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非日常系  作者: 我楽太一
9/12

8 噂話

「そういえば、ユウちゃんはアイちゃんと幼馴染なのよね?」


 まだ部活の開始時刻の前で、アイが部室に来ていなかったからだろう。エルがそんなことを尋ねてきた。


「どれくらいの付き合いになるの?」


「家がすぐ隣ですから、もうずっとですね」


 ユウはそう答えた。


 自分の記憶が正しければ、幼稚園児の頃には既にアイと一緒に遊んでいたはずである。もっと言えば、親同士も付き合いがあるから、記憶にないだけで赤ん坊の頃からの仲ということになるだろうか。


 これを聞いて、エルは驚いたような声を上げる。


「へー、私にはそこまで付き合いの長い友達っていないから羨ましいわ」


「私もです」


 シーもそう続いた。


 そんな二人とは対照的に、ユウは渋い顔つきをする。


「でも、相手がアイちゃんですからね。小さい頃なんか、夜になるまで外で遊ぶのに付き合わされて。そのくせ、帰り道が暗いのをボクが怖がってると、〝私が一緒だから平気でしょ〟なんて言って」


「いい話じゃない」


 エルは微笑ましそうに言う。シーも同意するように頷いた。


 しかし、この話にはまだ続きがあるのだ。


「いや、アイちゃんはそのあと、〝私の方が怖いでしょ?〟って、木の棒振り回しながら家の前まで追いかけてきたんです」


「あー……」


 オチを知って、二人は二の句が継げなくなってしまったようだった。


 噂をすれば影が差す。ユウたちがアイの話をしていると、ちょうど本人が部室にやってきた。


「ふっふーん」


「先輩、ご機嫌ですね」


 鼻歌交じりで現れたアイを見て、シーはそう声を掛ける。


 すると、どうも誰かに自慢したかったようで、アイはいっそう上機嫌になって答えた。


「いやー、さっき廊下歩いてたら、男子が私のこと可愛いって噂してるのが聞こえてきちゃってさー」


「どうせ聞き間違いでしょ」


「は?」


 ユウの一言に、アイは驚いたような怒ったような声で聞き返してくる。


 それだから、ユウはもう一度繰り返した。


「だから、どうせ聞き間違いでしょ。もしくは空耳。もしくは幻聴」


「三つも言わんでいい」


 アイは一転、不機嫌そうな顔つきになった。


 そんな二人のやりとりを受けて、今度はシーが尋ねる。


「でも、アイ先輩、本当に聞いたんですか?」


「えー、シーまで疑ってるの?」


「いえ、そういうわけではないんですが……」


 先輩に詰め寄られて、シーはうやむやな返答をする。


 一方、アイはアイで、自分の主張をあっさり引っ込めていた。


「でも、そこまで言われると正直自信はないわ」


「わりと謙虚なんですね」


 シーはそう笑ったが、アイ自身は冗談を口にしたつもりはなかったらしい。


「私の名前を出してたとは思うんだけどね。でも、廊下だから人がいっぱいいて騒がしかったし、本当にただの聞き間違いかも」


 気弱な風にそんなことまで言う。


 しかし、これをエルが否定していた。


「それが案外そうじゃないかもしれないわよ」


「?」


「たとえば、教室で周りのみんながおしゃべりしていても、自分が話している相手の声はよく聞こえたりするでしょ? そんな風に、騒々しい場所にいる時でも、興味を持っている人の発言や、名前みたいに自分と関連のあるような言葉なら、無意識に聞き取ることができるんですって。カクテルパーティ効果って言うんだけどね」


 このエルの説明を聞いて、アイは機嫌を直す。


「へー。じゃあ、本当に可愛いって言われてたかもなんですね」


「そうね」


 はっきりとエルはそう頷く。


 かと思えば、こんなことも言った。


「もっとも、別の『あいちゃん』のことを可愛いって噂してた可能性もあるけど」


「結局誰一人私のことを擁護してくれない!?」


 ショックからアイはそう叫んだ。


 だが、それでもやはり、ユウはアイを擁護する気になれなかった。


「だってアイちゃん、見た目はともかく、性格は滅茶苦茶だし」


「性格じゃなくて、見た目で私を選んでくれる人もいるかもしれないじゃん」


「いいのか、それで」


 ユウは呆れてしまう。アイのそういうところが滅茶苦茶だと言っているのだが……


 そんなユウの内心とは裏腹に、アイは更に暴走を始める。


「じゃあ、もう聞き間違いでいいわよ。バーカ、バーカ!」


「すねないでくださいよ」


 シーがなだめるように声を掛けた。


 エルもこれに、「そうそう」と続く。


「帰りにアイスでもおごってあげるから」


「えー」


 普段なら喜んで飛びつきそうな話だが、アイはまだ不満そうだった。よほど三人の態度に腹を立てているようだ。少し意地悪が過ぎたかもしれない。


 だから、ユウは言った。


「……まぁ、ボクはアイちゃんの性格嫌いじゃないけど」


 エルが言うところの、カクテルパーティ効果のせいだろうか。かなり小声だったにもかかわらず、アイはこちらに顔を向けてくる。


「何か言った?」


「何でもない」


 ユウは誤魔化すようにそう答えた。




     ↓↑↓↑↓




 昼休みを迎えた教室は、一層騒がしさを増していた。


「でさー、あいつがさー」


「え? マジで?」


「でも、あれはないでしょ」


 そんな生徒たちの賑やかな話し声が、あちこちから聞こえてくる。あまりに賑やか過ぎて、誰が何を言っているのか聞き取れないくらいだった。


 そして、その話し声に紛れ込ませるように、内村(うちむら)ユウは密かに溜息をついた。


「はぁ……」


 クラスメイトがそれぞれグループを作って雑談する中、彼は一人だった。


 誰とも一言も話さず、自分の席から一歩も動かず、ユウは一人で昼食を取ると、そのまま次の授業までの時間潰しに読書を行う。


 クラスメイトと何かあって孤立しているわけではない。むしろ、彼らとユウの間には何もなかった。昨日見たTVについての談笑、英語の予習の正誤に関する議論、嫌いな教師に対しての愚痴…… そういった彼らの会話に、ユウは全く参加していなかったのである。


 元々、他人とコミュニケーションを取るのが苦手な子供だった。何を言えば好かれるのか、何を言えば嫌われないのか、そういうことを考え過ぎてろくに言葉が出てこない。そして、そんな性格を面と向かってからかわれたり、影で馬鹿にされたりしたことによって、ますます会話に苦手意識を持つようになっていった。


 こうして幼い頃からの苦手意識が膨らみ続けた結果、高校二年生になった現在では、クラス内ではっきりと孤立するまでになってしまったのである。


(せめて、あの子みたいに堂々としていられたらなぁ……)


 ユウはちらりと彼女に視線を向ける。


「…………」


 クラス内の人間関係に詳しいわけではないが、彼女もどうやら友達がいないらしい。千倉(ちくら)シーも一人で黙々と本を読んでいた。


 ただ、ユウと違って、シーは自分が孤立していることに対して、何の感情も抱いていないようだった。今も周囲のクラスメイトたちの様子には一切興味を示さず、無表情のままひたすら読書に没頭している。


(何読んでるのかな……)


 シーのようなクールな性格の持ち主は、一体どんな本を読むのだろうか。やはり、小難しい文学作品だろうか。それとも、案外ファンタジーやメルヘンな要素のある作品だろうか。勿論、自分からそれを尋ねるような勇気はないが――


 ユウがそんなことを考えていた時だった。


「何読んでんの?」


「わっ」


 突然声を掛けられて、ユウは飛び上がっていた。


「そんなに驚かなくてもいいじゃない」


 彼女は、おかしそうにそう笑った。


 市川いちかわアイは明るい性格で友達も多く、クラスの中心人物だった。その上、顔もいいから、男子からも人気がある。そんな彼女が、一体どういうつもりで自分に話しかけてきたのだろうか。


 そう緊張するユウに、アイは無邪気に顔を近づけてくる。それから、本を覗き込んで言った。


「『冷たい方程式』かー。これ面白いわよね」


「う、うん」


 ユウは何とか声を絞り出してそう答える。


 対照的に、アイの口調は朗らかだった。


「内村君ってSFが好きなの?」


「そういうわけじゃないんだけど……」


 そう否定したはいいものの、ユウはその先を言うべきか迷い始める。馴れ馴れしくはないだろうか。つまらない返答ではないだろうか。笑われはしないだろうか……


「?」


 黙り込んでしまったユウに、アイは不思議そうな顔をする。


 しかし、次の瞬間には、また彼女の方から話を再開していた。


「私は結構好きなんだけどね。同じ方程式ものなら、たとえば『フランケンシュタインの方程式』とか――」


「アイー、ちょっと来てー」


 アイに何か用事があるらしい。話の途中で、女子生徒が彼女を手招きした。


「おっと、呼ばれちゃった。読書の邪魔してゴメンね。じゃあね」


 一息にそう言うと、アイは「何ー?」とすぐに女子生徒の下へ駆け出す。


 急に現れたと思ったら、あれこれ騒いだ挙句、また急に去っていった。まるで台風か何かのようである。


 そして、台風一過の静けさのように、ユウはまたぽつんと一人になってしまった。


(全然言葉が出てこなかったなぁ……)


 今し方した会話について、ユウはそう反省する。いや、あれはアイが一方的にしゃべっていただけだから、そもそも会話と言えるかどうかさえ怪しかった。


(まぁ、こっちからしゃべり過ぎて、〝好き〟だの〝勘違いしてる〟だの悪口言われるよりはマシかな……)


 何も被害妄想に取りつかれて、後ろ向きな考え方をしているわけではない。


 中学時代に、実際にそういうことがあったのである。



          ◇◇◇



 中学二年の頃の話である。


 その日は、クラスで唯一とも言える友人が風邪で欠席していた。通常の休み時間ならともかく、昼休みは一人で過ごすにはあまりに長い。


 それで時間を持て余したユウが、読書を始めた時のことだった。


「何読んでるの?」


「わっ」


 突然声を掛けられて、ユウは飛び上がっていた。


「そんなに驚かなくてもいいじゃない」


「いや、驚くでしょ」


 おかしそうに笑う彼女に、ユウはそう反論した。


 龍泉寺エルは大人びた性格で成績も良く、クラスメイトからは一目置かれる存在だった。その上、顔もスタイルもいいから、男子からも人気がある。そんな彼女が、一体どういうつもりで自分に話しかけてきたのだろうか。


 そう緊張するユウに、エルは再び尋ねてくる。


「それで、一体何読んでるの?」


「く、『黒猫』だよ」


「ああ、ポーの。面白いわよね」


「う、うん」


 ユウは何とか声を絞り出してそう答える。


 対照的に、エルの口調は穏やかだった。


「内村君ってホラーが好きなの?」


「そういうわけじゃないんだけど、有名な作品だから一度読んでみようかと思って」


 趣味の話だからだろうか。それとも、エルの物腰が落ち着いたものだからだろうか。会話している内に、ユウの緊張もだんだんほぐれてくる。


 そのせいで、ついこんなことまで口にしていた。


「龍泉寺さんは?」


「私は結構好きよ」


 そう頷いて、エルは更に付け加える。


「ポーよりも乱歩の方が好みだけどね」


「乱歩かー。読んだことないなぁ」


 だから、純粋に興味があったし、それに彼女が声を掛けてくれたのに、こちらが会話を打ち切るような返答をするのも悪い気がした。そういう理由から、ユウは続けて尋ねる。


「何かオススメとかある?」


「そうね。それなら――」


 そんな風にして、二人の話は昼休みが終わるまで途切れることはなかった。



          ◇◇◇



 その翌日――


 朝、教室に入ってきたユウは、真っ先にエルの姿を見つける。


 しかし、彼女に話しかけるようなことはしなかった。


「…………」


 昨日の会話は確かに楽しかった。だが、それは自分が友達が少ないせいだろう。


 自分にとっては気持ちの弾むようなひと時でも、エルにとってはただの暇潰しでしかなかったのではないか。話した内容をとっくに忘れてしまっていても、何も不思議ではない。ユウはそう思っていた。


 しかし、そうではなかった。


「おはよう、内村君」


「お、おはよう」


 エルの方から声を掛けてきたことに、ユウは面食らいながらそう答えた。


 挨拶に挨拶を返して、これで一応コミュニケーションは成立したはずである。だが、ユウは勇気を出してもう一歩踏み込んだ。


「あの、『赤い部屋』読んでみたよ。すごく面白かった」


 昨日エルが薦めてくれた本だった。だから、それだけは伝えたかったのだ。


 そんなユウの感想を聞いて、エルは顔をほころばせていた。


「本当に? それなら、よかったわ」


「う、うん。特に結末には驚いたよ」


「そうよね。あのラストは――」


 こうして、昨日に続き今日もまた、二人はおしゃべりをすることになったのだった。



          ◇◇◇



 それからは、ユウの方からもエルに声を掛けるようになっていった。


 ある日は、ホラー小説の話をした。


「『鏡地獄』みたいなことって――」


 またある日は、ミステリー小説の話をした。


「『D坂の殺人事件』に出てくる知識は――」


 またまたある日は、小説に全く関係のない話をした。


「二次方程式について質問があるんだけど――」


 そんなことを繰り返す内に、エルとの会話にも慣れていって、友達と接する時のように緊張しないで済むようになる。結果、ますます彼女に声を掛ける回数が増えていった。


 そうして、最初に『黒猫』や乱歩について話したあの日から、しばらく経ったとある日のことだった。


「内村のやつ、最近キモくない?」


 声は潜めていたが、同じ教室にいるユウには、クラスメイトの女子がそう言ったのがはっきりと聞き取れた。


 今の陰口は本当に自分に対してのものなのか。自分のどこが気持ち悪いのか。そんなユウの疑問に答えるように、女子生徒は続けて言った。


「龍泉寺さんに付きまとっちゃってさー。あれもうほぼストーカーでしょ」


「言えてる。あいつ絶対勘違いしてるよね」


 客観的にはそんな風に見えているようで、他の女子生徒もそう相槌を打った。


 もしかしたら、客観的な意見でも何でもなく、単に陰口を言う為に難癖をつけているだけなのかもしれない。しかし、そうやって彼女たちの言葉を簡単に否定できるほど、ユウは自分に自信を持っていなかった。


 やはり、友達の少ない自分が勝手に舞い上がってしまっているだけで、エルはただ優しさから話に付き合ってくれているに過ぎないのではないか。そう疑い出して、ユウはもう読書に集中できなくなる。


 その上、女子生徒たちの陰口はまだ終わったわけではなかった。


「龍泉寺さんも迷惑してるならそう言えばいいのに」


「ちやほやしてもらえて、満更でもないんでしょ」


「あ、そういう感じなの?」


「だって、あの子もわりと地味じゃん。実はお似合いなんだよ」


 その一言に、どっと哄笑が起こる。


 そういうことがあったから、ユウはエルへの態度を変えるしかなかった。


「内村君、次の英語の予習なんだけど――」


「ああ、ごめん。ボクちょっと用事が」


 声を掛けてきたエルにそう断って、ユウは教室を出て行く。


 勿論、ユウがしたのはそれだけではない。挨拶されても会釈を返すだけ。話しかけられても淡白な反応をするだけ。そうやって、エルと最低限の会話しかしないように気をつけた。


 そんなことを繰り返す内に、当然エルとは疎遠になっていった。始めはユウの態度に怪訝そうな顔をするだけだった彼女も、だんだん声を掛けてこなくなったのである。


 そして、三年になってクラスが別れたことで、二人の関係は完全に途切れてしまったのだった。



          ◇◇◇



(ああするのが、龍泉寺さんの為だった……っていうのは言い訳かな)


 中学時代のことを思い出したユウは、そんな内省や後悔の感情を抱く。


 自分のせいで、エルまで悪く言われるのは耐えられない。そういう考えはただの建前で、結局は自分が陰口を言われたくなかっただけなのではないか。


 ただ、あんな態度を取ったというのに、エルが自分の陰口を言うのを耳にすることは一度もなかった。だから、ユウにとってはそれだけが救いだった。


 彼女は今、一体どうしているだろうか。もう二度と会うことはないだろうが、ユウにはそれが少し気になっていた。中学卒業後はどんな進路を選んだのか。今でもポーや乱歩が好きなのか。自分と同じように、たまには中学時代を思い出したりするのか……


 そんな物思いにふけっていたユウは、唐突に現実に引き戻された。


「あいつ、キモくない?」


 クラスの女子がそう言ったのが聞こえてきて、ユウは体をこわばらせる。


 そしてまた、ユウはエルと交わした会話を思い出していた。


〝内村君、カクテルパーティ効果って知ってる?〟


〝カクテルパーティ効果?〟


〝そう。心理学の用語なんだけどね。たとえば、教室で周りのみんながおしゃべりしていても、自分が話している相手の声はよく聞こえたりするでしょ? そんな風に、騒々しい場所にいる時でも、興味を持っている人の発言や、名前みたいに自分と関連のあるような言葉なら、無意識に聞き取ることができるんですって〟


〝へー。龍泉寺さんって、心理学にも興味があるんだ?〟


〝最近本で読んだんだけど面白くってね。たとえば、他にもバーナム効果っていって――〟


 女子生徒たちの陰口とエルの解説。それらを組み合わせると、こういう結論になるだろう。


(つまり、ボクは『キモい』を自分に関係のある言葉だと認識してるわけだ)


 なんてネガティブな性格だろう。ユウはそう自嘲する。


 一方、彼女たちは相変わらず他人を嘲笑していた。


「マジでずっと本読んでるよね」


「ね。何しに学校来てるんだろうね」


 これを聞いて、ユウの背中にじっとりと嫌な汗が滲み始める。


(やっぱり、聞き間違いじゃなさそうだなぁ……)


 先程までは現実逃避の為に読書に集中することも考えていたのだが、その読書のことを言われているかと思うともうとても無理だった。かといって、彼女たちに食ってかかるような度胸もない。だから、ユウはなるべく早く話題が別のものに移ってくれるのを祈るばかりだった。


 しかし、彼女たちの陰口はなお続いた。


「ホント、千倉(・・)ってキモいよね」


 その一言に、ユウは安堵する。


(何だ、あの子のことか……)


 それから、シーを横目で見た。


「…………」


 確かに、彼女たちの言うように、シーも読書の最中だった。自分が陰口を言われているというのは、ユウの早合点だったのだ。


 そうして誤解に気付いて安心すると、ユウの心中にはまた別の感情が湧き上がってきた。


 カクテルパーティ効果の作用が事実なら、名指しされたシーにも今の陰口は聞こえたはずである。しかし、それにもかかわらず、彼女は無表情を貫いたまま読書を続けているのだ。


 だから、ユウはシーに対して、同情するような尊敬するような感情を抱き始める。また、それに反比例するように、陰口を言った女子生徒たちに対しては、自分が言われたと勘違いした時以上の嫌悪を覚えるのだった。


 その女子生徒たちが言った。


「ねぇ、気付いた?」


「やっぱり、そうだよね?」


 そう確かめ合って、彼女たちは確信したようだった。


「内村のやつ、私たちの話に反応してるよね」


 ユウは思わず凍りつく。


(しまった。盗み聞きがバレた)


 本を読むふりをしながら、周囲の話に聞き耳を立てている気味の悪いやつ。他人への陰口を自分に対するものだと勘違いする自意識過剰なやつ。今後はきっと、クラスメイトたちからそういう風に認識されるに違いなかった。


 ユウがそんな想像をする中、女子生徒は更に言った。


「もしかして、千倉のことが好きなんじゃないの?」

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