Epilogue:Happily Ever After
「――ねえ結羽、結羽ってば。聞いてる?」
何かの広告を片手に固まる少女の肩を叩いて、現実世界に連れ戻す。
待ち焦がれた夏休みが私たちの街にもやってきた。燦々と照りつける太陽を嫌って、私たちは秘密基地を東屋から西川家へと移し替えていた。
あれから数週間。この時間を使って、様々な人に礼を言いに行った。まず七海には最大級の謝辞を。見返りにデートを求められたので、今度付き合う予定だ。それから、両親にも。なんだかんだ言って特殊だった私の恋路だったけれど、何も言わず背中を押してくれた。豪放磊落な母と心優しい父の奇跡的な組み合わせだからこそ成立したのかもしれないが。そして有島先生。正直認めたくはないが、一連の流れでのキーパーソンだったとも言える人物だった。あの人が結羽に声を掛けなければ、そもそも今の結末には至らなかった。そう思うと――いや、やっぱり認めたくない。
「結羽ってば、ぼーっとしちゃって。どうしたの?」
「ここ、続きのやつの舞台にできひんかなって……」
そう言って見せてくれたのは、国内でも有名なリゾート地の宣伝広告だった。
「ん? 続き?」
「あ、言ってへんかったっけ……この前のやつ、有島先生に褒められて……続きを書いてみないかって言われたから……」
なるほど。状況は察した。
結羽の創作活動も軌道に乗っているらしく、現在も機械を引っ張り出してはちまちまと書き続けているようだ。相変わらず執筆中の原稿は見せてはくれないが。ラブレターの中身を見られたくない、というだけじゃなかったのだろうか。
「でもさー、ここなら割と手が届きそうだね。どうする? 行っちゃう?」
「い、いきなりそんな……」
首をふるふると横に振る結羽が可愛らしくて、頭をぺしぺしと撫でる。あう、と小さく声を漏らし、いかにも不満そうな顔でこちらを見上げたが、すぐに表情を崩して頬を赤らめた。
「……でも、――ちゃんと一緒やったら、いいかも……」
「ん? 誰と一緒って?」
言葉の端に隠れた一瞬の照れも見逃さず、重箱の隅を突くがごとく指摘する。
「う、うぅ……。ち――ちゃん」
「まだまだ。聞こえないぞー」
「――ち、ちぃちゃんと一緒やったら、どこに行っても楽しいって言ってるの!」
「はい、よく言えました」
ご褒美に特大のハグとわしゃわしゃ頭を撫でてやる。どうやら結羽は私の定めた新しい呼び方に慣れていないらしい。恋人同士ならもっと親しい呼び方にしたいよね、ということで変えたのだけれど、お気に召さないようだ。
「うぅ……ち、ちぃちゃん、わかっててやってるでしょ……」
「ふふん、もっかい呼び方特訓してもいいんだよ?」
「い、意地悪~っ!」
結羽がいじりがいがあるからだ、というのは黙っておこう。言わぬが花だ。
そんな他愛もない会話を続けながら、ある夏の日は過ぎていく。
* * *
「あれ、千紘ちゃん? 奇遇だね」
「奇遇でも何でもないんですけど!」
また別の日。通りを歩いていると、別に出会いたくもない人に出会ってしまった。脳が指し示す通り、危険人物から距離を取る。
「ハハハ、そんなに拒絶することないじゃないか。泣いちゃうよ?」
変態作家の飄々とした態度が癪に障る。何の血を継げばこんなに調子に乗った人間が出来上がるのか、本気で気になってしまう。
「勝手に泣いててください! っていうか、なんでこんな所にいるんですか!? 原稿はどうしたんです!?」
「あれ、お母さんから聞いてない? つい最近ここに引っ越したんだ。毎回新幹線で移動するのも大変だからね」
「……!?」
悪夢――――!
道端を歩いていたら有島先生に挨拶されるとか、普通に想像しただけで嫌だ。絵面は美青年と親しげにする女子高生で周りが羨む展開だろうが、その中身を知ってしまうと……どうも、ときめかない。
「……まあ、というのは建前なんだけどね」
「本音は?」
「ファンに自宅が特定された」
「……大変ですね……」
美青年は美青年なりに苦労があるということか。そういえば、今も変装のつもりなのかメガネを掛けている。バレバレですよ、と教えてあげたい。
「そうだ、今から結羽ちゃん家に行って驚かせようかな。家教えてよ」
「嫌ですよ。何するかわからないし」
「ほんと人望ないよなぁ。何か悪いことした?」
悪いことはしてないけど胡散臭いので有罪。というか結羽に近づいたらそれだけで事案になりかねない。万が一クラスメイトに見られて噂になったりしたら――考えるだけでおぞましい。考えなかったことにしよう。
「あ、そういえば今長編連載のネタを練ってるんだ。千紘ちゃんにだけ特別に見せてあげよう」
いやいいです、と答える前に、彼はヨレヨレのノートを広げて見せてくれた。
「季節外れの転校生・美結と正義感の強い女の子・千鶴の二人が織り成す、ちょっぴりラブコメチックな学園ミステリーさ!」
「プライバシー侵害で訴えますよ!?」
何やってくれてるんだこの作家は――――!
というかまたそのネタか! 普通に結羽の盗作じゃなかろうか!?
「ま、というわけでじゃあね。僕は自力で結羽ちゃん家を探すよ」
「やめてください! 教えますから! どう見ても不審者ですからね!?」
手の付けられない問題作家の背中を追いながら、ある夏の日は過ぎていく。
* * *
『んで、結羽ちゃんとの進展はどうなん?』
「ばっちりだよー。結羽ってばすっかりデレデレしちゃって、ほんと可愛いんだよ」
電話越しのからかうような声に、負けじと惚気た声を返す。夏休みに入ってからも七海との関係は良好で、こうして何度も電話したり、会っていろいろ買い物なんかをしている。
『あはは、仲良さそうで何よりやで。嫉妬してまうで』
冗談めかして言う七海だったが、その言葉の端には少しだけ本当の気持ちも混ざっているような気がした。本人が割り切って手放してくれた感情を、今でも私は受け取れずにいる。らしくないとは思っているけれど、あの時のやり取りを思い出すと――どうしても振り切れない気持ちが残る。
「……ほんと、ごめんね」
そんな七海に対して掛けられる言葉といえばそれしか思い浮かばなかった。
『もー、千紘ちゃんってば! そんなシュンってされたらこっちが困るやろーが!』
「ご、ごめん……」
怒られた。今度は別の意味で謝罪することになってしまった。
『あたしのことはいいから! 千紘ちゃんは結羽ちゃんを幸せにすることだけ考えとき!』
「……ありがとう……ごめんね」
『あー、また謝ってるしー! 千紘ちゃん、そんなキャラやったっけ?』
違うと思うんだけどなぁ。やっぱりどこかで負い目を感じているのか……?
『じゃあさ、今度二人でどっか遊びに行かへん? それでおあいこってことにしよ』
「この前遊びに行ったばっかなのにいいの?」
つい最近、見返りのデートをしたばかりだ。テンションの高い七海に振り回されまくりで結構大変だった記憶がある。
『いーのいーの。千紘ちゃんとなら、どこ行ったって楽しいから』
スピーカーから明るい声が聞こえる。彼女の屈託のない、辺りを照らすような笑顔が目に浮かぶようだった。本心にせよ方便にせよ、それが彼女の気持ちであることに違いはなかった。その気遣いは私にとって苦しくもあったが、何より嬉しいものだった。
「……ありがとね」
『いいってことよー』
やっぱり、七海は最高の友達だ。出会えてよかった。今度、何か恩返しをしてあげないといけないかな。何をしたら喜んでくれるだろう――。
最愛の親友に言えない感謝を抱きながら、ある夏の日は過ぎていく。
* * *
ある夏の日の夜。私はベッドに寝転んで、これまであったことのあれこれを反芻していた。
ここに転校してきて、結羽と出会って、一目惚れして。そして七海や有島先生に出会って――すべての出来事が、雷鳴のような一瞬のことだったかのように思える。
「今となっては、懐かしい感じだなぁ……」
まだ今年の話ではあるけれど、彼女たちと過ごした思い出があまりにも濃厚すぎて、そう思えてしまうのだろう。私の推論だけど、思い出の濃さと時間の体感速度は比例するんだと思う。これからもこんな濃い思い出を作っていくのなら、私の高校生活は一瞬で終わってしまうに違いない。
「ふふ、大変だなぁ……どうしよう」
おどけて笑ってみた。人生一度きり、青春も一度きりと言うのなら、ぜひ生き急いでやりましょう。結羽も七海も連れて、見たこともない場所へ行ってやりましょう。
体を起こして、愛しい結羽の姿を思い浮かべる。それだけで全身に力がみなぎってくるようだった。何でもできる、そんな気分だった。
そして、結羽と目を合わせ、その甘やかな声を聴けたなら――もはや私を遮るものはないだろう。目の前の壁を突き破って、青空が広がる世界に飛び出していく、そんなイメージが脳裏に浮かんだ。
「君の声を聴かせて……なんてね」
まだ夏休みは続く。同じように、結羽との宝箱のような思い出も続いていく。色んなものを見て、色んな人に会って、色んな体験をしたい。きっとそのすべてが――たとえ道端の石ころだって、結羽と一緒なら煌く宝石に変わるだろう。
次は何をしよう。私の心は、明日に向かって躍りだしていた。
その心を追いかけるために、とりあえず今は――。
「それじゃ、おやすみなさい」
今度こそきみこえ、完結――。
長かったデス……何とか完結させることができました……嬉しすぎて踊ってます……。
ところで1話の投稿が2月2日なんで、ほぼ丸1年で書き上げたことになります。我ながら天才。
今年はもっと速いペースでいい作品をバンバン書いていきたいのでよろしくお願いします!
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それでは、ありがとうございました!おしまい!
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