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妖精と出会う前

少しでも楽しんでもらえたら嬉しいです。

よろしくお願いします。

(ちくしょう、やっぱりガタが来てやがった)


 イアは呟くこともできず武骨な機動人形(ミニボット)の左手を見る。呟けばリンに聞こえてしまう。そのくらいの冷静さはギリギリ残っていた。


 妹と二人でバイトしてようやく手に入れた機動人形は、たった数回の戦闘でボロボロになってしまった。ボロボロにしてしまった。


 魔ネズミの攻撃を盾で受け止め、剣で切り返したまでは良かった。その後、再度盾を構えようとしたが左手に力が入らない。


 しかし、そんな隙を魔物は待ってくれない。


 嘲笑うかのような再度の突進。腰の高さほどの大きさの巨体に体当たりされたらバラバラになってしまうかもしれない。


 瞬時に盾を捨て、横へ飛ぶ。


「ヂュッ?」


 もう勝った気でいたのか、予想外の行動に魔ネズミの身体が硬直する。


(今だ!)


 ここを逃したらチャンスは無いとばかりに剣で必死に首の辺りを突いた。


「ヂュー……」


 半ばほどまで突き刺さった剣により少し暴れた後魔ネズミの大きな体が崩れた。


「ハァ……ハァ……」


 なんとか倒せた。仮の身体とは言え機動人形を失うわけにはいかない。


『お疲れ様』


 脳内にリンからの声が届く。その声に元気が無いのは明らかだった。ご機嫌だった朝から半日ちょっとで急降下。


『あぁ、今日はもう引き上げるよ』


 すでに魔ネズミの死骸は溶けるように消えていた。


(ドロップアイテムは無し、か)


 ネオコートダンジョンの一階層。探索者の間ではチュートリアル扱いされている上層でも四戦が限界だった。


『気を付けて帰ってきてね』


 リンの為にも無事帰らなくてはならない。


 盾を回収して重い足を引きずるように入口へと引き返した。




 探索者組合。通称ギルド。


 ダンジョンの入口からゲートを潜るときらびやかな電脳妖精(ピクシー)達でその場は溢れていた。


 メカメカしい武骨な機動人形よりはるかに人間らしく、理想の外見で作られた電脳妖精達。本体の値段が恐ろしく高い分、その装備にもお金をかけた豪華な電脳妖精達ばかりだ。


(俺だって金があれば……)


 買取窓口で一個だけ拾う事の出来た最下級の魔石を渡し、五千円をカードに受け取る。


 満身創痍の状態と戦果を見比べて、鼻で笑われた気がした。いつもは愛想を振りまく美人のお姉さん型受付嬢でも例外はあるようで、冷たい視線を向けられる。


(分かってますよ)


 さっさとどけと言わんばかりの視線に出口へと歩を向けた。


 数歩進んだところで足を掛けられる。


「ぐっ……」


 後は帰るだけだと完全に気を抜いていた。


 前のめりに倒れそうになり手をつこうとしたが、左手は上がらず右手も盾と剣を抱え込んでいたため使えなかった。


『ガシャーン』


 必然、床へと叩きつけられる。


「キャッ。何すんのよ」


 近くにいた女性型が大げさに反応する。


「オイオイ、ここはゴミ捨て場じゃないんだぜ? スクラップが歩いてんじゃねーよ」


 足を掛けた張本人、金髪のキザったらしい男性型が理解出ないとばかりに大仰なポーズを取りながら言った。


 周りも賛同したように下卑た笑いが広がる。


『お兄ちゃん、駄目よ』


『分かってる』


 悔しいが無言で盾と剣を拾い、歩き出そうとする。


 妹と二人でようやく手に入れた機動人形。


 ダンジョンに入る前はあんなに誇らしかったのに、今は恥ずかしくすら思える。


「オイオイ、スクラップは謝罪の言葉も口にできないのか? 汚してすいませんってな!」


 男が笑いだすと、何が可笑しいのか周りを含めて笑いが広がった。



『ドンッ』


 武具で床を打つ大きな音が注目を集める。


「そこまでにしたまえ、不愉快だ」


 発せられた強い言葉に辺りがシンと静まった。


 足を掛けた金髪キザも驚いたような顔で何も言えず止まっている。


「あなたは……」


 目を向けると腰まである燃えるような赤い髪の女性型の電脳妖精が槍の石突きを床に打ち付けたままの状態で周りを睨みつけていた。


 漆黒のスカートタイプの金属鎧に身を包み、意志の強さを表すような鋭い翡翠色の瞳が辺りを見張る。


 しかし、イアの目はそんなものよりもはるかに存在を主張する物に引き寄せられる。


「翼?」


 思わず口を出た。


 真っ白なようで淡く紅を纏っているような、そんな翼が背中に見えていた。


「ほぅ……」


 その女性型が意外そうな表情を浮かべる。


「翼? 何のことだ?」


 すぐ近くにいた人の声が聞こえた。今やイアとその女性型との周りからは人が引き空間ができている。


「少年。探索者がこんなクズばかりだとは思わないで欲しい。君にもルガータの加護がありますように」


 彼女は数歩近づくと、右の手のひらをこちらに向け左手を自分の胸に添え数秒間目を閉じ祈った。


「それではな、少年。安心して行きたまえ。この場にいる者達に私の目の前で少年に手を出すほど度胸のあるものはいない」


 彼女が愉快そうに辺りを見渡すと金髪キザも含めて全員が目を逸らした。


「あの、ありがとうございました」


 軋む体で腰を折り、ギルドを後にする。


 名前を聞き忘れたなと気が付いたのはしばらく後だった。




 コントロールルームに戻ると、長らく留守にしていた自分の身体へと戻る。


 ベッドに簡易のリンク装置に最低限のモニター装置。リンク機能だけを備えた簡易のコントロールルーム。こんな所でも一日一万円はするのだから今日は赤字だ。


 ベッド脇の鏡を見ると十五年間連れ添った見慣れた顔が見える。短いダークブラウンの髪に生意気だとよく言われた黒い瞳のつり目。平均的な百七十センチの身体は間違えようもなく自分の身体だった。


「お兄ちゃん、お帰りなさい」


 留守を守っていてくれたリンが出迎えてくれる。


 身長は百六十センチ、胸は人並。本人曰くまだ成長期。


 長すぎると動きにくいという理由で肩より少し短く切り揃えたブラウンの髪に勝気なつり目。ただ、いつもの活発な印象は鳴りを潜め少し沈んで見えた。


 無理もない。今日はあくまでお試しという名目だったが初めてのダンジョン探索だったのだ。しかし、これ以上気を使わせるわけにもいかない。


「ただいま、リン」


 出来るだけ明るく返事をした。上手く出来たかは分からない。


 リンの傍らにはさっきまで俺を乗せてくれていた小さな相棒がいる。その大きさ、なんと十五センチ。


 幅・高さ共に五十センチ程度しかない小さなダンジョンに潜るために人類が開発した英知の結晶。


 電脳妖精ほどではないが、その小さな体には最先端と言っていい技術が詰まっている。中古のジャンク品だけど……


「さっきは危なかったわね。シェルキさんに助けてもらえて良かったわ」


「シェルキさん?」


「まさか知らないの? お兄ちゃんを助けてくれた赤髪の女性型の人よ」


 どうやら有名人らしい。


「リンが知ってるってことは有名なのか?」


 と聞くと、少し呆れ顔で答えてくれた。


「シェルキ・アーリア。この街の探索者なら誰でも知ってる位有名よ」


 言われてみると聞き覚えのある名前の響きだ。


「へー」


「呆れた。探索者のトップグループの一人よ。八十七階層まで潜った最強パーティーの電脳妖精なんだから」


 おお、それは凄い。八十七階層って現在の最深到達階層って探索者学校で習った気がする。


「そんな凄い人だったのか」


「そうよ!」


 なぜかリンが胸を張る。


「それにしても、あの金髪キザ腹立つなぁ」


 思い返してもムカムカしてくる。


「最低だったわね。でもまぁ、忘れましょ。あんなの覚えてても無駄だから」


 リンの言う通りだ。


「そういえば」


「ん?」


 リンは俺の視界をモニターしてたはずだ。


「シェルキって人の背中、何か見えなかったか?」


「背中? 後ろ姿は見なかったなぁ」


 どうやら翼は見えてなかったようだ。あれは何だったんだろう? 幻か?


「何? 何かあったの?」


「いや、なんでもない」


 とりあえず、忘れよう。


「あ、時間。そろそろ出なきゃ延長取られるよ」


「おっと、危ない」


 急いで片づけに入る。片づけるほどの荷物はないが。


 ボロボロになってしまった機動人形を大切に箱へと仕舞う。


「お前も、お疲れ様」


 次はいつ乗ってやれるだろう。


 ダンジョンには夢が詰まっている。世界に五つあると言われるダンジョンの入口は全て小さい。というのも、どうやら中で繋がっているらしい。


 このネオコートでダンジョンドリームで一山当てるんだ!


 初めての探索は上手く行かなかったけど、きっと次こそは……

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