【下】
「女装剤を上空より散布し、この世界に住む全ての人類を女装させることよ!!」
「な、なんだと!?」
大魔王の史上目的を知り、目を丸くするダメ太郎。
まあ、俺が偶々どこかで見たネタを設定した所為なのだが。
「そんなことに何の意味があるんだ!!」
ダメ太郎は声を大にして、当然の疑問を大魔王へと投げ掛ける。
そんなの俺だって知りたいわ。
「フフフ。私の開発した女装剤は、体だけではなく心でさえも女装させるの。つまり……全ての男は心が乙女になり、男しか愛せなくなる! そして子供が生み出せなくなった人類はやがて絶滅するのよ!! アハハハ!!」
「くそっ! なんて長期的な計画を立てるんだ! 許さないぞ大魔王!!」
「そして人間達の傍にいたのは、人に嫌がらせする為よ。靴を盗んだり、扉をノックした後で走り去ったりね!」
「僕の靴を取ったの君かよ!? 気に入ってたんだぞ!!」
変な設定を入れたことで、魔王の性格まで王道から逸れてきたらしい。
良い傾向である。
「止めたければ私の城まで来ることね。待っているわヴァーミリ……ダメ太郎!!」
「必ず阻止してやるからな! 首を洗って待っていろ! あと靴を返せ!!」
高笑いをしながら空の彼方へと消え去る大魔王マリア。
そこでまたも時間は止まる。ここから先の展開を考える時間が来たようだ。
『王道且つカオスに行くか。勿論、憂さ晴らしも忘れずにな!』
それから当然の如く大魔王討伐の旅に出たダメ太郎。
だが、彼の旅は過酷を極めた。俺の嫌がらせが、時を重ねるごとにエスカレートしていったからである。
最初に訪れた町では、町民達と会話が通じず身振り手振りでイベントをこなし。
次の村では盗賊に財布を盗まれ無一文となり、強制的に野宿を強いられ。
盗賊の親分との決闘はどういう訳かラップ対決。
山奥の集落では、変態男に寝込みを襲われそうになり。
神殿では不老の力を得るための犠牲として、全毛髪を神に捧げる。
途中で彼の仲間に加わったのは、隙あらば襲い掛かる物言わぬスライムと、隙あらばダメ太郎の寝込みを襲うマタギのように厳つい変態男。どちらも勝手について来た設定だ。
ダメ太郎の滑稽な姿を眺める度に、俺は腹を抱え笑い転げる。
だが、そろそろ物語を考えるのにも飽きてきた。どんな物語にも終わりは必要。
物語も憂さ晴らしも佳境だと考えた俺は、混沌色の風呂敷を畳みに入った。
『ただ魔王の城に到着じゃつまんねぇな。苦労して到達した感じにするかねぇ』
もはや俺は一流のナレーターだ。
しかもそれ一本だけでなく、脚本と監督も務めている。俺ほど優れた人間もそうはいないだろう。俺は自画自賛しながら、慣れた仕草でマイクのスイッチを入れる。
『一億年もの永き旅路の果てに、遂にダメ太郎は魔王の元へと辿り着く』
そうナレートすると場面は転換し、禍々しい城が俺とダメ太郎の前に出現した。
魔王城を間近で見たことに俺が少なくない感動を覚えていると、その上階の窓から大魔王マリアが姿を現し飛翔する。彼女はダメ太郎と会話できる位置に降り立つと、激怒しながら鈍間な勇者を非難した。
「遅い! 遅すぎるわ!! どんだけ待ったと思ってんのよ!!!!」
「仕方ないだろ!! こんな遠くに城建てる方が不親切だ!!!!」
「大魔王に親切心を求めないでよハゲ!!」
「頭について触れるな!! もう怒ったぞ!!」
丸坊主のダメ太郎は、髪が無いくせに怒髪天を衝く。
そして大袈裟なポーズを取り、手の平に力を集中させた。
どうやらお得意の魔法を使うつもりらしい。
しかし、そこでまたもキュルキュル。
必殺技を使うのにも、俺の言葉が必要なのだから困ったものだ。
仕方ない。
最高のフィナーレを用意してやろう。
俺はマイクのスイッチを入れ、この物語に幕を下ろす為の言葉を発する。
『ダメ太郎が魔法を発動するべく魔力を手の平に集中させた…………正にその時! ダメ太郎の懐より溢れた閃光が周囲を純白に染め上げる。何が起きたのか理解出来ぬまま、彼とその仲間は大きな爆発に巻き込まれた』
「うわあああぁぁぁぁ!!!!????」
「えっ! なになに!?」
ボロ雑巾のように吹き飛ぶダメ太郎とその仲間達。
離れた位置にいた大魔王は困惑の表情で障壁を張り、難なく爆炎を回避した。
そこで俺は、間髪入れずに爆発の理由をナレーションする。
『なんと! 授けられたカイロは王の罠だったのである! 魔王の城に到達すると爆発するように、大臣の魔法が込められていたのだ!!』
「む、無念…………」
虫の息となり地に伏すダメ太郎を見下ろし、俺は口角を吊り上げる。
そして死出の旅の手向けとして、最期の言葉を彼に贈った。
『爆発による深い傷で、あっさりと生涯に幕を下ろしたダメ太郎。結局彼は世界を救うことは出来なかった。いや、それどころか先程の大爆発により、女装剤は上空へと舞い上がってしまったのだ。風に乗って世界を巡る大魔王の秘薬。皮肉な事に、彼が魔王城へ来たことにより、人類は滅亡したのである。最後に残ったのは、大魔王の高笑いだけだったとさ――――めでたしめでたし』
俺がそう告げると同時に、世界は漆黒の闇に閉ざされる。
物語が終わるのなら、ナレーターの存在もまた、終了を意味しているのだろう。
一寸先も見えない闇の中で、俺を包むのは満足感。
考えうる限りの混沌な物語が生まれた。俺はこのまま死ぬのかも知れないが、それでも悔いは欠片もない。思っていた異世界転生とは違ったが、最後の最後で好き放題出来たのだから。
……なんだか……眠くなってきた。
瞼が恐ろしく重い…………。
眠い……ねむ…………ね――――――――
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『――――――あっ? 生きてる?』
俺は何故か目を覚ました。
心臓も動いているし、呼吸も出来る。
しかも驚きはそれだけじゃなく、どうしても取れなかった右手のマイクも消えていた。
死ぬ覚悟までしたというのに、実に拍子抜けだ。
『どこだココは?』
またこの言葉を口にする時が来るとは思わなかった。
再び迷い込んだ俺を迎えたのは、まるで宇宙そのものな場所である。
上も下もない世界で、遠くに色とりどりの惑星が浮かんでいた。
呼吸を出来るのが実に不思議な空間だ。
『…………また壮大な世界に来たもんだな』
自然と漏れるそんな言葉。
だがそれは、“独り言”にはならなかった。
『選ばれし者の空間ですからねぇ』
『うわっ!? 誰だ!!』
突然背後から響いた何者かの声に、飛び上がりながら振り返る。
そして、俺の視界に入ってくる一人の若い男。
気色悪いほど喜色満面なことを除けば、どこにでもいる普通の男だ。
何かのキャラクター物の服に、年季の入ったジーンズ。アニメに登場するのなら、モブキャラしか立ち位置が無いだろう。
男は俺の訝しげな視線を感じ取ったのか、
『私は神。貴方がナレーターを務めた世界の造物主です』
と簡潔に自己紹介をした。
『あ、あんたが…………?』
俺は狼狽を隠す事無く、男の紹介に後退りながらそう応じる。
世界を滅茶苦茶にした手前、物凄く居心地が悪い。最大限に警戒をする俺だが、次に男の発した言葉は意外なものであった。
『そんなに身構えなくても大丈夫ですよ? 別に取って食おうなんて思っていませんから。寧ろ私は貴方に感謝をしているのです!』
「はいそうですか」と簡単に警戒を緩めるつもりはないが、どこか間の抜けた顔をした男だ。俺は警戒レベルを三つほど下げた。
『それでは、行きましょうか? さあ、こちらへどうぞ!』
『はぁ!? おいちょっと待て!』
どこでも○アの如く、俺の前に突如出現したのは木の扉。
男は上機嫌に、その中へと俺を誘導しようとする。この神、どうやらアホなのは面だけではないらしい。
『なんですか?』
『何が何だか分からない。一から説明してくれ!』
『あれ? 説明してませんでしたっけ?』
『何もされてない!』
『コレは申し訳ない。他の神達にも、説明不足だといつも馬鹿にされますよ。ハハハ』
あっけらかんと笑う男だが、振り回される俺はたまったもんじゃない。
『最初の最初から説明するとですねぇ。実は今、神々の間である企画が開催されておりまして』
『イベント?』
やたらとミーハーな神達だ。
神というのはもっと厳かなものだと思っていたのだが……。
もしかしてライトノベルの神――――だったりするのだろうか?
『そうです! 集った神達で自慢の世界の情景や、一つの物語を見せ合うという企画なのですが……。私はあまり世界を創る才能がなくて……』
『はぁ』
ヨヨヨと泣く男だが、数瞬後にはパッと表情を明るくする。
そしてまた笑みをたたえ、
『しかしそんな時、閃きが訪れたのです! それは私に不可能なら、“第三者”に創って貰おう! というナイスなアイデアでした!! そこで私は地球に住む貴方に目をつけたのです。貴方ほど異世界を愛する者なら、きっと素晴らしい物語を作っていただけると確信しました!!』
饒舌にそう語った。
恐ろしく他力本願な考え方だが、敢えてここは黙っておこう……。
『だから私は彷徨える貴方の魂を、王道な設定だけを用意した世界へと送り込みました。そして、ただ作っていただくのでは芸が無いと思い至り、ナレーター形式にしたのです。我ながら最高のアイデア!!』
悦に浸る神の言葉から、俺が転生した経緯が理解出来た。
つまり俺は神々の遊びに利用されただけのようだ……。
癪に障らないこともなかったが、楽しめたから許してやるか。
『素晴らしい世界、いえ物語は出来ましたか?』
目を輝かせながら俺に問うてくる神。
それに対し俺が浮かべるのは、醜悪な笑顔だ。
『ああ。最高の世界と物語が誕生したよ。文句なく名作だな!』
その言葉に『ふぅ』と安堵の息を吐く無能な神。
それを見た俺は、心の中で大爆笑した。イケメンが落ちぶれ、非業の死を迎える大傑作。これが名作でなくてなんとする!
心の笑いも治まってきたところで、気になるのは俺の今後だ。
まあ、既に満たされた今の俺だ。死すらも難なく受け入れよう。
『俺はどうなるんだ? このまま死ぬのか?』
『まさか!? とんでもない!!』
いちいち大袈裟なアクションをする神だ。
しかし男の反応を見る限り、俺は死ぬ訳でも無さそうである。
『手伝っていただいたのに、貴方をお払い箱になどしまいませんよ。私はそこまで薄情ではありません! もちろん、褒美も用意しております』
憤慨するアホな神だが、褒美とくれば貰わない手もないだろう。
なんでもくれるというのなら、次こそ俺の思い描く異世界転生を希望してやる!
『というより。貴方の体験した世界は、確かに企画用に作った世界です――――が! 実は貴方の為に作った世界とも言えるのです』
『あん? どういうことだ?』
男の言ってることが分からない。
俺の腹いせに利用したあの異世界が…………俺の為だと?
『つまりですねぇ。常日頃から異世界転生を夢見た貴方に、その機会を与えようと私は思ったのです。ですが私はご存知の通り、世界を創造し、物語を紡ぐ才能がありません。な・の・で! 災厄様! “貴方自身に”“貴方の”物語を紡いでいただいたという訳です!! ああ! さすが私! ナイスアイデア!! 貴方は自身の容姿を嘆いておられましたので、美男子というサービスも付けさせていただきました!!』
ん?
なんだ?
まだこの男の言うことが………………理解出来ない。
『おや? まだ分かりませんか? もっと簡単に説明すると――――――』
聞きたくない。
聞いてはいけない。
こいつは…………なにか恐ろしいことを…………告げるつもりだ。
『災厄 屑生様! 貴方は今から異世界転生をするのですよ!! 英雄ヴァーミリオン・アレクサンダーとして!!!!』
『……………………………………は?』
頭が真っ白になる。
こいつは一体…………何を言っている?
『おっと。時間が来たようですね! ココは神達だけの世界なので、貴方はこの場所に長くいることが出来ないのです。それでは、最高の物語が待つ異世界へ! GO!!』
俺は神の不思議な力により、木の扉の中へと吸い込まれた。
その際、木の扉が“奴の部屋の扉”であることに今更ながら気が付いたが、後の祭りである。
「はっ!? ここは!!」
次に俺の視界に飛び込んできたのは、どこかで見た風景。
木の本棚に木製のベッド、同じく木製の洋服ダンス――――――
そして……そして……。
俺の眼前の大きな姿見には、スラリとした長い足に、つき過ぎでない腕の筋肉。
垢抜けた茶色の髪に、オレンジ色の瞳を持つ、高身長の絶世の美男子が映っている。
「う、嘘だろ?」
喉から耳に届く声も爽やかで、本来の俺の声ではない。
そんな狼狽する俺に追い打ちをかけるように、
「ヴァーミリオン。準備は出来たかい? 幼馴染のマリアちゃんが見送りに来てるよ。早くしなさいな」
階下から聞こえる中年女性の声。
「ひいぃ!! 馬鹿な! そんな!! そんなことある訳が!!!!」
しかしそんな俺を否定するかのように、どこからともなく聞き覚えのある声が部屋全体に響いた。
『準備を済ませたヴァーミリオンは一階に向かった』
俺の意思に反し、勝手に動き出す美男子の体。
そこで俺が知ったのは、恐ろしい事実だ。
「あ、ああ…………あああああああああああ!!!!????」
階段を下りるという行為が、“省略されてはいない”のだ。
暗転なんて機能が無くなったこの異世界では、取った行動の全てを、俺は実際に体験しなくてはいけないのである。
これから先。
舌舐めずりをして俺を待つ、支離滅裂な展開のオンパレード。
変態と魔物の仲間と過ごす、過酷な一億年の旅路。
その果てにあるのは、滑稽で惨めな最期。
俺の脳内は、
未だかつてないほどの、
混沌に飲み込まれたのだった……………………。