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1.ギルドの受付嬢 (ミルファ)

 ひょんな事から異世界に転移してから、ちょうど2年が過ぎた。

 こっちに来るときに神様を名乗るじいさんからいろいろと能力を授けてもらい、こちらで生きるために仕方なく冒険者としてがんばった。

 そのうちにいつの間にか勇者認定を受けて魔王を倒すことになってしまったが、そのへんはもう終わった話なので割愛する。


 今の俺は個人的な問題で四苦八苦しているのだ。


「あっ、アキートさん!」


 うっ、見つかってしまった。

 俺はある資料を探しにこっそりと冒険者ギルドに来ていたのだが、受付嬢のミルファさんがめざとく俺を見つけて声をかけてきた。

 にこやかに手招きしてくるので、話をしに行かざるをえない。


「こんにちは、アキートさん。今日はどのようなご用件でいらしたんですか? なにか依頼をお受けに?」


「い、いや、ちょっとした資料を探しにきただけなんです。だからこのまま資料室に行こうかと……」


 ミルファさんは俺が異世界に飛ばされてはじめてやって来たこの街で、右も左もわからない俺にとても親切にしてくれた人だ。


 この人が気にかけてくれなかったら、あの時の俺はすぐに路頭に迷っていたはずだ。

 なにせじいさんに持たされた金の価値がまったくわからず、パンひとつ買うのに日本では100円か200円くらいだから、同じ色の銀貨を1、2枚渡しておけばいいだろうくらいにしか考えていなかった。

 実際に街に着いてすぐにそうやって食事をゲットした話をしたら、ミルファさんにものすごく怒られ、説教をされた。


 あの時ミルファさんが教えてくれなければ、俺はあっという間に騙されて無一文になっていたことだけは間違いないだろう。

 ミルファさんは俺のあまりの常識のなさに呆れ果て、その日はわざわざ仕事を休んで冒険者御用達の店を紹介するために連れ歩いてくれた。

 その後もさりげなくギルドで良さげな依頼を回してくれたり、臨時メンバーを探しているパーティーを紹介してくれたりして、ずっと俺をサポートしてくれた。


 そんな経緯があるので、魔王を倒して勇者だ英雄だと言われるようになった今でもこの人にはまったく頭が上がらないのだが−−


「あら、私に言っておいてくれれば探して用意しておいたのに。今さら遠慮なんてしなくてもいいんですよ」


「いや、その、ちょっとややこしい資料が複数必要で、探して集めるのに時間がかかるかもしれないし……」


「もう! どうしてそんなに他人行儀なんですか! アキートさんがこの国に来てから、つき合いが一番長いのは私なんですよ! もう少し頼ってくれてもいいじゃないですか! なんならいつでもギルドをやめて、アキートさん専属の勇者様付き秘書になるんですよっ!」


「ちょっ、ミルファさん、待って、落ち着いて!」


 そう、なぜだがこのお姉さんは俺のことをとても気に入ってくれているのだ。

 はじめは困っているところを助けたせいで弟の面倒を見ているようなつもりなのかと思っていたんだが、最近は自分が家事をしに行くからそろそろ宿屋暮らしはやめて家を買えとか、今みたいに秘書になるとか言い出した。


 ミルファさんの髪は明るくて少し色の抜けたような金色で、瞳は翡翠とかエメラルドみたいな色に輝いている。

 小さくて形の良い鼻の上では目元がきりりと涼やかで、とても綺麗な人だ。

 なんて言うか、もしメイド服を着てたらメイド長って感じのりりしい人である。


「もう魔王討伐は終わったんですから、アキートさんももっと腰を落ち着けて私との時間を増やしてくれてもいいと思うんです」


 それでいて笑うと目尻が少し下がって、年齢も俺と同じくらいに見えてすごくかわいいのだ。


「そもそも、魔王討伐に行く前は何度かご飯にも誘ってくれたのに、帰ってからはちっとも構ってくれないじゃないですか。私だってずっと待ってたんですからもっとこう……」


 そんな美人のミルファさんなのに、どうやら俺に好意まで持ってくれているらしい。

 …………いやいやいやいや、釣り合わないでしょ。

 そりゃ今では俺は魔王を倒した勇者だけど、見た目は凡庸そのもの。

 それどころか、こっちの世界は基本西洋人顔で整った人が多くて、男も女もハリウッドスターみたいな人ばっかりなのだ。

 日本で平凡だった俺はこちらでは最底辺かもしれない。

 そんな俺にミルファさんみたいな人は畏れ多いし、俺の好みも親しみが持ててホッとする日本人顔の方が−−


「アキートさん、聞いてるんですか!?」


「はいっ!」


 ミルファさんの声で我に返った。

 ちょっと頬をふくらして怒っていたミルファさんだが、急に笑顔になった。

 それなのに、なんか視線がいつものミルファさんより冷たい気がする。

 いつもはこう、同じ笑顔でももっと優しい感じなんだが……。


「そう言えば小耳に挟んだんですけど、王宮晩餐会に招待されたそうですね」


「なぜそれをっ!?」


 今俺を悩ませている大問題だが、パーティーのみんな以外には漏らしていないはずなのに。

 俺がうろたえた様子を見てミルファさんの笑みが深まった気がするが、それを見てなぜか俺の背筋が冷たくなった。

 怖い。


「それで……、行かれるんですか?」


「それがその、断りたいんだけど断りづらいというか、断る理由が見つからないというか……」


「もう! アキートさんは魔王殺しの英雄なんですよ! 行きたくないならビシッと断ればいいじゃないですか!」


 うわっ、ミルファさん、そんなに大きな声を出さないで。

 ただでさえいつもクールなあなたが俺にはにこやかに応対するんで、冒険者の野郎どもからいつも冷やかされてるんです。

 そんなに感情的になってる姿を見られたら、また奴らに何を言われるかわからない。


「いや、さすがに王宮からの招待は無下にできないっていうか、その……」


 ミルファさんは目をつり上げて怒ったかと思うと、すぐにまたあの冷たい微笑を浮かべて俺を見つめてきた。

 怖い。


「第3王女殿下はとってもお綺麗な方ですよね」


「俺は会ったことないんですけどね、ははっ……」


 俺の頬を冷たい汗が流れる。

 なんで招待したのが第3王女だって事まで知ってるんだろう?

 この国の第1、第2王女は既に他国に嫁いでいて、俺を晩餐会に招待するような王女は第3王女しかいない。

 だが、今度の晩餐会に招待されたことを知っていることでさえ驚きなのに、第3王女が主導した招待だと知っているのはさすがにおかしい。

 ミルファさんとあいつらに面識はなかったはずだが……、どうやってか知り合った上で、……あいつら裏切ったな!

 さすがにその先の計画まで話したとは思わないが……、ちょっと確認しといた方がいいな。


「あっ、俺、急に用事を思い出して。今日はこれで帰りますね。また顔出しますから」


「ちょっと、アキートさん! まだお話は終わってませんよ! ……もうっ! 後で宿屋までうかがいますからね!」


 俺はミルファさんの返事を聞くのもそこそこに、足早にギルドを後にした。

ミルファさんとの出会いは「強くて優しい勇者様がちっともなびいてくれない件について」でも出てくるので、よろしければそちらもどうぞ。

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