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非日常系  作者: 我楽太一
11/12

10 不老不死

「そういえば、前に親戚のおじさんが入院したって話したじゃない?」


「うん」


「おじさん、最近退院したのよ」


「そうなんだ。良かったじゃん」


 朝、文芸部の四人が学校に向かう最中のことだった。アイの始めた話に、ユウはそんな相槌を打つ。


 しかし、アイの話は、ここからが本題のようだった。


「まぁ、それは良かったんだけど、退院してから急に健康に気を遣い出してさぁ。あれだけ好きだったのに、お酒も煙草もすっぱりやめちゃって」


「それはまた極端だね」


「で、ご飯も五穀米に替えて、ジムに通い始めて」


「滅茶苦茶極端だね」


 ユウは苦笑する。もっとも、不健康なのよりは断然いいとは思うが。


「でも、そういう人っていますよね」


 アイの話を引き継ぐようにシーは言った。


「父も、今まで不摂生の目立っていた同僚が、人間ドックにひっかかった途端、健康を意識し始めたって言ってましたよ」


「へー」


「なんでも〝健康の為なら死んでもいい〟って」


「何でみんなそんな極端なの?」


 苦笑を通り越して、ユウは呆れ顔をしていた。


「しっかし、分かんないわよねー。好きなもの我慢してまで長生きしたいものなのかしら」


 不思議そうに、アイはそんなことを言う。季節に関係なく、年がら年中アイスを食べているだけに、妙に説得力のある発言だった。


「家族がいるから、あまり無茶できないっていうのもあるんじゃないですか」


 シーの言う通り、配偶者や子供を残して先に死ぬのは心残りだろう。だから、ユウも「そうだね」と彼女の意見を支持する。


 一方、エルはこう言った。


「あなたたちは若いからまだピンとこないでしょうけど、年を取ってくるとだんだん自分がいつまで健康体でいられるか気になってくるものなのよ」


「いや、先輩一個しか違わないですよね」


 一体、どういう目線から話をしているのだろうか。ユウは困惑する。


 それを無視して、エルは続けた。


「でも、不老不死は人類の究極の夢だと言っても過言ではないからね」


「それはそうですね。そういう伝説や伝承って結構残ってますし」


 そう答えてから、ユウはすぐに思い直す。


「でも、大抵はバッドエンドだったり、なんやかんやで死んじゃうパターンがほとんどのような気がするんですけど」


「不老不死なんて追い求めるべきじゃないってことなのかもしれないわね」


 老いることや死ぬことは、必ずしも否定されるべきものではない。過去の人々はそんな風に考えてきたのだろうか。


 しかし、エルはこうも言った。


「もっとも、科学が未発達で不老不死の実現がありえないと分かりきっていた時代だから、そうやって老いや死と折り合いをつけるしかなかったとも考えられるけどね」


「はぁ、なるほど……」


 確かに、社会が変化すれば、それに伴って人々の意識も変化するだろう。このまま科学が進歩していけば、いずれは不老不死を追い求めるのが美徳になる時代も来るのかもしれない。


 ユウがそんなことを考えていると、思い出したようにシーが口を開いた。


「そういえば、確か不老不死のクラゲが実在するんですよね」


「ベニクラゲのことかしら?」


「多分そうです」


 エルに尋ねられて、シーはそう頷く。


 だが、ユウには何の話をしているのかよく分からなかった。


「何ですかそれ?」


「ベニクラゲは年を取ると、寿命が来る前に未熟な状態まで若返るから、寿命で死ぬことはないんですって」


「へー、知りませんでした」


 そう感心するユウに、エルは付け加えて説明した。


「まぁ、若返っているだけで年は取るし、寿命がないだけで外敵に食べられたりすれば死ぬから、厳密には不老不死とは言えないかもしれないけど」


 それでも、長生きができるという点は変わらないだろう。その不思議な生態に、ユウは改めて感心を覚えていた。


「あと、ロブスターも脱皮の時に一部の器官で若返りが起こるから、理論上は寿命がないんじゃないかっていう説があるらしいわよ」


 ベニクラゲの話に続いて、エルはそんな話もした。


「でも、ロブスターも普通に死にますよね。人間とかに食べられますし。うちでも週一で食べてますし」


「見栄を張るな」


 下らない茶々を入れるアイを、ユウはそう言って睨む。


 しかし、エルはアイの話を割合真面目に受け取ったようだった。


「そうね。寿命がないだけで完全な不老不死じゃないのはベニクラゲと一緒ね」


 そう答えてから、更に補足を行う。


「ロブスターの場合は、脱皮に失敗したり、脱皮中の無防備なところを外敵に狙われたりして、よく死ぬみたいだし」


「本当に、健康の為に死んじゃうんですね」


 シーはそんな感想を口にした。




     ↓↑↓↑↓




 病院のベッドの上でユウが苦しみにもだえていたのは、ただ死に際の苦痛の為だけではなかった。


(つまらない人生だったな……)


 両親は既に他界し、他の親類縁者とは疎遠だった。また結婚していないから配偶者や子供もおらず、更にはこの年までまともな友達の一人さえ作れていなかった。そのせいで、自分の最期を看取ってくれるような人は誰もいないのである。


 それでも社会的な成功を収めていれば、そのことが救いになったかもしれない。しかし、ユウは特別何をするでもなく、ただダラダラと怠惰に学生時代を過ごし、社会人になってからもひたすら惰性で働いてきただけだった。


 だから、何十年も生きてきたのに、ユウには家族も友達も、金も地位も名誉も、何もなかった。


 そして、何より不幸だったのは、そのような何もない自分を受け入れるだけの精神的余裕を、人生最後の時を迎えてもなお持ちえなかったことだった。


(嫌だ。こんな風に何一ついいことのないまま死ぬなんて)


 死を目前にしても、ユウの心に平穏は訪れなかった。その胸中には、これまでの人生に対する後悔と愚痴、それから「生きていればその内上手くいく」という何の根拠もない期待だけが、もはや病魔のように巣食っていた。


(まだ死にたくない。まだ、まだ……)



          ◇◇◇



「――! ――い!」


 若い女の声で、ユウは目を覚ます。


 看護師だろうか。しかし、それにしては随分ヒステリックだ。それに、あの容態から自分が助かるとはとても――


「一体いつまで寝てるの! 早くしないと、学校遅刻するわよ!」


 ユウの思考を中断するように、女はそう大声で言った。


 見知らぬ顔。看護師の制服ではない服装。何より不思議なのは、彼女の発言だった。


「……学校?」


「何寝ぼけてるのよ。今日は金曜日でしょ。まだ学校あるわよ」


 きょとんとするユウにそうまくしたてると、女は忙しなく部屋を出て行った。


 部屋。そう部屋の様子もおかしい。家具はどれも色彩豊かで、その上ぬいぐるみのようなおもちゃまである。病室とは似ても似つかない。


 そうした違和感を覚えながら、ユウはとりえあずベッドから起き上がる。しかし、その際にもまた新たな違和感を覚えていた。


 体が小さ過ぎるのだ。そのせいで、自分の今までの感覚と噛み合わず、上手くバランスを取れない。危うく転びかけたほどだった。


 ユウは慌てて自分の腕を見る。妙にか細いものの皺や染みはなく、血色豊かで健康そのものだった。部屋の様子といい、これではまるで子供のそれである。


 幸い部屋には姿見が置いてあった。すぐに自分の今の姿を確認する。


 そして、ユウは愕然としていた。


(これがボク……?)


 ユウは最初、現在の意識を持ったまま、子供時代の自分に戻ったのかと思っていた。


 しかし、実際には、ユウは全く見知らぬ子供の姿になっていたのだった。


 自分の想像をはるかに超えた非現実的な状況に、ユウは頭の整理が追いつかない。鏡の前で呆然と立ち尽くす。


 すると、その内に、先程の女が痺れを切らしたように怒鳴り込んでくる。


「早く起きなさい!」


 彼女は更に言った。


アイ(・・)!」



          ◇◇◇



「アイちゃん、おはよう」


 道端で、女子小学生にそう声を掛けられた。


 だから、ユウは言った。


「おっはよー!」


 しかし、そう明るく答えたものの、ユウは内心ではどぎまぎしていた。


(これでいいんだよね?)


 何かおかしなところはなかっただろうか。ちゃんとアイらしく振舞えただろうか。


 そうユウが緊張する一方で、少女は笑みをこぼしていた。


「アイちゃんは今日も元気だねー」


 それを聞いて、ユウは一安心した。


 そうして朝の通学路をクラスメイトと共に歩きながら、ユウは考えを巡らせる。


(やっぱり、ボクがアイちゃんって子になったっていうのが一番妥当かな)


 死後、他人の肉体を乗っ取るような形で生まれ変わりを果たした。


 それが、自分の身に起きた現象に対して、ユウが最終的に出した結論だった。


 最初は前世の記憶が今になって蘇っただけかとも思った。しかし、本当に前世なら、ユウが死んだ後でアイが生まれていなければおかしい。それなのに、ユウとして死んでから、アイとして目覚めるまでの間には、ほんの数時間しか経過していなかったのだ。


 また、ユウとしての記憶や意識が鮮明な一方、アイとしての記憶は思い出すまでに時間がかかった上、彼女としての意識は今でもなかった。それで、ユウは肉体乗っ取り説を支持するに至ったのである。


 この生まれ変わりによって、アイとしての意識が失われたということは、彼女はユウに殺されたも同然だろう。そのことに罪悪感がないわけではない。


(でも、アイちゃんには悪いけど、どうやったら元に戻れるのか分からないしなぁ……)


 おそらく今際の際に、「死にたくない」と考えたのが、この現象の発端だと思われる。だから、ユウは何度も元の状態に戻るように念じてみたのだが、それが効果を上げることはなかった。


 その結果、ユウはアイに対して後ろめたさ感じながら、一方で不謹慎にも楽天的なことを考え始めていたのだった。


(せっかくだから、二度目の人生を満喫させてもらおう)


 目を覚ましてから家を出るまでの間に、アイとしての記憶はほとんど蘇っていた。そして、彼女の人生を引き継げば、ユウは生前に望んだものを手に入れられそうだった。


 市川アイ。小学四年生。


 性格は明るく活発。その為、友達も多い。


 運動神経がよく、特にバスケが得意。また、大雑把で集中力に欠けるだけで、頭も決して悪くはない。更に言えば、顔立ちも整っていた。


 こんな風に年齢も性格も大きく異なるアイを上手く演じられるのか、ユウは当初不安で仕方なかった。しかし、彼女の記憶を元にして振舞えばいいのだから、成り代わるのは意外なほど簡単だった。


 そうなれば、当然アイと同様の生活を送ることになり――


(楽しいっ!)


 友達とのおしゃべり、家族との食事、町内でのイベント…… ユウは折に触れて、何度もそう思うことになるのだった。


 中学、高校でも、ユウはそのままクラスの中心人物のポジションに収まった。また部活として本格的に始めたバスケでは、全国大会に出場することになる。


 大学卒業後は学生気分が抜けずにしばらくフラフラしていたが、いつまでも遊んでいるわけにもいかずとうとう就職。しかし、この空白期間が祟って、勤め先は低賃金かつ多忙な職場くらいしかなかった。


 以前なら我慢して働き続けたかもしれない。だが、生まれ変わったユウはあっさり退職し、まともな仕事につけないならと自分で会社を興すことにした。どうせ一度死んだ身である。今更何か失敗したところで大して怖くなかった。


 そういう捨て鉢な態度が、かえって良かったらしい。安定よりも冒険を取る方針が功を奏して、ユウの会社は失敗を補って余りある成功を収め、年々規模を拡大していった。


 そうして会社と共に年を重ね、ユウも老境に入ったとある日のことだった。


「うっ」


「社長!?」


 激しい頭痛と共に、その場に昏倒するユウ。慌てて社員が駆け寄ってきた。


(死ぬのかな……)


 死因は異なるはずだが、前回の人生でも死の直前に同じ感覚を味わっていた。だから、ユウはすぐにそう思った。


 健康をないがしろにして働き過ぎたせいだろうか。自分はまだまだ若いと思っていたがそんなことはなかったということだろうか。


 充実した人生を送れば、満足して死ねると思っていたが、そうとも限らないらしい。薄れゆく意識の中、ユウは後悔を繰り返す。もっと会社が大きくなるのが見たかった。全国大会出場と言わず優勝したかった。喧嘩別れした友達と仲直りしたかった。


(まだ死にたくない。まだ、まだ……)



          ◇◇◇



「はっ」


 ベッドの上で、ユウは目を覚ます。


 自分は助かったのか。しかし、あの死の感覚は勘違いとは思えない。


(もしかして、また……)


 アイの時と同じように、誰かの肉体を乗っ取って生まれ変わったのだろうか。


 手がかりにならないか、ユウは自分の体や部屋の様子を見回す。すると、徐々に元の肉体の持ち主の記憶が蘇ってきた。


(そうだ。この子は、龍泉寺エルって名前の中学生で――)


 それからは、とんとん拍子だった。


「じゃあ、これを……龍泉寺」


「はい」


 数学の授業中、指名されたのでユウは前に出た。高校レベルにしては難解だが、それでもすらすらと問題を解いてゆく。


「よろしい」


 満足げに教師は言った。


 それに続いて、クラスメイトが囁き合う。


「流石、龍泉寺さん」


「すごーい」


 そんな周囲の反応から、ユウは改めて自分の選択は正しかったと確信する。


(今回はやっぱり勉強を頑張って正解だったかな)


 エルは元々、学内トップクラスの成績を収めるほどの生徒だったようである。だから、彼女に生まれ変わったユウは、その長所を更に伸ばすことに決めた。その結果、高校は国内でも有数の進学校に入学することができたのだった。


 アイとして興した会社は自分の死後どうなったのか。社長の突然の死という危機を上手く乗り越えられたのか。生まれ変わった当初は、そういうことが気になって仕方なかった。しかし、エルの姿でそれを確かめに行っても不自然なだけだから、結局自重することにした。


 次にユウは、自分の会社にエルとして就職することを思いついた。事業拡大という前世の心残りを、現世で解消しようと考えたのである。


 だが、ユウの培ってきたノウハウが、社会に出るまでの約十年の間に通用しなくなってしまう可能性はある。また、昇進には社内政治も関わってくるから、実力だけでトップに立てるとは言い切れない。そう考えると、自分の会社に就職する計画は躊躇せざるを得なかった。


 それに、せっかく全くの別人に生まれ変わったのである。あえて前世とはまるで違う人生を送ってみたいという願望もあった。


 だから、現世でのユウは、アイの時とは比べ物にならないほど勉強に力を入れた。その甲斐あって、大学受験にも成功。国内最高峰の大学に現役で合格した。


 文学、医学、心理学…… 色々な方面に興味があったが、最終的にユウが選んだのは工学――それも人工知能の分野だった。


 学部生時代から既にいくつもの論文を発表してきたユウは、大学院を出た後、大手企業の研究チームに就職。晴れて研究者になったのだった。


 前世の会社経営とは畑違いなこともあってか、研究には苦労することも多かった。だが、その分苦労が実った時の嬉しさはひとしおで、それを原動力にユウは更に研究に邁進するようになっていった。


 そんな風にして、三十年以上も研究生活を続け、人工知能の分野において権威や第一人者と呼ばれるまでになった、とある日。学会の帰りに飛行機に乗った時のことだった。


「!」


 衝撃で大きく機体が揺れた。


 乗客は悲鳴や怒号を上げ、乗務員は慌ただしく機内を駆け回る。


 この事態に、ユウは最悪の想像をしていた。


(まさか……)


 科学技術による人類の進化が、人工知能などの発達によって大幅に加速し、それまでと比べて無限大に近い速度まで急上昇するシンギュラリティ。その実現がユウの生涯の目標だったが、研究はまだその前段階プレ・シンギュラリティにも達していなかった。だから、あと十年、いや五年でいいから時間が欲しい。


(まだ死にたくない。まだ、まだ……)



          ◇◇◇



「…………」


 三度目にもなると、もう慣れたものだった。


 目を覚ましたユウは、自分の体や部屋の様子などを観察することで、現在の肉体の記憶を引き出そうとする。


(えーと、今回はシーちゃんね……)


 千倉シー。高校一年生。部活は文芸部に所属しているらしい。


 運がいいのか、シーにも文武両道の素質があるようだった。当然、その分だけ人生設計の幅も広くなる。


 前世に引き続き、人工知能の研究を行うか。それとも、今回は趣向をガラッと変えてプロスポーツの道に進むか。文芸部だそうだから、小説家やシナリオライターを志すのも面白いかもしれない。


 しかし、ユウはそのどれをも選ばなかった。


(今回は平穏な人生を目指してみようかな)


 アイとエルという、それぞれの分だけでも濃密な人生を、二度も続けて送った直後なのだ。このあたりで一度、あえて頑張り過ぎずにマイペースに生きるというのも悪くないだろう。


 ユウはそう考えて、実際その通りの生活を送った。


 決して目立ちはしないが、馬鹿にされることもないような、中の上から上の下レベル。それを勉強からスポーツ、人間関係に至るまで徹底した。これまでの生まれ変わりで演技してきた経験を活かせば、実力を抑えて凡人を装うのはそれほど難しくはなかった。


 そうなると、今まで努力に充てていた時間が余ることになったので、ユウはその分だけ趣味に励んだ。前々から読書が好きだったのでそれを継続する一方、新たに将棋を覚えてみた。その結果、想像以上に奥が深いことが分かって、来世では棋士を目指すことまで考え始める。


 そんな平凡な生活が高校、大学、社会人と続き、三十も半ばを過ぎた頃だった。


「ご結婚は?」


「してます」


「お子さんは?」


「二人です。双子の小学生で」


 質問に対し、ユウは正直にそう答える。


 すると、これを聞いて、相手は複雑そうな表情を浮かべていた。


「…………」


 相手が黙り込んでしまったので、ユウは意を決して自分から尋ねてみる。


「あの、私の体はそんなに悪いんでしょうか?」


「ええ、病巣の広がるスピードが思った以上に早くて」


 ユウの疑問に、医師はそう頷いた。


 シーは生まれつき内蔵に疾患を抱えていた。それが、ユウが平穏な人生を目指した理由でもあった。


 そして、その疾患が、ここ数年の間に相当悪化したようだった。


「あと、どれくらい生きられそうですか?」


「そうですね。このまま行くと、もってあと一年か、二年か……」


 医師がそう告知する。


 しかし、ユウの反応は淡々としたものだった。


「そうですか」


「えっ? ええ。ですが――」


 ユウの態度に驚く医師。それから、ショックで言葉が出ないのだと思ったのか、優しげに今後の治療方針を説明し始める。


 だが、ユウはこれを聞き流していた。


 勿論、医師の考えるような未練や執着はある。今の生活が気に入っていたし、自分が死んだ後の家族のことが心配だから、このシーとしての人生をもっと続けてみたかった。


 しかし、これまでに何度も生まれ変わりを経験した為に、死ぬことに関する感情が麻痺してきていることも否定できなかった。


(次はどんな人生がいいかな……)


 死にたくないと思う一方で、ユウにはそんなことを考える余裕があった。



          ◇◇◇



 病に臥せったユウが、次に目を覚ました時には、案の定別の人間に生まれ変わっていた。


(ベニクラゲは寿命が来る前に未熟な状態まで若返るから一種の不老不死だって言うけど、ボクもある意味ではそうなのかな……)


 死後に他人の肉体を乗っ取って復活しているだけである。意識はともかく、肉体は歳を取るし、死にもする。だから、厳密な意味では不老不死ではないだろう。


 とはいえ、完全な不老不死ではないから、年を取らないせいで周囲の人間に怪しまれたり、死ねないせいで何百年も土砂の下に埋まったままになったり、といったデメリットが発生するようなこともまたない。


 それどころか、ユウはこの変則的な形式の不老不死にメリットさえ見出していた。


(色々な人生を体験できる分、普通の不老不死よりもこっちの方が楽しいくらいかも)


 これまでアイ、エル、シーの三人に生まれ変わって、三者三様の全く別の人生を送ったが、どの人生にもそれぞれの面白みがあった。こういう体験ができたのは、変則的な不老不死のおかげだろう。


 しかし、デメリットが全くないというわけでもない。


(まぁ、いちいち死の苦しみを味あわなきゃいけないのはネックだけど)


 何度も人生を送り、色々な物に慣れてきたが、痛みにだけは決して慣れることはなかった。特に死に繋がるような怪我や病気の痛みほど苦しいものはない。もっとも、それくらいしかデメリットがないとも言えるのだが……


 そんなことを考えている内に、現在の肉体の持ち主がどんな人生を送ってきたか、徐々に思い出してくる。


(この子はサッカーやってるのか。じゃあ、今度こそスポーツを頑張ろうかな)


 しかし、現在の肉体の持ち主は、格別サッカーの才能に恵まれたわけではないようだった。小学校から大学まで続けたものの、なかなか芽は出なかった。


 大学ももう卒業が近づいてきている。プロ選手になるのは諦めて、別の道に進むべきかもしれない。ユウがそう悩みだした頃だった。


「ぐっ」


 夜の公園で自主練を行っている最中、ユウは胸に強い痛みを覚え、そのまま意識を失った。



          ◇◇◇



「いってきます」


 五度目の生まれ変わりを果たしたユウは、そう言って家を出た。


 現世で小学生に生まれ変わったユウも、早くも高校三年生になっていた。そして、その間、ユウはずっとサッカーを続けていた。


 これは勿論、サッカーで結果を残せないまま死んだ前世のリベンジの為である。だから、高校最後の大会に向けて、今日もこれから練習に向かうところだったのだ。


 その最中、ユウはふと考える。


(それにしても……)


 最初のアイの時は、十歳から五十六歳までの四十七年。次のエルの時は、十四歳から五十八歳までの四十五年。三回目のシーの時は、十五歳から三十七歳までの二十三年。四回目は十二歳から二十一歳までの十年……


 思いつきで考え始めたはずのことに、ユウは思わず寒気を覚えていた。


(何だか、生まれ変わってから死ぬまでの期間がどんどん短くなっているような……)


 ただの偶然かもしれない。自分の考え過ぎかもしれない。そういう理性の声をはねのけて、負の想像は一気に膨らんだ。


 もし仮に、このまま生まれ変わってから死ぬまでの期間が短くなり続ければ、自分は一体どういう目に遭うことになるのか。


(まさか、いつかは死ぬ直前の人間にだけ生まれ変わるようになって、ひたすら死の苦しみを肩代わりさせられるようになるんじゃあ……)


 それから、ユウはすぐに計算を始める。


 この体に生まれ変わったのは十歳の時。そして、今年で十八歳になる。


(前回は十年で死んで、今回この体になってからは既に九年近くが経った。だから、もし本当に生まれ変わってから死ぬまでの期間が短くなっているなら、もうそろそろ死ぬことになる……)


 ユウがそう考えた瞬間にも、目の前にトラックが迫ってきて――

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