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2.宿屋の娘 (キャロリン)

 俺はギルドを出て、駈け出しの頃から定宿にしているボノボノ亭へと向かった。

 ギルドと提携している宿の中では規模の小さい方だが、併設された食堂の味が良いので気に入っている。

 そういえばここもミルファさんに紹介してもらったんだっけか。


 王宮晩餐会への招待状が届いたのは2週間くらい前だった。

 正直なところ「なんで今さら?」と思った。

 魔王を倒した後、凱旋のパレードも戦勝パーティーも盛大におこなわれたし、王の御前で直々に褒美ももらった。

 王からは「勇者の使命を全うし国を救った英雄だ」などと褒めそやされたけど、別に爵位をもらって貴族になったわけでもないし、それで勇者としての義務は終わりだと思っていた。

 やっと冒険者をしながらゆっくりできると思ってこの街に帰ってきたところへの、王宮からの招待状。


 なんとなく嫌な予感がしたので、パーティーメンバーのつてを頼って晩餐会の内情を探ってもらうことにした。

 その結果は、俺を招待するよう強硬に働きかけたのは第3王女で、彼女は俺との婚約をもくろんでいるらしいという、とんでもないものだった。


 王城には何度も足を運んだが第3王女と顔を合わせたことはないし、そもそも俺は貴族ではないのだから王女と結婚などできるはずもない。

 なんでそんな話が進行しているのかと混乱した。

 まかり間違って王族になんてなってしまったら、二度と自由気ままな生活など送れなくなってしまう。


 それに好みの外見じゃない女性とわかっていて結婚を決めるのは、まだ二十歳にもなっていない俺には辛いものがある。

 第3王女とは会ったことがないどころか似姿すら見たことはないが、あの王や王太子の身内だというだけで整った西洋人顔であることを想像するのは容易い。

 俺の好みはあくまで純日本風の女性だ。

 日本ではもちろん、この世界でだってまだ恋愛すらしていないのだ。

 この世界に俺好みの外見の日本人風女性がいるのかはわからないが、できれば探し当て、そちらもがんばりたい。


 なんとしても王女との話をうやむやにしたいが、この国で暮らすことに決めた以上は王宮からの招待ははっきりとは断りづらい。

 この国の王族は人気が高いし、万一王族に逆らっているなどという噂でも流れたらたとえ勇者でも後ろ指を指されかねないからな。


 王宮晩餐会まで、もうそれ程日数が残されていない。

 早くあの計画を詰めなければならないが、その前にあいつらの情報漏洩について確認をしなければ。

 もし計画が第3王女にばれていれば、実行することかなわず王城に引っ立てられてしまう。



 ボノボノ亭の扉を開けてフロントに向かおうとしたとき、脇腹に強い衝撃を受けた。

 クッ、魔王のとまではいかないが、魔王の側近並の攻撃力!

 刺客かっ!?と視線を落とせば、腰に抱きつくキャロリンの姿が目に入った。


「アキートお兄ちゃん、お帰りー!」


 キャロリンが俺の脇腹にぐりぐりと額をこすりつけて抱きついている。


「あ、あぁ、ただいま、キャロリン。急に抱きつくのはやめような。兄ちゃんびっくりして剣を抜きそうになったからな」


「わかったー。これからはゆっくり抱きつくねー」


 キャロリンは俺を見上げながら、お日様のような笑みを浮かべる。


「い、いや、そういう事じゃなくてだな……」


 キャロリンはボノボノ亭の主人夫婦の娘だ。

 さらさらの金髪をツインテールにしていて、まだそばかすと一緒にあどけなさの残るかわいらしい顔に大きな青い瞳を瞬いている。

 はじめてボノボノ亭に泊まったときからなぜか気に入られたようで、女将さんの後ろでちらちらと俺の様子をうかがっていたのを憶えている。


「じゃあ前から抱きつけばいい? 横とか後ろからだとびっくりしちゃんだよね?」


「いや……うん、まあ、もうそれでいいや。朝の仕事は終わったの?」


「うん、シーツを集めて回ったんだー。後でお洗濯も手伝うよ」


「そうか、偉いな」


 抱きついたままのキャロリンの頭をなでると、キャロリンはエヘヘと嬉しそうに笑った。


 キャロリンは小さいながらも宿の手伝いをきちんとしている。


 ボノボノ亭は冒険者御用達の宿だけあって宿泊するのはゴツいおっさんが多いので、俺が宿に泊まるようになる以前のキャロリンはいつも客を怖がっていて、たまに目つきの悪い冒険者と廊下などで鉢合わせになると泣き出したりしていたそうだ。

 あいつらは見た目と違って気のいい奴が多いので、お手伝いをしている小さな女の子をいじめるようなことはないのだが、まあ怖いものは怖いだろうから仕方がない。


 キャロリンの上には何人か兄弟姉妹もいるのだが、みな宿の手伝いに駆り出されて忙しく、あまりキャロリンの相手をしていなかったらしい。

 そこへ冒険者としてはヒョロくて顔ものっぺりとした見た目の怖くない俺がやってきて、キャロリンは興味を持ったのだろう。

 俺も割と子供の面倒見は良い方だしな。


 その後ずっと泊まっているうちにすっかり俺に懐き、お兄ちゃんお兄ちゃんと後をついてくるようになったので、こちらも妹のつもりでかわいがっている。

 日本に残してきた妹は、中学生になるとすっかり兄への興味を失って素っ気なかったので、慕ってくれる新しい妹的存在はちょっと嬉しかった。

 その妹的存在がかわいいとくればなおさらだ。


 キャロリンは初めて会った頃はまだほんの小さな子供だったのだが、この2年でかなり成長した。

 そばかすが減って鼻筋が通り、目鼻の大きさの顔全体に対する割合が減ってだいぶ大人の顔に近づいてきた。

 それだけで十分「ちっちゃい女の子」から「美少女」にクラスチェンジしている。


「今日はねー、後で料理のお手伝いもするの。ちゃんと憶えて、今度あたしが作ってアキートお兄ちゃんに食べさせてあげるね」


「おっ、それは楽しみだ」


「がんばるよー!」


 決意を込めてそう宣言しながら、キャロリンはさらにぎゅっと抱きついてくる。


 魔王討伐に出る前は宿の中でチョコマカと俺の後をついてくるだけだったのだが、帰ってきてからキャロリンはやけに体をくっつけてくるようになった。

 たしか今でもティーンエイジには届かないはずで、身長もそれほど高くないのだが、既に出るところは出っ張りはじめていて末恐ろしい。

 額だけならいいんだが、あまり体全体を押しつけないで欲しい。

 俺はロリ好きではないし、日本人的な女性が好みだが、それらの制約がなければ惚れてしまうところだぞ、キャロリンよ。


 今よりまだ少し小さい頃のキャロリンもかわいがった甲斐があって十分俺に懐いてくれていて、魔王討伐に出るために一度宿を引き払って王都へ向かうときには、嫌がるキャロリンが俺に抱きついて号泣し放してくれなかった。

 解放してもらうのに「必ずキャロリンの元に帰ってくるから」と約束しなければならなかったくらいだ。

 そういえば、キャロリンが俺に抱きつくようになったのはあれからだったかな。


「お兄ちゃん今日は早かったんだね。ギルドのお仕事はもう終わったの?」


 キャロリンが抱きついたまま上目遣いで聞いてきた。

 そうだった、あいつらを問い詰めるために戻ったんだったよ。


「ギルドの方は今日はちょっと都合が悪くなったんだ。また明日にでも行くことにするさ。それよりあいつらは部屋にいる?」


「お姉ちゃんたち? 今日は宿から出ないでずっといるよ。お兄ちゃんの部屋に集まってお話しするって。さっきカギを持っていったよ」


「へっ? なんで俺の部屋? ……まあ、話を聞くのにちょうどいいか」


「うん。みんな集まってるのがちょうどいいんだよ、アキートお兄ちゃん」


「うん? ……まあいいか。じゃあ、とりあえず部屋に戻るよ。後で食事に出てくるから」


「わかった。じゃあまた後でねー、お兄ちゃん」


 キャロリンは俺から離れると、ニコニコしながら俺に手を振ってくる。

 いつものことなのであまり深く考えず、キャロリンに手を振り返してから俺は部屋へと向かった。

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