5.追い打ち、さらに自覚、そして宣言
「つまり、全員がもう知り合いで、ミルファさんたちは俺の状況も杜撰な計画もすべて知っていた、ということ?」
ようやくまともに頭が働くようになった俺は、一番まともに話せそうなゲルダから事情を聞いていた。
ファンヌはすぐに「ん? ん? お茶のおかわりを淹れましょうか?」とうろうろしそうになるし、ミアはキャロリンがずっと俺に抱きついたままなのを見て、なにやらブツブツと聞き取れない声で悪態をついているっぽい。
キャロリンはまだ泣き止んだばかりだし、ミルファさんは、その、なんか恥ずかしいので。
「当たり前じゃないか。この街に来てから何日経ったと思ってるんだい? 君が出かけている間に3人でギルドに行ったんだ。かつての君の様子を聞きに、ね。君のよく言ってた仲良しの受付嬢がどの人かくらいはすぐにわかったさ」
「私もアキートさんのパーティーメンバーの方たちのことは気になっていたので、ギルドに3人がいらした時にはすぐに気づきましたよ」
ミルファさんはもうすっかりいつものお姉さんに戻っている。
この街に帰ってきてから、パーティーとしての仕事はしていなかったので、4人でギルドに行ったことはない。
何度かひとりではミルファさんに会いに行ったのだが、他の3人もいつの間にか顔見せ済みだったらしい。
「あたしも、ヒック、お姉ちゃんたちと、すぐに、ヒック、仲良くなったよ」
キャロリンは号泣したせいでまだたどたどしいが、一生懸命俺の方を見て話しかけてきた。
お姉ちゃんたちというのは、パーティーメンバーの他にもミルファさんも入っているのだろう。
「私たち3人とキャロリンちゃん、ミルファさんはみんな同じ立場でライバルですから、抜け駆けはできませんわ、ヒットさん」
ファンヌはそう言いながら、どこにそんなに数があったのか全員分のカップにお茶を淹れ直してみんなに渡している。
俺とキャロリンの分は部屋に備え付けの机に置かれた。
「だから、ミルファさんと知り合った後でキャロリンちゃんも一緒にヒットさんのことをぜーんぶお話ししたんです。私たちと会う以前のことも聞きましたし、王城での出来事や魔王討伐の旅の間のことも話しました。もちろんヒットさんが異世界出身だって事も」
ファンヌが異世界と言ったとき、キャロリンが抱きつく腕にギュッと力を込めてきた。
そうか、ミルファさんもキャロリンも俺が異世界出身だって聞いたのか。
良く信じてくれたなあ。
「大体あんたはさー、鈍感だからっていうんじゃないわよね、それは。みんなの気持ちを知ってて逃げてるんでしょ。なに? あんたの世界の女の子たちはそんなに魅力的で、私たちじゃあ箸にも棒にもかからないって言うの?」
ファンヌが俺の出身をばらしてもミルファさんたちがそれを信じてくれたことに感動していると、ミアがただでさえきつい目を細めて、射殺しそうな視線を向けて俺に訊いてきた。
みんなの好意には気づいていたけど、むしろ俺の方が釣り合わないと思ってるし、ここにいるみんなレベルの美人さんは日本ではお目にかかれん。
「そんなわけないだろ。日本にももちろん綺麗な子もいたけど、みんなに比べればむしろ俺の顔寄りの感じが普通だったし、みんなの方が、その、ずっと魅力的だよ」
恥ずかしいのを我慢して俺がそう言うと、ミアが盛大にため息をついた。
「あんたって本当にバカよね」
口の悪いミアが当たり前のように俺のことをバカにする。
バカなのはわかってるが、バカだからミアの言いたいことがわからない。
そんなことを考えておそらく変な顔をしていた俺を見て、ゲルダが肩をすくめながら助け舟を出してくれた。
「別にボクたちは見た目のことを言ってるんじゃないって事さ。ボクたちはアキートがアキートだから気に入ってるんであって、見た目なんて正直どうでもいいんだ。もちろんボクはアキートの見た目も好きだけどね。でもさ……、アキートはニホンって国にいるアキートの外見に似た容姿の人達が好きなんだろうけど、……容姿さえ良ければそれでいいのかい?」
「っ! そんなことは……。俺は日本にいた頃は高校ってところで勉強してて、そこには同じくらいの歳の仲間がたくさんいた事は話しただろ。そこで俺はまったくモテなかったからさ、誰かに好きになってもらったことなんてなかったよ。だから、同じような立場の男友達と、あの子がかわいい、その子が好みだ、なんて女の子の外見についてあれこれ言ってるだけで、……俺もやっぱり誰かを好きになったことはなかったんだと思う」
「今……は?」
か細くて不安そうな声に俺はハッとして、一瞬誰が言ったのかわからずみんなを見た。
うつむいて震える手で膝の上のカップを持つミアが、いつもの勝ち気そうなものとは違う弱々しい声で訊いてきた。
「今は、どうなの? ……私たちのことは好きじゃない?」
つぶやきに等しいそのはかなげな問いかけを聞いた瞬間、俺の頭の中でカッと赤い火花が散ったような気がした。
ミアはのろのろと顔を上げて心細そげに俺を見た。
いや、ベッドに座る4人ともが俺を見つめていて、膝の上ではキャロリンが俺を見上げている。
俺は腕の中にいるキャロリンを力強く抱きながらそのまま立ち上がった。
ここにいるみんなは俺がはじめて大好きになった女性たちなんだ。
不安になんかさせられない。
「好きだよ!! みんなのことは大好きだよ!!」
俺は想いを込めてそう叫んだ。
そうだ、容姿がどうとかどうでもいい。
俺はここにいるみんながいるからこそ、この世界での俺なんだ!
俺はみんなのことが大好きなんだ!!
俺の叫びを聞いて、キャロリンは俺の胸に顔を埋めて嬉しそうに「お兄ちゃん!」と声を出し、ミルファさんもファンヌもゲルダも笑ってくれた。
曇っていたミアの表情も花が開くように笑顔になった。
……良かった。
俺がみんなを好きだってことを、みんなが喜んでくれるなら、こんなに嬉しいことはない。
そう思って俺が笑顔を浮かべた次の瞬間、ミアの目つきがいつものきっついものに戻ってニヤーッと歪められるのが見えて、俺は自分の顔が引きつるのがわかった。
「そうよね。当たり前よね。アキートが私たちを大好きだなんて、アキートが自覚するまでもなく知ってたし。まあ、やっと気づいて口に出したんだから、今は『誰が一番?』なんて訊かないでおいてあげるわ。賭けにも勝ったことだしね」
「……はっ? 賭け?」
ミアの豹変にビビり、勢いを失った俺がキャロリンを抱いたままストンと椅子に座りながらそう訊くと、ベッドの4人はみな頷いている。
キャロリンはぎゅーっと抱きついてグリグリしたままだ。
訳がわからずにいると、ノックも無しにまたもや突然部屋の扉が開いた。
いったいどうなってるんだ、この宿屋は!
「やれやれですわね。困ったものですわ。アキート・ニータ」
そこにはボノボノ亭にまったく似つかわしくない豪奢なドレスを着たお姫様然とした女性が立っていて、俺を睥睨している。
もちろん俺は突然のことに度肝を抜かれた。
そこに立つのが誰であるか、半ば予想がつきつつも一応俺は尋ねてみる。
「えーっと、どちら様ですか?」
「はじめまして、になりますわね。アキート・ニータ」
綺麗な銀髪を腰まで伸ばしたお姫様然とした女性は、人形のように整った顔に笑みを浮かべてスカートの端をつまんで持ち上げ、淑女の礼を取った。
「わたくしはトリーニア・ヴェラ・セオルディア。この国の第3王女ですわ」
予想に違わず、俺を晩餐会に呼びつけた第3王女様だった