【上】
澄んだ空から降り注ぐ太陽光を鬱陶しく感じながら、俺は360度のパノラマカメラ動画のように視界をぐるりと回転させる。眼前に広がるのは中世ヨーロッパを彷彿とさせる街並み。記憶のどこを探しても、見つける事が出来ない光景だ。
『どこだココは?』
疑問を故意に口に出してみるが、誰からの反応も返っては来なかった。どうやら俺には優しく無い場所らしい。
仕方ないのでもう一度周囲へ視線を走らせる。
やはり俺の住む町ではないし、日本でもない。
違うのは街並みだけでなく、住人達の様相もかなり違う。
青銅の鎧に身を包む青年に、踊り子の様な過激な服装の美女。
巨大な金槌を持ち歩く、上半身裸の筋骨隆々のマスクマン。もちろんそんな変わり種ばかりでなく、地味な服装の住民も多く見える。
一瞬街を挙げてのコスプレイベントかとも思ったが、どうもおかしい。
住人達より発せられる雰囲気が、仮初の物とは全く異なるのだ。服の汚れ具合や生地の痛み具合など、“生活感”が滲み出ている。待ち行く者の全員がカリスマコスプレイヤーなんて事は有り得ない。
『という事はつまり……この場所は……』
普通の者ならこの状況にパニックを起こすのだろうが――――俺は違う。
俺ぐらいの通になると、“この世界が何処なのか?” 直ぐに当たりを付けることが出来るのだ。
『や、やった!! 俺は遂に…………念願の異世界転生をしたんだ!!!!』
人々行き交う街の中央広場で、俺は周囲の者を気にも止めず小躍りをした。
だってそうだろ? 夢にまで見た異世界転生が出来たんだ! これを喜ばずに、何を喜べば良いと言うのか?
俺こと災厄 屑生の人生は思い返せば冴えないものだった。
金持ちではない親のせいで海外旅行にすら行ったことがない。更に見る目のない女共のせいで20歳になる今でも恋人がいた経験もなく、教え方の悪い教師のせいで良い仕事にも就けなかった。
そんな俺がいつも空想していた『異世界転生』。冴えない男が転生した異世界で最強の能力を手に入れ、苦労も程々に魔王を倒す。そして最後は美女ハーレムを作り、死ぬまで幸せに暮らしていく――――素晴らしい!
『そうだ! 今思い出した!』
俺はそんな異世界への転生を憧れるあまり、走る4トントラックの前に「俺は死にます! 異世界が好きだから!」と両手を広げて飛び出したのだ。
そして、目を覚ました俺が最初に見たのがこの世界というワケ。
まさにミラクル! ビバ異世界!!
――――――と。
本来なら小躍りを続けるところなのだが、それを阻む“見過ごせない部分”がこの世界には幾つかある。
先程、側にあった民家の窓硝子を見て気付いた事実。
俺の姿…………どう見てもトラックに飛び出す前と変化ないんだよね。
普通さ?
異世界転生っつったら、容姿は変わるもんなんじゃないの?
何でイケメンになってないんだよ。ふざけんなよ。コレじゃモテないままじゃないか。
だが、それよりも更に奇妙な事がある。
『…………触れねぇ』
壁も家も人もそうなんだが、一切触れることが出来ない。
なんか見えない壁に遮られて、どうやっても干渉不可能である。もちろん街行く人々に声も掛けてみたが、まるで俺の姿が見えないかのように完全無視。
極め付けはコレ。
目が覚めた時から握っていた右手のマイク。
そして、ジーンズのポケットに入っていた見知らぬ便箋。
その中には『ナレーションよろしくお願いします』の文字。
『意味不明解読不可能…………訳分からん』
どんな理屈か知らないが、マイクは俺の右手の平にピタリとくっついて離れない。まるで超強力な接着剤でも使用したかのようだ。
仕方ないので、夢の異世界の景観だけでも堪能しようと歩き出してみた。
するとこれまた町の至る所に見えない壁があり、狭い範囲内でしか行動出来ない。多分、25メートルのプールぐらいの範囲だ。
『ふざけんなよ!』
これは俺の望んだ異世界転生とは違いすぎる。
石畳の地面に胡座をかき、途方に暮れる俺が思い出したのは、手紙に書かれていた文字。
特にする事がある訳でもない……。
俺は「ものは試し」とマイクのスイッチを入れ、ナレーションをやってみることにした。
『ここは、主人公の生まれ故郷。ええ~っと……ヨコスカの町。活気に溢れたこの町の町長の息子として、主人公の青年…………えっと、かっこいい名前。ヴァーミリオン・アレクサンダーは生を受けた』
するとどうだろう?
今まで何をしても変わらなかった景色が暗転し、数秒後には別の風景に切り替わったではないか!
木の本棚に木製のベッド、同じく木製の洋服ダンスに大きな姿見。
窓から覗く景色から、二階部分であることが分かる。
どうやらどこかの民家の一室のようだ。
鏡の前には、身嗜みを整える高身長の絶世の美男子がいる。
スラリと伸びた長い足に、つき過ぎでない腕の筋肉。
垢抜けた茶色の髪に、自信に満ち満ちた躍動的なオレンジ色の瞳。
無骨な胸当てを装着しているというのに、カリスマモデルがコスプレしているようにしか見えない。
俺とは似ても似つかぬ良い男だ。
この男の様に生まれていたら、俺の人生も違ったものだったろうに…………。
「今日は父と共に国王様に呼ばれていたんだっけな。身嗜みはしっかりしないと」
何故かイケメンは説明口調の独り言を呟いた。
甘いマスクから飛び出す声まで良いものを持っている。
この男の職業が声優だと言われても、俺は一切の疑念を抱かないだろう。
まあ、この世界にそんな仕事があればの話だが…………。
「ヴァーミリオン。準備は出来たかい? 幼馴染のマリアちゃんが見送りに来てるよ。早くしなさいな」
「分かった。直ぐ行くよ」
開いた木製扉から見える階段。
その下から聞こえる母親らしき声に応答するイケメン。
俺は木の床の上に横になり、仕方なしに事の成り行きを見守る――――のだが。
イケメンは一向に動く気配を見せない…………っていうか固まってる。
不思議に思って近づいてみると、その双眸は瞬きすらしていなかった。
窓から表を見下ろすと、外の者達も同様に硬直しているのが分かる。
完全に時が止まっているようだ。
ふとある考えに思い至った俺は「もしかして」と呟きながら、再びマイクのスイッチを入れる。
『準備を済ませたヴァーミリオンは一階に向かった』
すると場面はまた変わり、ヴァーミリオンと両親が会話しているシーンから始まる。このイケメンは、ナレーションが無いと階段すら満足に下りられないらしい。
「母さん。では行って参ります!」
「うう……立派になって! 自慢の息子ですよ」
「母さんその辺にしなさい。マリアちゃんを待たせたら悪い。行くぞヴァーミリオン」
恰幅の良い中年の男と、上品な中年女性に挟まれているイケメン。
胸を張るその姿は実に誇らしげだ。するとまた時間が止まり、皆が一様に動かなくなる。
『…………またかよ』
俺はマイクのスイッチを入れた。
『嬉し泣きする母親に見送られ。ヴァーミリオンと父は家の外に出る』
次のシーンは幼馴染みの少女に見送られる場面らしい。
地味な服装の女の子だが、素朴な中にその素材の高さが見え隠れする。
化粧をすれば化けるタイプ。とでも言えば良いのか…………ってか普通に可愛いわ畜生!
「行ってらっしゃい。気を付けてねヴァーミリオン」
「大袈裟だな。ここから城は見えてるじゃないか。直ぐに戻って来るさ」
「はははっ愛されてるな! ヴァーミリオン」
「もうっ! オジサマったら!」
…………なんだろう? 胸に込み上げるこの泥のように濁った感情は?
「おっ! ヴァーミリオン! 国王様に呼ばれたんだってな? お前は皆の誇りだ!」
「ヴァーミリオンだ~! カッコいいな~! またあの凄い魔法見せてね!」
「町長も良い息子を持ったな!」
老若男女の町民達から声援を贈られ、爽やかな笑顔を振りまくヴァーミリオン。
右手を上げたりなんかして、英雄そのものじゃないか。
『気に入らない』
俺の口から自然にそんな言葉が零れた。
裕福な両親の元で生まれ。
何不自由なく育ち。
恵まれた容姿に、持って生まれた才能。
皆に愛され、可愛い幼馴染みまでいると来たもんだ。
何から何まで俺とは違う。
気に入らない気に入らない気に入らない!!!!
何故俺はこんな男の人生を追っているというのか?
俺の言葉が無ければ、何一つ満足に出来ないこの男の!
何故俺がこの男の一生を介護しながら進めねばならぬのか!
俺が夢見た異世界転生はこんなのじゃない!
折角第二の人生を手に入れたと言うのに……。ナレーターとして一人の英雄の人生を追うだけで終わりなんてあんまりだ!!
『ぶっ壊してやる』
俺の思い通りにならない世界なら……。
俺の思い通りに主人公の英雄譚を無茶苦茶にしてやる!
『ナレーター面白いじゃないか。なってやんよ! 破滅のナレーターにな!!』
右手のマイクをしっかと握り。
俺は悪意ある笑みを浮かべた。