方が緩いのかもしれないけど」
恐らく両方だろう。ミリィはリンの同期だが、グランとは違いスカウトされたらしい。その分期待も大きいのだろう。
「普通はそんなもんじゃないのか? 資金援助受けてて自由に潜ってねって方がおかしいだろう」
「まぁ、グランさんの所はかなり人数抱えてるみたいだし、結果さえ出してればそれでいいのかもね」
「とりあえず明後日か。リベンジの一回目に付き合ってもらえるのは大きいな」
「そうね。ある程度慣れるまでの保険があるのは大きいわ」
ちなみに、シィルは我関せずといった感じで二杯目のリンゴジュースを味わっている。一杯目が空になった時のこの世の終わりのような顔は、何も言わずに二杯目を入れさせる不思議な力があった。
俺の視線に気付いたのか、一度ストローから口を外しこちらに幸せそうに笑いかけてからまたリンゴジュースへと戻る。
何この生き物。一々可愛すぎるんだが……
「ミリィともそのうち一緒に潜ろうって話だったけど、難しそうだな」
「中で合流しちゃえばいいんじゃないかな。ある程度はログ見るだろうけど」
「パーティーとか組んでないのか?」
「ソロが中心らしいわよ」
「なるほど」
「ただ、それでもある程度潜れるようになってからの話ね。わざわざ初心者向けの階層に付き合わせてたら流石に文句言われると思うの」
リンとミリィが訓練学校を卒業してからもうすぐ半年。ミリィはどの辺まで潜れたのだろう?
「今何階くらいか聞いてるのか?」
「最後に聞いたときはレベル十で十一階層だったかな? 十階層の街をようやく見れたって言ってたわ」
「世界樹!」
シィルが十階層という言葉に反応した。
「そうね、シィルの生まれた場所ね」
妖精は世界樹より生まれる。世界樹のある十階層は一階層丸ごと先住民達の街になっているらしい。ただし、世界樹周辺を含めて半分以上が立ち入り禁止区域となっている。
「世界樹か、一度見てみたいね」
「遠目には見れるらしいけど、近付くのは無理らしいわよ」
地上からの来客は世界樹周辺の障壁を越えるポータルが作動させられず近付けないらしい。
と思っていたのだが。
「あ、いえ、私に乗ってればポータルも作動するので近付けますよ」
新事実発覚である。
「シィルちゃんでかした!」
リンは身を乗り出して人差し指で撫でまわした。若干強いのかシィルの頭が揺れる。
「えへへ」
頭を揺らしながらもはにかむ姿がまた可愛い。
「てことは、グランは一年長く潜ってるんだからもうちょい先へ行けててもおかしくないな。それなのに一階層に付き合わせるのか」
「さくっとレベル追いついて恩返ししないとね」
そんなに簡単にレベルも上がらないし追いつけないけどな。
「あれ? そういえばシィルってレベルいくつなんだ? 一?」
電脳妖精や機動人形は中古でもコアを引き継いだ後の事がほとんどなのでレベルが上がってることはまずない。高レベルのコアはそれだけで一財産だろうし。新品は当然コアも新品だからレベル一が基本だ。
妖精の場合はどうなんだろう? 多少は上がってるんだろうか?
「私レベル十三ですよ」
高っ。いや、妖精のレベルがどうなってるのかとか知らないけれど。
「凄いじゃない、シィルちゃん」
「えへへ」
褒められるのはやはり嬉しいようだ。
「妖精ってみんなある程度レベル上がってるのか?」
聞いてみた。
「んー。レベル一のままって子はあんまりいないかな。でも、街にいるレベル十以上の子はプレイヤー持ちだったか私みたいに探索で遊んでた子くらいだと思うよ」
「遊んでたって……」
「妖精ってほら、寿命もないし、何かあったらすぐ世界樹に転移出来るし、もし万が一命に係わるようなことがあっても勝手に世界樹に戻るし。ダンジョンで遊んでる子って少ないけどいるよ。痛いのが嫌で街から出ないって子もいるけど」
そっか、妖精自身に痛みはあるけど命の危険は無いわけだ。俺たちと一緒だな。
「流石にその辺の知識は教科書には載って無かったな。専門書とかあるのかねぇ」
「プレイヤー持ちの妖精が少ないからね。やっぱ自分の体が他人の意思で動くのって抵抗あるじゃない」
世界中で二桁はいるけど三桁はいないってどこかで聞いた気がする。
「シィルはどうしてその気になったんだ? きっかけは……あれだったとしても」
ちらりとリンを見たら、睨み返されてしまった。
「楽しそうだったからだよ。楽しそうだったから地上に出てきて、楽しそうだったからリンについてきたの。大丈夫、そこは安心して」
全然安心できない連れてこられ方だったが、納得しているようで良かった。やっぱりこの子天使なんじゃないだろうか?
「リン良かったな」
「いやいや、なんで私? シィルが来て助かったのはお兄ちゃんもでしょ」
「まぁ、な」
今一納得できないけどな!
でも、助かった。リンが元気になったのも含めてシィルは俺たちの救世主と言っていい。
「という事で、私たちは明後日ダンジョンデビューします!」
「おー」
シィルがパチパチと手を叩いて喜んでいる。あんまり音はしないけど可愛いので良しとしよう。脳内保管はバッチリだ。
「本当はリベンジだけど前回のはノーカンです」
「乗り物も変わるしな。いや、レベルは上がるのか」
機動人形や電脳妖精間ならコアさえあればレベル等も引き継げるが、流石に妖精には引き継げない。と思う。
「明日一日で装備とか揃えるわよ」
リンはかなりやる気になっているようだ。
「バイトは良いのか?」
「大丈夫、もう辞めたから」
「ちょっ、早いよ!」
ほんと早すぎる。いつ辞めたんだよ。なにこの妹。まだ本格的に稼げるか分からないのに。責任重大だな、頑張れ俺。
「今は人員的にも余裕があるし、前々から話はしてあったからね。電話して本格的にダンジョン潜るので辞めますって言ったらいいよって言ってくれたわ」
「そうか……」
電話受けた人びっくりしただろうなぁ。
「という事で、明日はシィルとお買い物です!」
「おー」
さっきよりも心なしか拍手の音が大きい。
俺に拒否権は存在しない。と言ってもダンジョンに潜るための準備は大切なので当然ついていくしか選択肢が無いが。
短期のバイトが終わった空き期間でよかった。
喜び合う二人を見て、少し明日からが楽しみになってきた。
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