9.危機一髪
部屋の中には僕と女軍師。
女軍師は僕の髪を掴み、そのまま引きずろうとする。
最後の抵抗を試みようと、手を伸ばしたその時。
僕の髪を掴んでいた手が緩み、そして女軍師が突然横に吹っ飛び壁に激突した。
「ぐはっ…」
いつの間にか帰ってきたアリアの飛び蹴りが炸裂したのだ。
「悪かったな…遅くなって…」
そういったアリアは怒りのあまり、こめかみにうっすらと血管が浮かび上がっていた。
「だけどあいつを倒すのには間に合ったよ…よく耐えたな、ウォルテ」
アリアが僕を庇うように前に出る。
アラベスクとカルテットが僕を両側から支えてくれた。
「大丈夫?!無事でよかったわ…」
「もう大丈夫だ。」
僕は安心して全身から力が抜けた。
「み…んな…ありがとう…」
僕の言葉にアリアは無言で答えた。
「いってぇな…挨拶もなしにえげつない蹴りすんだな、さすが怪物ってわけか…」
女軍師が苛立ったように言うと、アリアが嘲笑った。
「あれが挨拶代わりだったんだが、強すぎたか?加減すればよかったな。」
女軍師が殺気立ち、一歩前に出てアリアを睨みつける。
アリアも負けじと睨み返すが、女軍師がふと目を逸らした。
「いいか?私の目的はそこ小僧だ。そいつさえ渡せばレベリオンに手出しはしない。」
「…何故狙う?」
「質問に答える義理はない。さっさと渡せばいい。それで済む話だ。」
「仲間を売るわけがないだろ、帝國の犬め。」
アラベスクが突然しゃがみ、床の板を一枚外した。
しまってあったライフルを取り出して構える。
「今すぐ立ち去れ。」
「そんな脅しが効くとでも?」
バカにしたように嗤う女軍師。アラベスクは表情を変えなかった。
「俺は外さない。」
緊迫した空気が部屋に漂う。
お互い隙がなく、動くことができない。
そんな空気を断ち切るように1人の男が部屋に入ってきた。
「そこまでだ。」
軍服をまとい、白いメッシュが所々に混じった青い髪の男。
端正な顔立ちが厳しい表情で歪んでいた。
男は女軍師の手を掴み、拳銃を奪った。
「んだよ、邪魔すんなよロア」
「突っ走りすぎだ、レイカ。お前1人でレベリオンを相手にするなんて無謀すぎる。」
睨み合う2人。
「内輪揉めはよそでやってくんねぇかな?」
アラベスクが銃弾を数発壁に打ち込んだ。
「ちっ…」
「奴が1人の時に連れ出せなかったお前の落ち度だ。行くぞ。」
そう言うと2人は去っていった。
帰りがけに、レイカと呼ばれた女が微かに笑っているような気がした。
2人が去って行ったあと、アラベスクが呆れたように言った。
「おいおいアリア…みすみす見逃してよかったのかよ?」
「今奴らに対して私たちがやることは何もないんだよ。」
アラベスクは納得いかないようだったが、渋々頷いた。
「どうするの?アリア…ここがバレた以上、居続けるわけにはいかないんじゃない?」
アリアは腕を組んで少し考え込んだ。
「…そうだな…出るなら今すぐにでも出た方がいいだろう…空き家に心当たりがあるんだ。すぐに荷物まとめて移動するぞ。」
僕たちは荷物をまとめ、新たな家に向かった。新しい家は少し離れたところにあった。跡がつかないように夜中、こっそりと移動した。
楽しい思い出が詰まった家を離れるのは寂しかったけど、反逆者である以上そんなことを言っていられなかった。
レイカと呼ばれた女が言っていたことが頭から離れなかった。
『…まぁもっともお前の記憶を消したのは…』
得体の知れないものへの恐怖が僕を埋め尽くして夜は更けて行った。