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もう一つのエンディング

作者: 銘尾 友朗

春センチメンタル企画、参加作品です。


 がらりと扉が開く音がした。顔を覗かせた男性に私は話しかける。


『おや、忘れ物かね?』


 彼は返事はせず、窓際へ行き鍵を外す。


 大きく開け放った窓からは、ほんのりと若葉の香りが漂う……。


 時おり、グラウンドで部活中の生徒の声が、がらんとした校舎に反響する。


 彼はゆっくりと歩き始め、おもむろに一つの机に触れて立ち止まる。


『それは山下さんの机だね。クラス替えをしたばかりの四月には、引っ込み思案で声も小さかったけれど、様々な行事を通して明るく活発になっていったね』


 彼は頷いた。


 そうして、また次の机に触れる。


『その机は川本君。足が早くて、体育祭のリレーの選手に選ばれていたけれど、途中で足を痛めてしまったね。てっきり、気分を腐らせてしまうかと思ったけど、気持ちを切り替えて皆を一生懸命に応援していたっけ』


 またも彼は頷く。


『ああ、その机は渡辺さんだ』


 彼が触れた机について、またも私は語りかける。


『彼女はやる気が無さそうに見えて、そのくせ、周りを実によく見ている子だったね』


 誰かと誰かが気まずい空気になると心配して、間を取り持っていた彼女の真面目そうな瞳を思い出す。


 彼は少し歩き、また別の机に触れる。


『それは高橋君の机。彼はクラスのムードメーカーだった。この一年間、彼のお陰で笑いの絶えない明るいクラスだったね』



 そうやって彼は次々と三十人分の机を指先で触れたり、手のひらを置いたり、ときにはこぶしの先で軽く叩いたりしながら一人ひとりの思い出を噛みしめているようだった。だから私も思い出せる限りの出来事を口にのぼらせ、この一年間の思い出を彼に語りかけ続けたのだった……。


 彼は教室の奥まで来ると思い出したかの様に掃除用具入れに貼られた当番表をはぎ取り、少しの間眺めると淋しそうに微笑み、丁寧に四つ折りにして上着のポケットへしまった。


 それから教壇へ戻ると室内を見回し、軽く目を閉じる。……まるで何か特別な儀式の祈りであるかのように。


 再び目を開くと今度は黒板の脇の棚に何もないことを確認し、彼の机の引き出しを一つ一つ奥までチェックをしてきちんと閉じた。


 そしてまた窓に鍵をかけ出ていきかけて突如立ち止まり、こちらを振り返って気をつけのポーズをとった。


「ありがとう。…………楽しかった」


 そう言ってもう一度教室全体を見回し、深くて長いお辞儀をした。


『こちらこそ。なあに次の学校の生徒たちとも、素敵な思い出が作れるさ』


 彼は教室を出ると、かちゃりと鍵をかけた……。



 ありがとう、生徒たち。ありがとう、先生。私も楽しい一年間を送らせて貰った。


 私はこのクラス、市立中の二年三組の精霊だ。


今日は離任式。担任の彼がこの学校を去るタイミングで私の役目は終わる。


 四月になり、この教室を使う新しい担任と生徒が決まるころ、この教室の新しい精霊も決まるのだ。


 さて、私もこの教室から旅立とう。


 新しい毎日を思い、期待に胸を弾ませながらーー。


 



私は学生だった頃、進級や卒業のときに思っていたことがあります。

考えても仕方の無いことを、なのですが。


それは、『これまで楽しく過ごしたこの空間は、何処へいってしまうのだろう』というものでした。

もちろん良いことばかりがあったわけでは無いのですが、気の合う友人たちと過ごした教室は、年度末になれば生徒たちはそれぞれ違う場所に移動し、誰かの居場所になっていく……。それが何だか不思議だったのです。


そんなことを思い出しながら書きました。



そろそろ今年度もおしまいの時期です。

教室の精霊さんの元から旅立つ、心の準備をいたしましょう。

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