14.それぞれの想い
ウォルテの部屋に行くとウォルテは目を覚ましているようだが意識がこちらに向いていない。ぼーっと宙を見つめている。
「ウォルテ?大丈夫?」
ウォルテの隣に座り、ウォルテの頭を撫でる。
「ウォルテはウォルテだよ。他の誰でもないよ。」
何を言っても反応しない。
ウォルテの…心が壊れ…かけている…まるで…昔の…………私…みたい…
頭がズキズキと痛む。動悸が激しくなり呼吸が荒くなる。過去の記憶がよみがえる。
「…っ!…はぁ…はぁ…うぅ…」
涙がぼろぼろと零れ落ちる。
「…ご、ごめん…なさ…」
様子を見に来たアラベスクが私を見て駆けよる。
「カルテット…!カルテット!!どうした!?!?
落ち着け!!」
「ごめ…なさ…おか…さ…」
「カルテット!!お前の母親はもういない!!落ち着くんだ!!」
過去の記憶が頭を占領し、私の首を絞めてくる。
…ごめ…なさ…わ…たしは…生きて…るだけ…で……
「…うっ…うぅ…」
アラベスクが何かを言っているけど耳に入ってこない。
ごめんなさい………
私の母はライドゥンが嫌いだった。いや、憎んでいた。私の母はライドゥンである私を酷く憎んでいた。
ライドゥンは國に引き渡さなければならないのだが、私の母は自分の手で苦しめるために私を引き渡さなかった。
幼少の頃から暴力を受け、暴言を吐かれ、育児放棄された。酷い扱いを受けた。普通の子供ならすぐに死んでいただろうが、私は強化人間よりも体が頑丈なライドゥンだったから何をされても死ななかった。
死んでいくのは私の…心だけだった。
何をしても死なない私を見て母はさらに暴力を振るった。
金属バットで殴られたことも、首を絞められたことも、何週間も外に置き去りにされたこともあった。雨の日だった。
「あんたが生きてるだけで迷惑なのよ」
よく母はそう言った。私はごめんなさいと言い続けた。いつからか痛みを感じなくなった。涙を流さなくなった。生きてるのか死んでるのかさえわからなくなった。
そしてある日、帝國軍がライドゥンを匿ったとして私の母を連れて行った。
私は逃げ出した。王宮から離れ、彷徨って彷徨って、
そして私はアラベスクと出会った。
その出会いが私の人生を変えた。
アラベスクは私と同じ目をしていた。生きているのか死んでいるのかすらわからない。全てに絶望した目をしていた。
私は自分の頬に熱いものが流れるのを感じた。
もう流れないと思っていた涙。
悲し泣きなのか嬉し泣きなのかわからなかった。
ただぼろぼろと泣く私を見てアラベスクも涙を流していた。
それから私たちは一緒にいるようになった。
お互いの過去を話し、支え合い、身を寄せ合って生きていた。アラベスクは物心ついた頃から路地裏で暮らしていると言った。
ただ生きていた私たちを帝國軍は苦しめ痛めつけ蹂躙していった。
そして月日は流れもう一度私の人生を変えた出会いがあった。それがアリアとの出会いだ。
アリアが私たちを見つけ、拾い、レベリオンを結成した。
心にぽっかりと空いていた穴が、アリアたちと過ごしていくうちに埋まっていくのを感じた。
過去は何も消えないのに。
私はアリアたちがいるから生きることができた。
過去は私を蝕んでいく。ウォルテもきっと過去に蝕まれている。
過去にのまれないために。過去にのまれないように。
仲間がいれば私は前を向いて歩いていける。
そう思った。
「カルテット、落ち着いたか?」
「うん…ごめんね、取り乱しちゃって…」
私は半狂乱になった後、アラベスクが私の部屋に運んでくれた。
「ウォルテは…」
「うん?」
「ウォルテは、過去に、縛られてる。今ウォルテはここにはいないの。過去にいるの。
連れ戻さないと…でも言葉が届かない…私の言葉じゃ…とど…か…ない……」
なんて無力なんだろう…今も昔も…私は…
涙がこぼれる。
「カルテット。俺にとってカルテットは家族なんだ。
なくてはならない存在なんだ。」
アラベスクがそう言いながら私の頭を撫でる。
「人は必要とされなければ生きることはできない…いや、人は必要とされることが何よりも必要なことなんだ。この意味、カルテットならよくわかるよな?」
私は誰からも必要とされず求められず否定され続けて心が死んでいった。ウォルテもきっと同じだ。
私は強く頷く。
「カルテットは諦めちゃダメだよ。ウォルテから離れないで寄り添ってそばにいてあげるんだ。
ウォルテには人の温もりが必要なんだ。
時間はかかると思うけど、それしかない。」
希望に向かって歩き出したくて決めたその決意は、その決意によって進んだ先は、絶望だった。またしてもそれに気づかずに進んでいった。何も見えていなかった。油断していた。侮っていたのだ。
引き返すことはできないくらいに進んでいたのだ。
真実がそんなに甘くないということを知ったところでどうすることもできない私がいた。今は、まだ……
*
俺はどうすればいいのかわからなかった。
取り乱してるカルテットを見て、過去は終わってないんだと気づかされた。
小さい頃からカルテットとはずっと一緒にいて、カルテットは妹のような存在だ。そうだと思っていた。だけど俺にとってカルテットは妹と思うには大事になりすぎていた。
初めて出会った頃もカルテットはさっきみたいに取り乱すことが多かった。
そういう時カルテットは泣き叫び、自分を傷つけようとしていたから、俺はカルテットを抱きしめ、なだめていた。
年月が経つにつれて、取り乱すことも減り、最近は全くなかったから過去を克服したのだと安心していた。
地獄の日々は消えるわけがないのにそう思って、油断していた。
カルテットの笑顔が作り笑顔だったわけじゃないだろう。暗い過去を、辛い記憶を心のずーっと奥底にしまっていたんだろう。何も気づけなかった自分に腹が立った。俺はウォルテもカルテットも助けたい。
そのために自分は何ができるのだろう…
そしてさっきウォルテを探しているときに見かけた女性が頭をよぎる。あの女性はいったい…
ちゃくちゃくと終焉に向けて進んでいる。
その終わりが俺たちにとって良いものだと願おう。
俺は、俺の仲間が幸せならそれでいい。
そのためならどんな犠牲も払おう。
*
私はどうすればよかったのだろうか。
心を閉ざしたウォルテ。過去に蝕まれたカルテット。
全て私のせいだと思った。私はウォルテがトロイメライであることを知っていた。わかっていて仲間に引き入れた。記憶が戻った時、ウォルテが深く傷つくことも知っていた。
元はと言えば、カルテットとアラベスクを巻き込んだのも私だ。カルテットとアラベスクから未来を奪ったのは私なのかもしれない。
いや、この國で強化人間として生まれた人間に未来などない。そう思ったからこそ私は立ち上がったというのに。
私が彼らを苦しめてどうする…!
思えば私は本当にこの國を救おうとしていたのだろうか。ただ現状に甘えていただけなのではないか。
1人だった私に仲間ができて、ウォルテが…トロイメライが私の元へ来て……私は真に仲間の為を想ったことはあったのだろうか。
全部ただの私の願望によって行動してきただけなんじゃないか…
私は確かに彼らのことが好きだった。だからこそ強く願ったはずなのに。この國を変えたい、と。仲間が生きれる國を作りたい、と。
後悔も絶望も私には許されないことはわかっていた。強くあろうとした。
その結果がこのザマか……
大切な者たちを守ることすらできない。私は……私のやってきたことはどんな意味を成すのか。
この國を変えることができると真に思っていない人間に一体何ができるんだろう。
罪から目を背けないために私は、ウォルテの元へ向かった。
*
僕は…俺は…今まで…どれだけの罪を犯してきたんだ…違う違う違う違う!!!僕は違う!!!僕は…っウォルテだ…!!!俺はトロイメライ。違う違う違う!!!俺はライドゥン殺しのトロイメライ今までたくさんのライドゥンを殺し恐怖を植え付けてきた。嫌だ違う違う
僕は違う僕じゃない。さっきの女女女あいつは誰だ似ている似ている言っていたことも声も夢の少女に似ているなんだなんなんだいったい誰だ
無条件で助けてくれる仲間…仲間…でも俺は仲間を…俺は…っ
違う違う僕が僕であるためにそれを認めたら僕は僕という人間はダメになる…っ僕じゃなくなる‼︎最初からお前はトロイメライでウォルテなんかいなかったじゃないかそんなわけない僕はウォルテでレベリオンで仲間がいて僕はトロイメライなんかじゃない違う違う違う違う!!!
誰かに殴られた痛い痛いごめんなさい僕じゃないごめんなさい
トロイメライ…トロイメライ…やめろ…嫌いだ…やめろ…!!!
そして…………………