君のいない聖夜
初めての短編小説!
主人公に感情移入して頂ければ幸いです。
僕は…僕達は…ある日、唐突に別れることになった。
それは、彼女と出会ってから5回目のクリスマスの日だった。
その日は例年より冷え込み、雪の舞う、幻想的な夜だった。
僕達は毎年、街の外れにある大きな杉の木の下で待ち合わせをして、2人の、2人だけの秘密の場所から並んでイルミネーションを眺めていた。
待ち合わせの時間は日が沈む少し前の午後5時。
毎年早めに行ってるのに、待っているのはいつも彼女だった。
その日も僕はいつも通り杉の木に向かい、彼女に駆け寄って、
「ごめん、待った?」
と、言おうとした。
しかし、そこには誰も来ていなかった。
「少し早く、着きすぎたかな?」
そう思って彼女を待つことにした。
しかし、いつまで経っても彼女が来ることは無かった。
携帯に電話をしても繋がらず、メールも送れない様だった。
事故に巻き込まれたのかと思い、彼女の家族にも電話を入れてみたが出る気配は無かった。
「なんで、出ないんだ…」
不意に『フラれた』という言葉が僕の頭をよぎった。
まだ、実際に別れを告げられた訳では無い。
しかし、彼女がここに来ないということが、連絡が繋がらないということが、より一層現実的なものとして僕に重くのしかかってくる。
「これから、どうしようか…」
途方に暮れるというのはまさにこの事なのだろう。何をしていいのか全く分からない。
ここから少し見える街の光も、イルミネーションも、どこか曇っているようにしか映らなかった。
ふらふらと街中に出たが、まるで宙に浮いているような感覚だった。
何人もの人とすれ違い、何度もぶつかりそうになりながら、向かった先は彼女の家の前だった。
明かりが灯っていればノックでもしてみようかと思った。しかし…
「出かけているのか…」
明かりは灯っておらず、人の気配もなかった。
「…はぁ……」
涙を堪え、どこに向かうともなく移動した。
ーーいつの間にか周りにはうっすらと雪が積もり始めていた。
街中をできる限り探したが、彼女の姿を見つけることは出来なかった。
路地を行き、山道を行き、気がついた時には秘密の場所にいた。
ここからであれば街のイルミネーションが一望出来る。
「っ…くっ…うっ…ぁぁぁ…」
そこからの景色を見た途端、感情が溢れだした。
彼女と出会い、結ばれ、共に寄り添ったこの場所の景色が、そうさせたのかもしれない。
雪の舞う中での景色は、とても美しかった。とてもとても幻想的だった。
しかし、彼女がいない事で、全てが虚しかった。
僕は溢れる涙を堪えることなく、その場で涙を流し続けた。
ーーいつまでそうしていただろうか、周りには雪がさらに積もっていた。
涙は枯れてしまった。
「いつまでもこうしていられない」
そう思って重い腰を上げた、その時だった。
ーザッ、ザッ、ザッー
弱々しいが、誰かの足音が背後から聞こえてきた。
「もしかして…?」
僕は、期待と、ある種の確信を持って振り向いた。
果たしてそこにはーー彼女がいた。
暗くて顔はよく見えないが、僕には泣いているように見えた。
彼女はふらふらと僕の方へ歩いてきてーー僕の横を通り過ぎた。
「えっ…?」
まるで目に映っていないかのような行動に困惑する。
「ちょっと待って!」
引き留めようと腕を掴んだーーはずだった。
伸ばした腕は彼女に届いた。しかし、すり抜けてしまった。
「なん…で…」
薄々とは気づいていた。そうじゃないかと思っていた。しかし、そうは思いたくなかった。信じられなかった。
あの時の記憶が鮮明に蘇る。
ーーそれは、彼女との待ち合わせの数時間前ーー
いつものように、待ち合わせ場所に向かっている時だった。
その時は、とても大切なものを持っていて、1歩1歩、踏みしめるように歩いていた。
道中の交差点で、信号待ちをしていると、真横からスリップしたのか、ものすごいスピードで車が突っ込んできた。
僕は何もできることなく、その車に撥ねられてしまった。
何が起きたのか分からなかったが、覚えているのは、その大切なものを手放さないように、必死に守っていたこと。
おそらく僕は、死んだという自覚のないまま、待ち合わせ場所にむかったのだろう。
そして彼女は僕の事故を知って病院に向かった。
「そうだったのか…」
思い出してみるとどこか絵空事で、夢でも見ているかのような感覚だが、紛れもない現実だ。
そんなことを考えていると、彼女がふらふらと立ち上がり、崖のある方に向かってゆく。
まさかと思い、必死に手を伸ばすが、いくら伸ばしてもすり抜けるばかりで、掴めない。
「待って!だめだ!」
彼女のことを守りたくて、必死になって叫んだ。
ピクっと反応して、ゆっくり彼女は振り返る。
「と、届い…た…?」
僕と彼女の目線が交錯する。その瞬間、彼女の目大粒の涙が溢れ出す。
僕は彼女に寄り添い、そっと抱きしめた。
体はすり抜けてしまうが、それでも構わなかった。彼女の温もりは、感じられた。
「ごめん。僕は、途中で事故に遭ったみたいだ」
彼女は哀しみに顔を歪める。
「そうだ、君に渡したいものがあるんだ。手を…出して」
僕はずっと握りしめて、大切に、自分の命よりも大切に守り抜いたそれを、そっと彼女に差し出した。
「今日、渡す予定だったもの。僕は間に合わなかったけど、それでも、君に渡したくて」
僕は彼女の差し出した手をそっと握る。すり抜けるかと思ったが、そうはならなかった。
僕は、彼女の手に、優しく、柔らかいその手に、最後のプレゼントをそっと握らせた。
「泣かないで。君には笑顔でいて欲しいんだ。だから、今度は、今度会う時は、僕に、僕の大好きな君の笑顔を見せて」
勝手なことを言っているのは分かっていた。それでも僕は彼女には笑っていて欲しかった。
「例え、君と触れ合うことは出来なくても、例え君の目に映ることがなくても、僕はずっと君を守るから。だから、君は、僕の分まで、幸せに…」
伝えたいことを伝え終わると、身体はさらに実体をなくし、僕の意識は少しずつ、遠のいて行った。
僕の意識がすべてなくなる直前、君の笑顔が見えた気がした。
初めての試みとしてこのような小説を書きました。色々と戸惑うこともあり、試行錯誤しながらようやく完成しました。
作中、『僕』の行動として、『歩いた』、『走った』などの表現は使わないようにしてみました。
また、『僕』、『彼女』として、個人の名前を付けなかったのは、自分に重ねて頂きたかったからです。