13.何故
今日はなんだか嫌な予感がした。
私の1日はみんなを起こすところから始まる。
アリアは寝起きが悪い。アラベスクはすぐに起きてアリアを起こすのを手伝ってくれる。
寝起きのアリアは凶暴だからアラベスクじゃないと。
今日はなんだか変な感じがした。
アリアをアラベスクにまかせた後、ウォルテのところへ向かった。ウォルテは最近毎晩泣いているみたい。
何か力になりたいな…
今日はなんだかいつもと違う気がした。
ウォルテの姿がない。今までこんなことはなかった。
いつもウォルテが寝ている部屋に影も形もない。争った形跡もない。……それが何よりも怖かった。
ウォルテは家から離れた路地裏の行き止まりのところにいた。正確には倒れていた。目を見開き何かをぶつぶつと言いながら涙を流していた。
「アリア!!!アラベスク!!!ウォルテが!!!」
ウォルテに近づき顔を覗き込む。
「ウォルテ…?」
反応はない。
「ウォルテ…!ウォルテ!!どうしたの?何があったの!?しっかりして!!」
まったく反応を示さず、泣きながら何かをひたすら言っている。
「…違う違う僕じゃナイ僕は違う俺は僕は俺じゃないライドゥン殺しライドゥン殺し違う違う違ウごメンナさいごめんなさいごめん…ナサイ」
そう言うとウォルテは意識を失った。
ライドゥン…殺し…?まさか、あの…
アリアとアラベスクが駆けつけてきた。
「カルテット!!大丈夫か!?!?」
「…っ!ウォルテ!とりあえず説明は後だ。アラベスク!ウォルテを運ぶよ!」
ウォルテが倒れていたところには水たまりができていた。それが雨ではないことが私にはわかった。
何がこれほどウォルテを苦しめたの…?
苦しいほどに世界は私たちを拒んでいることがわかった。その想いから逃げるように足早にアリアたちの後を追った。
ウォルテを部屋に運んだ後、私がウォルテを見つけた時の状況をアリアとアラベスクに説明した。
「……いったい何があったんだ…」
頭を抱えるアリア。
「…ごめん!!!」
アラベスクがいきなり頭をさげる。
「昨日の夜、俺ウォルテと話したんだ…その後ウォルテが少し散歩に行くって言って…その時俺がちゃんと見てれば…ごめん!俺のせいだ…」
「それは違う。これは誰のせいでもない。
だからアラベスクはそんなこと言うな。
問題は夜中なにが起こったのか、だ。」
私は最近ウォルテが朝泣いていたこと、さっきうわごとでつぶやいていたことを思い出した。
「ねぇ…さっきね…ウォルテがうわごとでライドゥン殺しって言ってたんだけど…」
二人の顔色が変わる。
「ライドゥ殺し…ってあの…?
帝國最強って言われてるライドゥン殺しの…」
アリアがため息をつく。
「あぁ。会ったが最後、ライドゥンは殺される。今まで何人ものライドゥンが惨殺されてきた…」
背筋が凍る。どうしてウォルテがそんな人のことを…
「帝國最強ね…知ってるか?あの帝國軍最高司令官のツートップがいるだろ。あれよりも恐れられているのが帝國最強のライドゥン殺し。またそれとは別に規格外がいるんだ。《深紅の絶望エレジー》
ただの噂だがそいつはライドゥンよりも恐ろしい力を持つと言われているんだ。」
「その話と一体どいう関係があるの?アリアは何を知ってるの?」
アリアがおもむろに立ち上がり窓の前にたち、こちらを見る。太陽の光でアリアの表情が見えない。
「私が今2人に言えることは…
そのライドゥン殺しトロイメライがウォルテだっていうことだ。」
「…え?」
あまりのことに言葉を…失う。
「…っ!!アリア!どういうことだよ!!!俺たちの仲間のウォルテはそんなやつじゃねえだろ!!!」
アラベスクがアリアに掴みかかる。
「…私もそう思ってるよ。さらに言えば昔のあいつもそんなやつじゃねえ。私の知る限りでは…な。
考えられることは1つ。」
私はアリアの声が震えていることに気づいた。
アラベスクがアリアを離し、凝視する。
「マインドコントロール」
精神操作…!!まさかウォルテは…
「どんな感情でもいい。強い感情に支配されたものほど心を操られやすい。おそらくライドゥン殺しの時は心を操られていたんだ。
そして昨日の夜中、何者かがウォルテに接触しライドゥン殺しはウォルテだとつげ、心をかき乱した。」
そんなことを…誰が…
アラベスクが声を荒らげる。
「おいまさかそれって…ウォルテの過去を深く知ってるやつが接触してきたってことなのか!?
いや…もしかしてマインドコントロールをしたやつが…?」
アリアがゆっくりと頷く。
「ウォルテのあの様子だと何かが心を蝕んでいるようだからその可能性の方が高い。
問題は、この前女軍師がウォルテをさらいにきただろう?
まだ、ウォルテは狙われてるってことだ。ウォルテがあの状態のままだとなおさらさらわれやすい。
だから私たちに今できることは」
「ウォルテの正気を取り戻すってことね」
3人が無言で頷きあう。
大丈夫。ウォルテは強い子だから大丈夫。
私は私にできることをやるだけ。
その時はそんな甘い考えでいた。
過去が人をどれだけ苦しめるかは私が1番わかっていたはずなのに。