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8.賭けと覚悟

「トリーニア、賭けの内容とは結局なんだったんですか?」


 ミアとファンヌのことをちらりと見ながらトリーニアに質問する。


「それは……、アキート・ニータが晩餐会に参加してくださってわたくしが婚姻の申し込みをできればわたくしの勝ち、その前にミアたちの誰か一人がアキート・ニータの愛を勝ち取ればわたくしの負けだったのです」


「……なんかそれって、全然賭けとして成立してませんよ。俺が晩餐会に出ないでみんなに気持ちを伝えなければ勝者無しですよね」


「あのぅ……、そこは私たちがヒットさんの気持ちを聞いて、その後で晩餐会への出席をどうするか決める約束だったんです」


「……」


 横からおずおずとファンヌが口を出した。

 ミアに加えてファンヌも共犯で間違いなさそうだ。

 ファンヌとミアだけでゲルダは知らないということは、もちろんないだろう。

 俺はため息をついて、つい仏頂面で無言になってしまった。


「私たちの誰かがヒットさんの愛を勝ち取っていればどう行動してもいいし、ダメだったり開催までに間に合わなければなんとかして晩餐会へ連れて行くと……」


 ずっと俺に黙って事を進めていたのがさすがに心苦しいのか、それとも珍しく俺が不機嫌になったのを察してか、ファンヌはいつものようにニコニコしていない。


「あんたが悪いんだからね! 早くはっきりしてたらこんな面倒くさいことにはならなかったんだから」


 ミアよ、それは逆ギレだろう。

 確かに俺は自分の気持ちにすら気づいてなかったけど、お前らも言うほど熱烈にアプローチしてなかったよな。


 ……自分で機嫌の悪さを外に出しすぎているのがわかる。

 いつもはもっと言い募ってくるミアが、俺の顔を見てうつむいてしまった。


「アキートさん……」


 ミルファさんがまた心配そうに俺のことを見ている。

 何度もそんな顔をさせてしまって、すみません。

 ちょっと……、もうちょっとだけ待ってください。

 気持ちを整理しますから。


 キャロリンはすっかり寝落ちしている。

 良かった、こんな様子を見られたら怖がらせてしまう。


 ふぅ、深呼吸でもしよう。


 どうやら俺は簡単に他国に逃げていい身分ではなくなったらしい。

 晩餐会に出てトリーニアに求婚されれば、決まった相手がいない俺とトリーニアは俺の意思を無視して結婚する流れになったんだろう。

 ……まあ、これはある程度予想通りだ。

 だからこそ東の島国に逃げようとしてたんだからな。

 さっき知った勇者の立場からすれば断ることもできるんだろうけど、それをするとトリーニアの立場がなくなるだろうし。


 最初から俺がいろいろと事情を知っていて、それでも受け入れるのを拒否したとしよう。

 俺が本気で国を捨てる気になれば、勇者の地位など気にせず姿をくらますことなど簡単だ。

 そうならないようにトリーニアはミアたちに賭けという形で取り引きを持ちかけ、俺に国を捨てさせたくなかったミアやファンヌがそれに乗ったのだろう。

 実際、彼女たちは賭けのために強引に俺の気持ちを気づかせたし、トリーニアがそれで負けを認めて引くというのなら、丸く収まる。


 俺は鈍感だし気配りができないのだろう。

 ミルファさんやキャロリンをこれ以上傷つけないためにも、自分の気持ちに気づかせてくれたことはありがたいとさえ思う。


 ……そうやって頭では理解できるんだが、なんとなく騙されていたようで、……いや実際に陰でコソコソやられてほぼ騙されていたんだから、腹が立つのは仕方がないじゃないか。


「別にボクたちは賭けに負けるつもりはなかったんだ。アキートが気づいてくれる自信はあったよ。ボク個人の思惑だけど、もし賭けに負けてもアキートが本気で嫌がるなら晩餐会に出席させる約束は反故にするつもりだったしね」


 俺の機嫌が下降して空気が悪くなったのを気遣ってか、ゲルダがあっけらかんと言ってきた。

 王族との賭けという名の取り引きを反故にするつもりだったとか、トリーニアの前で言っちゃうところが大胆だな。

 空気を読んで空気を読まない発言、さすがはゲルダだ。


「アキートがどうしてもボクたちを受け入れられないし他国にも逃げるって言うんなら、ボクたちも国を捨てて従者としてでもついていくつもりだったさ。でも、ミルファさんとキャロリンっていう強力な助っ人がふたりも加わったし、そうはならないってわかってたよ」


 そこまで言ってくれるゲルダの言葉を聞いていると、勝手に賭けの対象にされてムッとしていた気持ちも収まり、逆にむしろ申し訳ない気分になってくるから不思議だ。

 こんな俺なんかのために、よくもそこまで思い入れてくれるものだ。


 ちょっと照れくさく思いながら、たぶんさっきより緩んだ顔でゲルダを見たんだが−−


「でもさー、ボクとしては本当はもう少しゆっくり進めたかったなー。トリーニア様が参戦するとさ、ほら、一人だけ突出した身分の方がいてややこしくなるじゃないか。だから賭けには乗ったんだけど、本当はこれまで通りみんなで仲良くじっくりとアキートを落としにかかりたかったんだよねー」


 ……ちょっと待て!

 これまで通り落としにかかるとか、お前も今までそんなそぶりを見せたことなかっただろ。

 お前が毎日俺にしかけたのは、首を締め付けて落としにかかることだけだ。

 あの肩組みと称する首締めがお前の男の落とし方だというなら、お前はなんか間違っている!


「あら、ひどいですわね、ゲルダさん。賭けのことはともかく、アキート・ニータの事でわたくしだけを除け者にしようなんて許せませんわ。それにわたくし、この件に関しては身分を振りかざすつもりはありませんでしたのに」


 トリーニアはあまりお姫様らしくない所作でズイッと身を乗り出してきた。

 トリーニアの体がテーブルにあたり、テーブルの上の茶器がガチャガチャと音を立てる。

 侍女たちが慌てているし、でかい音でキャロリンがビクンとして目を覚ましてしまったじゃないか。


「それに、まだ賭けは終わっていません。さっきのアキート・ニータのお言葉だけでは不十分ですわ。せっかく王都から来たのですから、わたくし自身がアキート・ニータを口説く……説得するという手段も残されていますわ」


 トリーニアが狩人の目つきで俺を見つめてきて、思わず身を引いてしまった。


「ちょっと、トリーニア様、あきらめが悪いわよ。アキートは私たちが好きだって叫ぶの、ちゃんと聞いてたんでしょ!」


 ゲルダのおかげで俺の機嫌が戻ったのを敏感に察知したミアが、いつもの調子で呆れたように言ったが、トリーニアはむしろ勝ち誇ったかのように言い返した。


「いいえ、アキート・ニータはあなたたち全員が好きだと言ったのです。そこに女性として愛しているという響きはありませんでしたわ。わたくしにもまだチャンスはあります」


 トリーニアの堂々たる宣言を聞いて、他の女性陣は一斉に大ブーイングを始めた。


「そんなことないわよ!」

「ヒットさんの愛が伝わってきました!」

「ボクにもはっきりと想いが伝わったけどね」

「とうとう私の気持ちを受け入れてくれたんです! 秘書としてもおそばに置くと言ってもらいました」

「お兄ちゃんはあたしの元に帰ってくるんだよ-」


 えっ? えっ?

 あなたたちのことは大好きですが、愛?

 いや、女の子を好きってことはそういう意味……か。

 女性として愛せるかな…………いや、愛してる、んだよな、もう。

 あれだけ日本人風が好みとか言っておいてアレだが、日本にいた頃好きだったアイドルの顔とかもうまったく思い出せない。

 母さんと妹、あと幼馴染みの顔くらいは憶えてるけれど、それ以外の日本人女性の顔なんてもう目に浮かばないわ。


 ……良かった、失う前に気づけて。

 あのまま東の島国に旅に出て、万一そのまま帰ってこれなかったら死ぬまで後悔した流れだった。

 気づくきっかけをくれたトリーニアにも、一応だが感謝しておこう。

 みんなで俺を除け者にして賭けの対象にしていたのも、……まあ、もう良しとする。


 気づいたからには、ちゃんするぞ!

 ずいぶんとみんなを待たせていたみたいだしな。


 俺は覚悟を決めて立ち上がった。

 ブーイングをやめた女性陣を一人一人見て、最後にミルファさんを見つめて言った。


「俺はみんなのことを女性として愛しています。こんな俺で良かったら結婚してください」

彼は女性に対して鈍感ですが、自分の置かれた状況を理解する能力はあります。地の文で彼の独白が長いのは、そうやって状況把握をしているせいなのです。


次回が最終回になります。

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