12.帝國のトップ3
目の前で倒れた少年を横目で見る。
「トロイメライ…私のトロイメライ…待っててね。あとちょっとであなたは戻ってくる…ふふっ」
トロイメライを放置して鼻歌を歌いながら歩いていく。
「〜〜♪♪」
この曲はデザイア・ラプソディ。欲望の狂詩曲。
私の母はこの曲が大好きだった。、あともう一つ。
その曲は…
「ねえ?何こそこそしてるの?何か用なの、レイカちゃん♪」
振り向くと数メートル先に長い黒髪の軍服を着た女がいた。彼女は帝國軍最高司令官ツートップの1人。
バツが悪そうな顔をしたレイカはすぐに駆け寄り跪いた。
「レイカちゃんがいるってことはロアちゃんもいるのかなぁ♪怒らないから〜、出ておいで♪」
角を曲がったところから青い髪の男が出てきてレイカの隣に跪く。
「「失礼いたしました。皇帝陛下。ご無礼のほどお許しください。」」
「いいよいいよそういうの♪んで、何のようなのかな〜?」
2人が顔を上げる。
「皇帝陛下。いくらあなたが強いからといって護衛もつけずに勝手に抜け出されては困ります。
せめて私どもにお申し付けくださいませ。」
「えぇ〜〜?ちょっとした散歩だよ?元はと言えばぁ、あなたたちがトロイメライを取り戻せなかったからだけど?会いたくなっちゃったんだもん〜」
2人の顔が青ざめる。焦ったようにレイカが言った。
「も、申し訳ございません。今すぐにでも連行しに…」
「やめてくれないかなぁ?」
笑顔を崩さず2人を見下して言う。
帝國軍ツートップの2人が震えている。
あーあ、人の心を操るのって楽しいなぁ♪
「私が1番嫌いなことって知ってる?勝手に行動されることなんだよねぇ〜?
わかったら、あなたたちは私の言うことに従ってればいいの。
今きっとあの子は絶望のどん底にいるの。そこから這い上がった時にまた突き落とす。そうすれば本当に手に入る…ふふっ
……ねえ、人の心ってどうやって操るか、わかる?」
ロアが聞き返す。
「人の心…ですか?」
「人間はねぇ、憎んでる人に言われたことはなんでも否定したい生き物なんだよぉ〜?
人の心なんて複雑に絡み合っているように見えて、根本は何よりも単純なものなの。
人は心に簡単に左右される。どんな強い人でもね♪」
そして跪いたままの二人をおいてゆっくり歩き出す。
「寄り集まって1つになってまた分かれて進んでいって〜…………〜〜〜〜♪♪♪」
*
「はぁぁぁぁぁぁぁ…さすが帝國最凶だよな…」
「ほんとだな。天才の考えは俺には理解できない。」
『皇帝陛下』が歩いて行った後私とロアはゆっくりと本部に戻っていた。
「なぁ、ロアはどう思う?」
「あぁ…あの帝國最強って皇帝陛下がおっしゃっていた者のことか。」
はぁ…とため息をつく。
「納得いかなくないか?だってあんな弱っちいやつが帝國最強、だ?私たちより強いってことだろ?意味わかんねえ。」
同感だ、と首を振るロア。
「納得はいかない…が、皇帝陛下がおっしゃっているのだから何かしらあの少年にはあるのだろう。俺たちはただ従っていればいい。
おそらくだが…あの少年はそのうちこちらに来るのだろう…そして皇帝陛下と何かしらの強い繋がりがあるはずだ。」
「ふーん…」
面白くねえな…
ふとロアの方を見ると笑いながらこっちを見ていた。
「あ?何笑ってんだよ。」
クスクスと笑い、頭を撫でてくる。
「レイカは皇帝陛下のことが大好きだもんな。嫉妬か?」
手を払いのけ殴りかかるがかわされる。
「…っ!!はぁ!?ふざけんな!!そんなんじゃねえよ!!!
知ってんだろ…あの人は私の全てなんだよ…」
「知ってるよ。俺の全てでもあるんだから。」
遠くを見つめるロアの目が光る。
「あぁ…そうだよな…ロアは…どう思う?どんな繋がりがあるんだと思う?」
「そうだな…俺たちより前に出会ってるってことだろ…?少なくとも血縁者ではなさそうだし…幼馴染か何かなんじゃないか?」
正直、皇帝陛下が何を考えているのかわからないのは事実だ。
だけど、私たちはただついていくことしかできない。それが本当に役に立っているのだろうか。
皇帝陛下のためなら、私たちを救ってくれた人のためなら、何をしても許される。そう思いたかった。
そう思いたいけれど、私たちが彼女を救うことはできない。私たちにはできない。
だから、唯一彼女を救うことができる人間の力量を知りたかった。
「俺たちは、さ…俺たちがやってることは…」
「言うな。それ以上は、言うな。」
視界がぼやける。熱いものが頬を伝うのを感じる。
「忘れるな、私たちは…」
「「すべては皇帝陛下のために」」
「だろ?」
そう言って笑ったロアの顔はいつもとはなんだか違って見えた。
皇帝陛下……私にとってはあなたが全てです。あなたが私を拾ってくれた。唯一の存在…
私はあなたのためなら悪になります。
空を見上げれば雲ひとつない。それなのに星はひとつも見えなかった。私にはひとつも見えなかった。
「今日は星が綺麗だな。」
そう言ったロアの顔を直視することができなかった。
明けていく夜と過ぎていく時間。
時は刻々と過ぎていく。近づいてくる絶望の足音から逃げるように私たちは本部へと戻った。