序章
序章 【Decision/決意】
『XRT-800 起動シマシタ』
無機質な声が鳴る。それと同時に、モーターの音が辺りに響く。
試しに手を握りしめた。
目に映ったのは俺が動かそうとした機械の手。なんのタイムラグもなく握ることが出来た。上出来だ。
今度は足を一歩踏み出そうとする。脳波同調装置のセンサーが筋肉に放たれる微弱な生体電気を感じ取り、駆動モーターに動きを補助をするように命令を出す。
すると駆動モーターが稼働する。
これもまたいい反応で動いた。なんの遅延もなかった。
実際には足は動かそうとしただけで動かした訳では無い。
通常時の稼働については何の問題もなさそうだ。
そのまま軽く歩き、
次はそばにあった円柱のターゲットに向かって軽く殴りかかる。
すると駆動モーターやプラズマエンジンが、一層甲高い音を立てる。
拳に電撃のようなものがほとばしり、高速で自身の右腕が放たれる。
金属がぶつかりあった轟音が響き、空気が震える。
軽く小突く程度で殴ったはずが、チタンでできたターゲットが木っ端微塵に吹き飛んだ。
駆動モーターとエンジンが音を潜め、辺りには鉄くずとなったものが散らばっている。
かなりの威力だが、俺としてはここまでするつもりは無かった。
どうやらパワーの微調整は上手く言ってないようだった。
ふと拳を見る。仮にもチタンでできた塊を殴ったのだ。普通の鉄であれば木っ端微塵だ。
しかし、そこには傷一つない鋼鉄の拳だった。電磁シールドも問題なく稼働していた。
最後に膝を曲げて跳躍する。気がつくと20mは上昇したのだろうか。当然頭をしたたか打った。
しかし、スーツにダメージはなく、むしろ天井には大きなヘコミができてしまった。
やはりパワーの調整は上手くいってないようだ。
だがほかのことに関しては最高の出来だ。
これほどのパワーを出せるなら実用化も近い。
しかし、あれでも抑えたつもりの一撃だった。
それでもあの鉄柱は吹き飛んだ。
鉄柱が脆かった訳では無い。
真正面から撃てば357のマグナムでも受け止めるものなのだ。
それでも吹き飛んだ。
制御装置を改良しないといけないだろう。
あのパワーを殺さないようにかつ、必要な時のみあのパワーを出せるようにしなければ。
反省点を省みながら出口に向かって歩き出す。
「おつかれ。どうだった?」
出口の外には白衣を着た男が立っていた。
手にはタブレットを持ちこちらを見ている。
「基本的には問題ない、と言いたいところだがパワーの微調整ができない。これじゃあまともに活動できやしないぞ。」
そう言い、腕のタッチパネルを操作する。
『XRT-800 システムヲ終了 スーツノ脱着シーケンスヲ開始 オツカレサマデシタ』
炭酸水の蓋を開けたような小気味よい音を立てて胸装甲が開かれる。蒸気が一瞬放出されあたりに立ち込める。
続いて頭部装甲などが外れる。それらをすべて脱ぎ終えると自動的にパーツが人型に組み立てられ待機状態になった。
そこには左手と左足だけがない、装着者を完全に覆うような俗に言うパワードスーツが立っていた。
「さて んじゃお前さんの義手と義足も調整し直すか。」
白衣の男は控え室から出ていく。
俺は自分の左手、機械と化した左手を握りしめた。
これは自分の手であって自分の手ではない。
俺の左足もそうだ。
その二つはまさに、先ほどのスーツそのもののパーツだった。自分の体のバランスに不釣り合いの大きさ、機能、そして力。
まさに戦闘用の強化スーツの体そのものであった。
しかし、これは俺の体そのものでもある。
俺はあの日のことを忘れない。
俺は早くこいつを完成させなければならないのだろう。
一刻も早く奴らを殲滅しなければならない。
俺は決意を抱くと無機質な左足で一歩目を踏み出し、冷たい左手でドアを開けた。
「では、そのように。解散。」
初老の男がそう締めくくる。
周りはガヤガヤと席を立ち会議室を出ていく者もおれば、席に残り書類をまとめている者もいる。
ちなみに俺は後者だった。
「ケイ、行かないのか?」
白衣を着た男がのぞき込んでくる。容姿は20代前半、平均より少し高めの身長。
細身ではあるがそれなりの筋肉量。
髪はオールバックに固めている。
彼は千逸 蓮花。俺と同じ戦闘用の強化スーツ開発局に所属している。
そう言えば、自分の自己紹介をしていなかったか。
俺の名前は明星ケイ(みょうじょう)。自分の容姿はどう形容していいのか分からないが、蓮花よりほんのわずか高い身長。髪は自然のまま、めがねをかけている。
ちなみに筋肉量は戦闘員としても活動してる為蓮花より若干多い。
「ああ。行くよ。」
椅子から立ち上がり、机の資料を義手に抱える。
ちなみに俺の体は左肩下、左大腿骨下は機械化されている。
体に完全に適合、同調させているため、様々な意味で義手義足とは違うのだが、取り外しは可能で他に形容しようがないためとりあえずはこう呼んでいる。
「そういえば新型の強化スーツが配備されるって話だよな?対クリーチャーのすげぇやつが。」
蓮花は俺の少し前を歩き、振り返って言う。
「ああ。MRT-500だろ?新型のプラズマエンジンを搭載して従来の軍用装着型強化服の1.3倍の出力を出せるとかなんとかってな。」
俺は拡張端末を開けながら言う。
目の前に様々な画面が表示される。
とりあえずの所、今日の俺に目立った仕事はないらしい。
ふと隣を見ると、蓮花は何も無い顔数10cmの場所を見ている
「俺も今日はなんにもねぇな。まぁ どうせお前の新型スーツの改良だろうよ。」
そう言いつつ、蓮花は腕時計を操作した。
拡張端末は、普段は装備者にしか見ることの出来ない拡張現実を広げ情報などを開示する。
一時的に他人に見せるため、画面を多数視覚化することは可能である。
40~50年前はスマートフォンと呼ばれるものがあったらしい。
今の拡張端末に比べれば利便性は極めて劣るようだ。
現在の拡張端末は腕時計型やペンダント型、これはあまり使う者はいないが眼鏡型というのもある。
拡張現実(AR)の技術はここ数十年で大きく進歩し、様々な活用がされている。
例えば、目の前にある食堂のメニュー表。
空中に投影されたメニュー表の横にはそれぞれの料理の立体模型が投影されている。
あれは個人が持っている拡張端末に多数視覚化可能なデータとして、映像、表示する座標を送信して、個人の拡張端末から表示している。
つまり、今俺の腕時計の電源を切ると様々なARは俺の目から消えてしまうわけだ。
そういった不安定なことから、未だに、液晶に映像を表示することの出来る端末や機器は存在する。
拡張端末は爆発的に普及しているが、物理映像を好む者は未だに映像端末を使用している。
軍の備品や指揮センターのモニター、株の市場取引場など、つまり重要な情報などは物理的な映像を使用していたりする。
「そうだな。だけどスーツは訓練室にあるぞ?取りに行こうぜ。」
そう言いつつ俺は左手のタッチパネルを操作しストレージに資料などを反物質化させしまい込む。
この技術もここ数10年で実用可能になったものだ。
物質の分子構造を、物質を構成するためのエネルギーと分子設計図に分解する。
するとどちらも半物質なので本来の大きさ、重さよりも遥かに小さくすることが出来る。
しかし、反物質化させる機材は未だにとても高価なもので一般には普及していない。
軍事利用されているものが大半だ。
この技術のおかげで弾薬の携行数が大幅に増えたりする。
「ああ。分かった。行こうか。」
蓮花はそう言って訓練室に向かった。
俺はふとあたりを見渡した。
そこには軍に所属している白衣の男と、民間企業に所属しているであろう、また違った白衣を着た男が話し込んでいる。
また別のところでは、軍服を着た女が、迷子になったのだろうか、泣いている小さな男の子と手を繋ぎ、母親を探しているようだ。
そのまた別の場所では、若い男と女が談笑している。近くの高校の制服を着ているため、10代後半と言ったところか。
しかし、平和そうな雰囲気とは裏腹に何人かは、俺ほどのものではないにしろ、義手義足を装着している者もいる。
今、この世界は平和とはほど遠い。
彼らの腕や足を奪った奴ら恐らく俺から奪った奴らと同じ奴らだろう。
「どうした?ケイ。」
俺が付いてきてないことに気がついた蓮花が立ち止まる。
「いや.........。なんでもない........。」
俺はそう言い、蓮花の跡につづく。
やはり奴らは生かしてはおけない。
大切なものがどんどん失われていく。
そうなる前に.........。
俺は..................。
奴らを殺し尽くしてやる。