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妖精と出会い

 初めての探索から一ヶ月が経った。


 今日もバイトだった。短期集中の最終日という事もあって定時で終わり、真っすぐにマンションへと帰ってきた。


 今は辛抱の時だ。バイトしてお金を貯めて機動人形を改造したい。修理するだけならそこそこの金額で良かったのだが、あのままだと次潜った時も良い結果が出せるとは思えない。


 夢を見るためにもお金がいるなんて酷い世の中だ。


 テレビでも見るかと居間のソファーに座って電源を入れた時だった。


「見て見てお兄ちゃん!」


 何か良い事があったのだろう。リンのこんなに弾む声は機動人形を手に入れた時以来だ。


 急ぎ足で近づいてくる足音の後、元気一杯のリンの声は扉を開ける音よりも大きかった。


 もう探索者学校も卒業して半年経つというのに子供っぽさが抜けない。まぁ、まだ十四歳だからな。


「なんだ、どう……」


 ソファーから見上げる形でリンへと視線を向け、その手に掴まれているモノを見て言葉が止まった。


 居間で夕方のニュースが流れる中、ほんのわずかな沈黙が訪れる。


 リンはそれを掴んだ右手を突き出し、誇ったように胸を張り満点の笑顔を浮かべていた。


 そして、その手の中では……


「こ、こんにちは……」


 項垂れたように脱力している一匹の妖精(フェアリー)がいた。


 緑色の長い髪に同じ色のワンピースの服。身長は恐らく二十センチ弱。妖精の生態には詳しくないが外見的にはリンと同じくらいの年齢で十代前半に見える。若干怯えを含んだような紫色の瞳が力なくこちらを窺っていた。


 一目で作り物ではなく生きていると感じた。電脳妖精ではなく妖精だろう。


 チラチラとこちらを窺う瞳の動きは、例え新型の電脳妖精でもそうそう真似出来るものでは無いと思う。中身が入っていれば別だが、ここは探索区画外なので可能性は非常に薄い。


「い、いや、どうしたんだよ、それ」


 妖精とリンの顔との間で何度か視線を彷徨わせた後、ようやく言葉を吐き出せた。


「拾った!」


 返答はただ一言。笑顔のまま宝物を見せつけるように誇っていた。この笑顔は知っている。褒めてほしい時の顔だ。


 そしてもう一度沈黙が訪れる。


 妖精は一度リンの顔を見上げた後、こちらに目を向け力なく視線を落とした。


 妹よ、色々説明不足だ……


「もう少し、状況説明を頼む」


 頭は良いはずなのに。いや、頭が良いからこそ説明が足りないのだろうか?


 しっかりしてくれ妹よ。


「あぁ、そうか! 名前! 名前なんだっけ?」


 リンが手の中の妖精に尋ねる。それにしても掴み方が完全にグーだ。苦しくは無さそうだけど見た目が悪すぎる。これで両手が出ていなければ完全に誘拐だ。


「シィル……です……」


 あ、ちゃんと答えるんだ。優しい妖精だなぁ。


「シィルね! 私はリン、あっちがイア、よろしくね!」


 よろしくと言いながら左手の小指で握手した後、人差し指で頭を撫でていた。


 撫でられてちょっと目を細めているのが若干猫っぽい。


「いや、リン。百歩譲って拾ったのは良いんだが、どこでどうやって拾ったんだ? 無理矢理とかさらったとかじゃないよな?」


 確か妖精の誘拐は重犯罪だ。というかそもそも落ちてるものでもないしそこら辺を飛んでもいない。


 簡単に手に入るなら電脳妖精や機動人形が市場に溢れていない。妖精は理想的なダンジョン探索者であり、地上では超レアなダンジョン原住民なのだから。


「バイトの帰り道で暇そうに飛んでたからチョコ上げたの。そしたら寄って来たからゲットよ!」


 左手でガッツポーズを決める。


 マズイ、妹が誘拐犯のような事を言い始めた。貧乏が悪いのか。


「リンよ。妖精は特別保護種族で誘拐とかは犯罪だって学校で習ったよな?」


「大丈夫、分かってるわよ。もっと食べたい? 家来る? って聞いたらちゃんと頷いたもの」


 シィルに目を向ける。


「あの……甘くて美味しかったので……えへ」


 はにかんで答えた。いや、可愛いけど……確かに可愛いけど……良いのかそれで。


「ほら見なさい。機動人形を改造する前で良かったわー。再来月には目標額貯まるからまたお金出し合って改造しようって話してたじゃない? 予定より全然早くまた潜れそうね」


 テーブルの上に積み上げられていた機動人形用パーツのパンフレットの山を横目で見る。確かに妖精が協力してくれるなら非常に助かる。主に金銭的に。


「俺の妹はこう言ってるんだけど、本当に良いのか?」


 今のダンジョン探索の主流は、確かに電脳妖精や機動人形だ。精神を乗せ、自分の体そのものとして操作する。


 しかし、実は乗る対象は生物でも可能で、それ用の動物や妖精のような協力してくれるダンジョンの原住民に乗って操作する者も少数存在する。


「え、えと……おっけー? みたいな?」


 笑顔に力が無い。何か弱みでも握られてるんじゃないかと不安になる。


「ふふん、その辺は交渉済みよ。一度体験した甘露の味には逆らえないのよ」


 や、安い……


 妖精と言えば探索者の憧れなのに。電脳妖精だと本体だけでも中古で数百万円、新品なら一千万円はするのに。お金では取引出来ないと言われる超レアな本物の妖精がチョコレート。価格破壊も良いところだな。いや、ありがたいが。


 さて、ここで一つ問題がある。果たして俺は妹を褒めていいのだろうか? 結果だけ見ると宝くじに当たったくらい凄いんだが、心の中の何かが褒める事に抵抗を感じる。


 得意げなリンと諦め顔のシィルを見比べる。


「何? 何か問題でもあった? これで夢が前倒しになるのよ。オールオッケーじゃない」


 視線に気付いたのか表情に不満が混じる。


「いや、問題は無い。確かに問題は無いんだが、今一納得ができないというか、実感が湧かないというか」


「まぁ、突然だったからね。じゃあ、はい」


 と言ってシィルを手渡された。


「え?」


「お兄ちゃんが乗るんだから、仲良くなっといてね。私もバランサーとして機動人形や電脳妖精の方を重点的に覚えてたから妖精について復習しとくし」


 リンは直接対象に乗ってダンジョンへ潜るプレイヤーではなく、機械調整等のバックアップをメインにすると決めていた。俺が乗るのをサポートするバランサーになるのだと。


 戸惑う俺とシィルを残してリンは出て行ってしまった。恐らく自分の部屋へ戻ったのだと思う。


 そして、後には手のひらの上から困ったような表情で俺を見上げる妖精と、どう扱えばいいのか分からず固まっている俺だけが残された。


 狭いマンションなのに、やけに遠くから扉が閉まる音がした。


 どうすればいいんだこれ……

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